「黒影紳士」season3-1幕〜夢に現れし〜 🎩第二章 消滅し者
第二章 消滅し者
時夢来《とむらい》とは黒影の過去を透視し干渉する能力を持った海外の旧友が、黒影の為にFBIの協力の元、作製された本と懐中時計で一対を成す、黒影の予知夢の影絵を過去に戻って見る事が出来る特殊なアイテムだ。
時夢来の作製直後、其の旧友は命を狙われ死亡したが、時夢来は黒影の命に危険があれば、優先的に影絵に反映すると言う、旧友の仕掛けが亡き後にある事が判明した。
「さあ、犯人を炙り出しましょうか」
黒影は何時も肌身離さず首から下げ、胸ポケットに締まっている時夢来の懐中時計を出して、真っ黒に十字架の箔押しのされた本を開き、切り抜かれた隠し頁に其れを嵌める。
「……此れは……今朝迄見ていた夢じゃないですかっ!」
サダノブは思わず、本の反対側の頁に浮き出された影絵の挿絵を見て驚いた。
今朝方迄の予知夢の影絵に黒影の姿は無かった。
其れと全く同じ影絵を時夢来も写したのだ。
此れは、紛れもなく此の場で死ぬ予定の被害者は黒影であると、時夢来が最優先に映した事で決定付けられたのだ。
時夢来は旧友の過去の透視能力と、黒影の未来の予知能力を兼ね備え、黒影が忙しく眠れない時等に役には立つのだが、黒影の死を予知すれば他に何も映してはくれない。
「……参った、此れでは犯人が見えない」
黒影は思わず腕を組んだ。
「否、其れより自分の心配して下さいよ!」
サダノブは勿論黒影にそう言った。黒影がふとサダノブの顔を見て、
「此の僕が態々予知された如きで死ぬとでも思うのか?そんなに心配ならお前が守れば良いだろう」
と、ちっとも気にはしていない様だ。
「黒影が狙われるのは今に始まった事じゃあないからなあ……」
と、風柳も言う。今迄何度も巻き添いを喰らってきた風柳にとっては今更な話だ。
「……と言う事は、凶悪犯か能力者が狙いに来るって事ですね。風柳さんの事件、もしかしたら其方の領域に入るかも知れませんよ」
と、黒影は推測する。もし、黒影を始末したい輩ならばもう動いていておかしくはないからだ。
「だが、其の容疑者は前科も無く、初犯なんだ。本当に関係あるだろうか……」
風柳はそう言ったが、黒影は断言した。
「其の容疑者、犯人ではありません。だからアリバイが崩れないのも当然だ。ちょっと、気になる人物がいるので明日迄に調べておきます。明日は兎に角現場に行くので、僕のコートと帽子に精密機器を壊されない様にだけ、準備しておいて下さい」
そう黒影は話を着けるなり、
「サダノブ、詳細記録をタブレットと共有する。後で部屋に来い」
そう言って、珈琲を持って二階の自室へ急いで行った。
「……ああ、久し振りだな。……確か日本で未だ確定されていない能力者の中に、「神の手」を持つ者がいたね。彼奴が出たかも知れない。今、警察からオファーが来ているよ。其方も本気なら、其奴の正体を突き止めるが如何する?」
と、黒影はパソコンで辿々しい日本語を話す外国人と、ビデオ通話をしている。
「今、ボスに確認するよ、ちょっと待ってねー」
と、相手は暫し席を外す。軈て戻って来るなり其の外国人は、映り込んだサダノブの姿を見て、
「其奴は誰だ?」
と、警戒して聞いた。
「ああ、うちの事務員だよ。能力者だ、安心しろ。今度時間があれば紹介するよ」
と、黒影は微笑む。
「……黒影が言うのなら信用しよう。ボスが是非、其奴の正体を調べてくれって。過去の詳細記録は送っておくよ。また会いたいって寂しがっていたよ。日本は今寒い?」
と、相手が聞くので黒影は、
「寒い程では無い。やっと涼しくなって来た頃だよ。有難う」
そう答え、詳細記録を確認した。
「じゃあね、また」
と、相手は軽く手を振る。
「ああ、またな」
と、黒影も手を軽く振り通話を切った。
「……誰ですか、彼奴?」
サダノブは黒影に聞く。
「ああ、彼奴も能力者で物理透視をする。FBIの特殊捜査員だ。便利な能力で建物内に何人いて、何の武器を持っているのか直ぐに見える。人質や麻薬取り締まり捜査には打って付けの能力だよ。……最近、日本語を覚えたいと言うから、日本語で話していたんだ。中々に上手いだろう?……未だ勉強して一年だ」
と、黒影は親しそうに言う。
「どうせ、俺のは使い道ありませんからねー」
と、サダノブは拗ねてみせる。
「はあ?僕にとってはサダノブの力の方が相性が良い気がするがな」
黒影は本気でそう思って言うのだが、サダノブはどうせ憐れんで言っているのだと、拗ねたままだった。
「ほら、タブレット出せ。詳細情報シェアするぞ」
黒影が手を出して言うと、サダノブは渋々タブレットを出した。
「そもそも、氷と火じゃ相性最悪じゃないですか。相殺するだけですよ」
と、サダノブが未だ根に持っているのか言う。
「そうか?……同じ力で出せば相殺するだろうが、バランスを考えて使えば上手く立ち回れる気がするがな」
黒影はデータを送り終わると、サダノブにタブレットを返した。
「”神の手を持つ男”……此奴の仕業か明日判断すれば良いんですよね?……其れにしても、そのうち紹介するだなんて勝手に決めないで下さいよー。俺は静かに普通に暮らして行きたいんですから」
サダノブはさっきのビデオ通話で言っていた事を思い出した。
「今更だろう?どうせ黙っていても調べに来るさ。そのうち僕みたいに命も狙われる。良い仲間は持っておくべきだ。……後、思考を読む能力だけは言うな。僕らの仲間以外の誰にも。もし、犯人に知られても記憶を消せ。其れがお前の生き残る道だ」
と、黒影は慎重に言った。
「其れは先輩からの人生アドバイスって事っすか?」
サダノブは不思議そうに聞いた。
「そうだ。氷を操れる……其れだけで良い。其れ以外は余計な事は言わない。分かったな」
と、黒影は念を押す。サダノブは苦虫を嚙み潰した様な顔で、
「俺、嘘下手ですよ。先輩だって嘘嫌いじゃないですか。何でそんな事を?」
と、聞く。黒影は、
「いいか、お前は未だ知らないが世界には色んな能力者がいる。サダノブと似た思考を読める奴が、お前と出逢ったら必ず、思考を破壊しに来る。自分の思考を読まれない為にだ。負けたら廃人になるぞ。だから今は未だ訓練も制御も儘ならないうちは知られてはならない。僕との約束だ。良いと言う迄、平和に暮らしたかったらそうするべきだ」
黒影はサダノブが余りにも自覚が無いので、はっきりと言い約束させる。
「先輩との約束だったら守りますよ。……で、でも嘘がバレたら如何しましょう?」
と、サダノブは苦笑いし乍ら、強ちやらかしそうな事を聞いた。
「記憶の消し方を覚えなくてはな……」
黒影も其れには考え込んでしまった。
「まあ、用心しますってば。やっぱり良い仕事入って来ましたねー。良かったー!」
と、満足そうに部屋を出ようとしたので黒影は、
「その詳細記録、明日迄に頭に叩き込んでおくんだぞ!」
と、緊張感ゼロのサダノブに言い放った。
――――――――――
「着いたぞ……」
翌日、風柳は黒影とサダノブと白雪を車に乗せて、殺害事件のあった小さなアパートへ連れて行く。
殺害現場の一室に行くと、白雪とサダノブは玄関で待ち、黒影と風柳が先に部屋にズカズカ入って行く。
「……遠慮無いですね」
と、サダノブは思わず黒影の行動が風柳に似ていて苦笑する。
「事件だと思ったら、止まらない性分なのよ」
白雪も呆れて言った。黒影は指紋の位置を一つ一つ確認して、部屋中を隈無く廻る。
「生きていない……指紋が死んでいる」
と、呟いた。
「凶器の写真と指紋位置の書類も見るか?」
風柳が黒影に聞くと、返事もせずに其の手から奪い取りじっと見ている。
「遺体の刺された箇所は?」
黒影が聞くと風柳は、
「めった刺しだぞ?」
と、言う。
「構いませんよ。見慣れていますから」
と、差し出された被害者の写真を見た。
「浅いなぁ……。憎しみが甘い。此の犯人、まるで途中で刺すのが面倒になったみたいに、後から付けた上の傷の方が先に付けた傷より浅くなっている」
黒影がそう言うと風柳は、
「半狂乱から意識が戻りつつあったんじゃないか?」
黒影は其れを聞いて、玄関前にいたサダノブを手招きした。
「えっ!まさかそれ、見せる気ですかー?めった刺しなんでしょう?」
サダノブは当然怪訝そうな顔をする。
「ああ、めった刺しだ。大した事のないめった刺しだが。何だ、ビビっているのか?」
と、黒影が言うので、
「はあ?大した事がある無いって何です?めった刺しなんですよ、誰だってビビりますよ」
と、断固見ないつもりらしい。
「……使えないな。まあ良い。……じゃあ白雪来てくれ」
黒影はサダノブに見せるのを諦めて白雪を呼んだ。白雪はるんるんになってスカートをふわふわさせながら部屋に上がると振り返って、
「ポチ、使えなーい……ふふっ」
と、態とサダノブに言って、黒影の腕に獅み付くと写真を見た。
「あら……ただの、お遊びだわ。困った犯人さんね」
と、白雪は言う。
「やっぱり、憎しみや怨みじゃない。……快楽殺人にしては拘りが無い」
黒影はそう言い乍ら、ジローっとサダノブを睨む。
「否否……だから、見ませんってば!」
サダノブは犯人の真意を読めと言われるのが分かって、首と手を横に振る。
「未だ何も言っていない。……此の虫ケラがっ!……
」
と、黒影は言うと同時に、網戸に止まった虫を叩き落とした。
……おっ、怒ってる……。
サダノブの頭の中でサイレンとcautionの文字がぐるぐる回る。
「……あの、はい……見ます」
サダノブは怒らすと凶悪犯よりタチの悪い黒影を思い出し、素直に部屋に上がる事にした。
「悪いな、苦手なのに協力してもらって」
と、黒影は真っ黒なオーラを纏ったあの営業スマイルで迎える。サダノブは其の笑顔にゾッとし乍らも、写真を見た。
「……先輩、此れは……罠だ。先輩を事件に引き摺り出す為に、態とこんな事を。……殺しは最初から目的じゃない!……居る、見ている!」
サダノブはそう言うと、網戸を勢い良く開け辺りを見渡した。
「……サダノブ、ちゃんと予習はしておけと言った筈だ。此の指紋自体が奴の足跡みたいな物だ。……其れに今のお前の行動。……僕なら警戒する。何を読み取ったのかと……な」
黒影は注意深く部屋を見渡し言う。
「でも”神の手を持つ男”には生まれ付き指紋が無いんじゃ……」
と、サダノブは聞いた。
「ああ、無い。削った訳でも溶かした訳でもなく元から。貫井 恵介(ぬくい けいすけ)31歳。彼の周りで不審な死がもう七件も続いている。両親は21歳の時に事故で死亡。暫く祖母に預けられたが、転々と引っ越しては職業も変わるが、其の度に死亡事件が起きている。警察もノーマークだった訳では無いが、証拠も動機も無かった。……「神の手」なんてありはしない。先天性の物だ。此の辺に貫井 恵介が引っ越しているらしい。もし、彼が自分の指紋の代わりに他の指紋を残せるのだとしたら、僕らは指紋以外の材料で、先ずは容疑者にされてしまった唯の一般人の無実を証明しなければならない。貫井 恵介は後だ」
と、黒影は”神の手を持つ男”、貫井 恵介の詳細データを何も見ずに説明し先にすべき事を言う。
「貫井 恵介が本星なら、其方との関連の確実性を先に見付けて、今の容疑者……早坂 冬真(はやさか とうま)と言うのだが、其奴の無実を証明出来ないだろうか?」
と、風柳は黒影に聞く。
「否……多分、貫井 恵介と被害者の関係性はかなり薄い。過去の貫井 恵介の周囲で起きた事件もそうだ。何か常人では分からぬ理由でターゲットを決めているんでしょうね。今回は僕と……其処にいるサダノブが気に掛かってはいる様ですね」
と、黒影は風柳に答える。サダノブは急に自分の名前を出されて、
「おっ、俺も入ってました?」
と、顔を引き付かせて言う。
「ああ、どっぷり入ってるな」
黒影はそう言って笑った。
「お前の情報……今、裏では幾らなんだろうな。此の件が片付かなかったら、言い値によっては此方から売りに行っても良いな」
と、黒影は付け足して、また現場を捜索し始める。
「先輩が言うと、冗談に聞こえませんよぉー」
サダノブは半ベソを掻き乍ら言った。
「大丈夫よ、ポチ。黒影が解決出来ない事件なんて無いわ」
そう言って、白雪はクスクス笑っている。
「風柳さん……此れ、何でしょうね。鑑識が付けた物ですか?」
黒影は絨毯に指紋箇所を標す一枚の小さなテープを指差して、其の周りに薄ら細く逆毛になった円を指で宙を浮かし、なぞり聞いた。
「否……鑑識でもそんな事はしない」
と、風柳は答える。
「サダノブ、シャープペンシルか先の尖った物を持っていないか?」
黒影はサダノブに聞いた。
「一応、事務員ですからシャープペンシルぐらい持っていますよ」
と、上着の内ポケットから出して渡す。
「確かに、優秀な事務員だなっ」
と、言って黒影は微笑むので、散々使えないと言われて苛々していたが、気にしない事にした。
黒影は絨毯の其の円の跡を更に掘り出す様にシャープペンシルの芯を出さずに、先でカリカリと細かくなぞって行く。
「あった……。貫井 恵介の落とし物……」
黒影の白手袋の上に、小さな割れた爪の様な物がピンセットで乗せられた。
「何だ、其れは?」
風柳は其れを見て黒影に聞く。
「此方の証拠ですよ。悪いですが、未だ其方には渡せませんから」
黒影はポケットから小さなビニールの保存袋に入れ其れを眺めた。此方とはFBIからの能力者調べの依頼の事で、其方とは警察の事だ。
「何かぐらい教えてくれても良いだろう?」
風柳は未だ黙っている代わりにと、黒影から聞き出したい様だった。
「……羽根。羽根ペンの先と言った方が分かり易いですね。此れで書いた円の中に指紋があるなら、此のペンは指紋を複写出来るのかも知れません。指紋のコピー&ペーストする為に。……多分、指紋の無い彼にしか出来ない。……と、思っている筈」
と、黒影は説明をしているかと思うと、最後にニヒルな笑みを浮かべた。
「思っている筈って……まさか?!」
サダノブはある事に気付いた。黒影は頷いて笑ったかと思うと、机に向かい椅子に座り、袋に入ったままの小さな羽根ペンの先の割れた欠片を、自分の影の手の上に置く。
「風柳さん、警察手帳」
と、手を伸ばすので風柳は警察手帳を黒影に渡す。
「さて、事実確認出来る様にしておきましょうか。……先ずは風柳さんの警察手帳にべっとり付いている筈の指紋を此の羽根の先で囲って……警察手帳を開いた頁に円でまた囲む。……此れで出来上がり。多分同じ形の指紋が出ます」
と、黒影は警察手帳を証拠品の様に袋に入れて風柳に手渡した。
「此方の報告と調べが済んだら、ちゃんとお返ししますとお伝え下さい。後、指紋周りをもっと調べた方が良さそうだ。多分、猛禽類の羽根の残りが少しは見付かるでしょう。僕は其の羽根の色が知りたい。協力費は其れでチャラで良いです。なんせ、此方の管轄だったみたいですからね」
と、風柳に黒影は言う。
「成る程……影にも指紋は無いな」
風柳は自分の警察手帳を見て苦笑いする。
「能力者の仕業だったんですか……」
サダノブはちょっと悲しそうに言った。
「何だ、能力者だって力を使わなかったらただの人だ。能力者だから犯罪をした訳では無い。元からそういう人間だっただけだ。気にする事じゃない」
と、黒影はサダノブに言い聞かせる。
能力者は逸れた同じ仲間だと思いたがるのも、昔の黒影にも無かった訳ではない。サダノブを助けた時ですら、逆の道に行きそうな危うさを全く感じなかった訳でも無い。
きっと誰と出逢って、誰と出逢わなかったか……そんな簡単な事で、人は行き先さえ見間違う。サダノブは未だ幸せ過ぎる。良い意味でも、悪い意味でも。理解してくれる能力者が周りにいて、悪い能力者なんていないと思いたいのは未だ……本当の敵に会っていないから持てる甘い考えなのだと黒影には分かる。未だ其れを知るには早過ぎる気もしていた。普通に拘り、普通である事を忘れてしまう様では。
「貫井 恵介は早坂 冬真から何処かで指紋を盗んでいる筈です。多分、接点があるとすれば其れだけ。少ないヒントかも知れませんが、右手と左手、綺麗に合わせて10本の指紋を取れた時と成れば限られる。指紋の角度から観て何かを握った訳では無い。ベタっと指を付いたみたいですね。多分、最近早坂 冬真は転んだのではないでしょうか?……正確には貫井 恵介に転ばされる様に仕向けられただけでしょうけど。全部の指紋の残り方、掠れ方を調べれば同じ複写だと分かる筈です」
黒影は自分も通って来たあまり思い出したくない記憶を思い出したので、早々にそう風柳に言うと先に車の後部座席に座り、帽子を深々被り腕と足を組み、何時もの寝ている態勢をした。
「ん?寝不足だったのか?」
其れを見た風柳がサダノブに予知夢でも見ていたのか聞いた。
「何時もと変わらないと思いますけど?……珈琲でも飲みたくなったんですかね?」
と、サダノブは言う。白雪は溜め息を吐いて、
「何にも分かって無いんだから」
と、白雪だけは気付いていたので二人に呆れてそう言った。
「え、何ですか?俺にも教えて下さいよっ」
サダノブは足速に車に向かった白雪を追い掛けて、慌てて靴を履き乍ら聞いた。
「教える訳ないでしょ!デリカシーの問題よ」
と、白雪は言うと助手席に乗る。
「デリカシー……?先輩、やっぱり意外とデリケートなんですね」
サダノブは足を止めて考えて言う。
「んな訳ないだろ。其の逆にしか見えんよ」
と、サダノブの言葉を聞いた風柳はガハハと笑い乍ら言うと運転席に乗る。
「やっぱり……分からない人だ」
そう呟くと、黒影の隣の後部座席にサダノブも乗った。
――――――――――
黒影は車に乗ってから狸寝入りをしてずっと考えていた。久々の能力者狩りに出くわした理由を。
黒影は昔に対峙したダミーと言う、今は死刑執行により、此の世を去った男の言葉を思い出していた。
サダノブが未だ脳に干渉する能力者では無く、心を読むだけの能力者だと本人すら思っていた頃、其の力を制御出来ずにダミー含め2名が其の能力の餌食になり精神を崩壊させた。だが、ダミーは死の間際に正常な意識を取り戻した。そして彼はサダノブの名も聞いたが、自分を倒した人間が誰か聞きたかっただけだと、其の能力も誰にも言わずに去った筈だった。きっと、ダミーからでは無く、其の有り様を見た誰かからサダノブの話が流れたのだろう。
黒影がまた厄介な能力者を連れていると分かり、其の能力を知りたがって躍起になっている連中がいるのだ。黒影は自分の心配をしている訳では無い。
風柳と何年も警察に協力して生きて来て、何人も逮捕して来たのだから、今更隠す能力も何も無い。バレたところで影に手出し出来る者も然程いない。
一見黒影が単に何時もの様に狙われているかに見える此の事件……黒影は、サダノブの能力を知り弱点を突いて自分を殺しに掛かって来ているのだと気付いている。
未だ正直なところ、火を克服している事も知られたくはないが、サダノブが思考に干渉する事を知られるよりは致し方無い事だと思えた。脳に直接干渉するなんて知られては、裏社会の輩が束になって躍起になり、毎日でも殺しか誘拐に来るに違いない。本人が其れだけの物を持っていないと思っているのが不幸中の幸いなのだ。
もしもの時の為に……未だサダノブが記憶を忘れさせる事が出来ないのならば手を打っておかなければ……。
――――――――――
その日の夜、黒影は寝る前にサダノブに、
「今日は、予知夢の扉が見えても来なくて良い。大丈夫だから絶対に来るな」
と、黒影は言った。
「はあ?鶴の恩返しですか?」
と、サダノブは笑って言う。
「馬鹿か、兎に角来なくて良い。おやすみ」
と、黒影は言って先に階段を上がって寝る様だった。
「何ですか、あれ?」
サダノブは緑茶を飲み乍ら白雪に聞いたが、
「さあ?……でも、駄目なんだから駄目なんじゃない?」
と、如何にも行きたそうにしているサダノブに忠告する。
「でも、来るな来るなと言われたら行きたくなりますよねー?」
と、サダノブは笑い乍ら言う。
「あれね……”立ち入り禁止”って書いてあるから入りたくなるって事でしょう?……分からなくもないけど、私なら行かないわ」
白雪はロイヤルミルクティーを飲み乍ら、きっぱり言い切る。
「何で行かないんですか?……気になりません?」
サダノブが聞くと、
「……其れは、信じてるからよ。大丈夫って言うからには大丈夫で帰って来る人だし、理由を言わなくても、何時か当人が分かるなら一々口にするような人じゃないわ」
と、白雪はサダノブに答えた。
「やっぱり白雪さんは何でもお見通しなんですね」
サダノブは朗らかに笑う。
「べっ、別に……ただ、長く居るからよっ!」
白雪は茶化された気がして外方を向いた。
本当に先輩が大事な人が、此の人で良かった……と、サダノブは幸せな気分だった。
「そりゃあ、勿論一番先輩の事を知っているのは白雪さんで、其れで良いと思っているんですよ。……ただ、何か一緒に色んな犯人と向かい合って戦ってる割に、未だに全然先輩の事分からなくて。場数が増える程、分からなくなる気がするんですよねー」
と、サダノブはぼんやりと本音を言う。
「なぁーに?珍しく悩み相談?」
白雪は紅茶をまた一口飲むと聞いた。
「あー……多分、其れですかね」
と、相変わらずサダノブは分からない事を分からないままに言う癖が直らないらしい。
「……影なんか誰も掴めないものよ。サダノブは未だ影を追っているんじゃなくて?私は逆に考える事にしているの。影在るところに黒影がいるだけって。本体がいなきゃ、影も役立たずよ」
と、白雪は言った。
「影が役立たずなんて……先輩に会ってから一度でも未だ思った事すらありませんよ。あんな便利な影は他にないですからね」
と、サダノブは笑った。
……本体って……あの鳥の事だろうか……。
サダノブはふと、黒影が京都に行って買って来た御札を見上げる。
「……弱点は何時か最強の武器にする為にあるのよ」
と、白雪は言った。
「……えっ?」
振り向くと白雪は紅茶を飲み終わったのか、キッチンに向かっていた。
――――――――
黒影は夢の中……あのギャラリーから月を黙って見上げると、自分の足元から竜巻の様な熱風を起こし周りの業火を巻き込み、其の儘ロングコートを翻し夜空に飛び立った。
ある物を取りに行く為に。
其処は穏やかな川が流れ、先には彩の花々が咲き誇る美しい景色が広がっている。其の景色は何処か黒影の創り上げた「真実の丘」に似ていた。黒影は其の景色を儚気に見据えると、小さな獅子の飾られた香炉を川の水で洗い清め、其れが終わると手を翳し香炉に火を灯す。甘い白檀の様な香りがした。香炉から煙が出なくなると、再び川の水で洗い、火を点けを繰り返す。香炉の中には何も入っていない。黒影が灯した火だけが、小さく揺ら揺らと中で浮いていて、其処から煙が出ているのだ。
軈て黒影は自分の影で作った影時計を見て、朝が近い事を知り、慌ててコートに小さな香炉を仕舞うと、赤い炎を再び纏い飛び降りた。遠く其の姿は流れ星の様に。
ギャラリーの真上の天空で旋回しスピードを落とし、庭から中へ入って行く。あの燃え盛るだけだったギャラリーの炎も、今や黒影が纏い使い切り、黒い錫があるだけの虚しいだけの廃墟に見えた。
靴跡だけが響き……黒影は少し休もうと、其の廃棄にも似た懐かしい家で壁に凭れて目を閉じた。
……もし、此処から出られなくなったら、何時か焼け死ぬのかも知れない……
そんな事を思って恐怖を覚えていた事さえ、今は懐かしい。
過ぎた若さの様に……痛みも無く思い出せる。
きっと、彼奴が来なかったら、未だに僕はこんな所でそんな無意味な恐怖と闘い続けていたのかと思うと、気が付けば微笑んでいた。
あの予知の絵を見なければ……幸せになれると思っていた。然し、其れは違った。火から逃れたのなら見る必要も無いのに、其れでもあの絵を見て……軈て、如何に自分が幸せだったと気付かされる。
「……あの絵を……もう見なくても良いかな」
此の予知夢が見せるギャラリーの中で、初めて思った弱音だったと思う。 此処に眠る屍になった母と父の像にか、其れともあの日失った全てにか、誰にかも分からず、唯疲れ果てそう言った。
余りに静かな……死の様に安らぐ其の真っ暗な灰の中の時に耳を傾けて……。
遠くから、靴音が響いて来る。段々と近付くのに、あまりに疲れて動く気も起きなかった。
其の靴音は黒影の前で止まる。何をするでも無く其処に在るのだけは分かる。
……とうとう死神でも来たのかと、黒影はふと笑った。
「……酷いな。今、俺の事死神って思いましたよね」
と、聞き慣れた声がした。……サダノブか。来るなと言ったのに。と、黒影は気付いたがやはり動く気にはなれなかった。
「少し休んでるだけだ。放っておけ」
黒影はやっと重い口を開いて言った。
「其れだけですか。言いたい事は」
現実に帰ろうとしない黒影にサダノブは聞くが、何も答えてはくれない。
「……此処で引き篭もりですか?今は疲れ果てても、現実は違う。……こんな所で……諦めないで下さいよ、先輩」
サダノブには読みたくなくても分かってしまった。今、黒影は余りにも長い戦いで、自分の命を守るのですら必死だったのに、幸せにしてくれる周りも守らなくてはと疲れ果てている事に。
終わりにしたいと願いながら、あの真実の丘を創り願い続け、死を静かに受け入れ様としている事も。
「未だ分からない事だらけで……だから、役立たずで……でも、何時も教えてくれたじゃないですか。変な力も如何すりゃ良いのか。だから、普通に笑える様になったのに。もう凍えたくない。一人にするなって言っておいて放っておけなんて……。……我儘なんですから。俺、何の力にも成れませんけど、一つなら出来る事、あるんすよ」
黒影は其のサダノブの言葉に少しだけ重い瞼を開く。
目の前に真っ白な小さな獅子が現れ黒影を見ている。黒影は懐かしい気がして微笑むと、其の獅子は狼の様に遠吠えを一つし、くるりと跳ねると二体になり一体には角が生えている。その獅子達は黒影のコートを噛み、必死で引き摺り何処かへ連れて行こうとしている様だった。
黒影は力無く其の儘にしていると、連れて行った先はサダノブが何時もギャラリーに入ってくる時に使う扉の前だった。
「……此処からはプライバシーじゃなかったのか?」
と、黒影は獅子達の頭を撫でて言った。
獅子はまた吠えて跳ねて回ると、サダノブが怒って立っていた。
「先輩が、自力で出る気ないから、仕方無くですよ!其れに今日は夢見て無いんで真っ暗です!」
と、言う。
「出口とか無いのか?」
黒影はサダノブの夢の中を掌に小さな炎を灯し、歩き乍ら聞いた。
「俺は予知夢とか見ませんから。普通に起きるのを待つしかありませんね。其れより、少しは元気になったみたいですね」
サダノブは黒影の何時もの歩みと口調に気付いて様子を伺う。
「……ああ、守護とはこう言う物なのだな……」
と、不思議そうに辺りを見渡し立ち止まる。
「……そうだ、感謝のついでだ、良い夢を見せてやろう」
黒影はコートを翻し、夢の中にまた違う世界を呼び込んだ。……其れはあの「真実の丘」だった。
「羽休めをするなら始めから此方にすれば良かった」
と、黒影は微笑んだ。
「確かに……」
サダノブはそう笑って言うと、何時も此の丘に来ると景色が良く見える自分で決めた特等席に行き、何時もの様に空を仰いで微風に吹かれ寝転がる。
黒影はサダノブの横に腰掛け、サダノブの腹に何かを置き、
「……ほら、やる。大事に持ち歩け」
と、言った。
サダノブは上半身を起こして其れを両手で落ちない様に持った。
「……香炉って言うんでしたっけ?此れ」
サダノブはあまり縁が無いので聞いた。
「そうだ。香りを楽しむ為の物だが、其れは違う。忘却の香炉だ。誰かに思考を読む能力がバレた時にだけ使え」
と、黒影は説明する。
「……忘却の香炉……。間違えて普段使ったら如何なるんですかね?」
と、サダノブは自分でもやらかしそうだと不安になって聞く。
「どうせお前の事だからそう言うと思っていたし、想定済みだ。中には何も入れるな。その香炉は僕しかたけない。だから持ち歩けと言ったんだ」
そう黒影が言うとサダノブは安心したのか、小さな香炉の細かい装飾を見ている。
「あっ、これ狛犬でしょう?」
サダノブが取っ手の小さな装飾を見て言う。
「違う、獅子だ」
黒影はそう言うのだが、サダノブはじっと其れを見て、
「違いますよ、絶対犬ですよ」
と、言うので黒影は面倒になって、
「じゃあ、ポチにすれば良いだろっ!」
と、言った。
「そうか……お前もポチか。なんか親近感わくなー」
と、喜んでいる様だった。黒影もポチが二匹と思うと、さっき迄の獅子二匹の威厳もあったものじゃないと思わず笑った。
「此れ……渡す為に……」
サダノブはじっと香炉を見ていた。
……あんなに無理させてたのは俺か……
と、気付いて笑えなくなってしまった。
黒影は急にサダノブが浮かない顔したので、
「僕やサダノブの記憶は消えない。点けてみるか?」
と、言った。
「そうですね」
と、サダノブは無理をして笑った。
嘘が嫌いな黒影に少し申し訳ない気持ちもあったが、黒影もきっと嘘を吐いたから。
此の甘い香りが何時迄も途切れなければ良いのにと、ただ眠る様に目を閉じて願った。
分かっていたんだ……
目覚めたらきっと……
此の悲しくて優しい夢は忘れてしまうだろう。
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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。