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「黒影紳士」season3-3幕〜誰も独りなどにはしない〜 🎩第二章 夢などにはしない

――第二章 夢などにはしない――

それから何軒か周り、眠り始めた日付、時間、経過、診察の有無や内容、検査、現在の状態等、全てを黒影は車内の移動中に纏めて報告書を書き、住所をタブレット上の3Dマップにマークを入れ、マークを選択すると報告書が見られる様にした。勿論、複数重なる特徴を見付けると色別になり、該当報告箇所が分かり易く一覧表示出来る様にも置き換えられる仕様にしていた。
「珈琲……飲みたいな」
 黒影はカタカタと手を動かし乍らボソッと言った。
 風柳と白雪は、黒影が書類を作っている姿は殆ど見ていないので、まるでピアノを弾く様に、ひっきりなしに動く其の手を見て唖然としていた。
「ああ、コンビニに寄ろうか」
 風柳がそう提案したが黒影から返事は無い。
「何でも良いんじゃない?」
 白雪は風柳に言った。
「……そうみたいだな、多分」
 風柳はそう言って、一番近い自動販売機で缶珈琲を買い、白雪と風柳も好きな飲み物を買って戻って来る。
「……ふぅ……終わったー!」
 黒影はそう言うと背伸びをして、白雪の膝の上にある缶珈琲を無言で取ると、一気に飲み干した。
「ちょっと根詰め過ぎじゃない?」
 白雪は後部座席を振り返って黒影に言った。
「……仕方無いよ。サダノブがへそ曲げているんだから。……でも、纏めていたから薄い共通点が見えたよ」
 と、黒影は笑顔になった。
「もう見付けたのか?」
 風柳は少し驚いた顔をして聞いた。
「ええ……多分ですけど。最低でも今日廻った全員が何か幸せな夢でも見ているらしい。……微笑んでいる。偶然にしてはおかしいし、そう言う病気なのかも知れないが、表情筋が突っ張ったり引き攣ったなんて事もあれば誰かしら言う筈なのに、誰も言わなかった。
 何人か頬や唇の横を触らせて貰いましたが、そんな感じは無かった。不自然に笑った顔も見なかったし、如何も自然に微笑んでいるみたいだ。
 其れと何かに秀でた者しかいない。逆に言うと凡人がいない。妬みか何かなんでしょうかねぇ。兎に角ジャンルは違えど、何かのプロやそうなる前の者しかいないんですよ」
 と、黒影は言う。
「随分と変わった共通点だな」
 風柳は黒影に言った。
「変わっている事件には変わってる犯人がいるんですよ」
 と、黒影は笑う。
「おい、まさか……」
 風柳は心辺りがあり、そうでなければ良いと思っていたのにと、そんな言い方をした。
「能力者。……多分、夢に関係する」
 と、黒影は断言する。
「夢だと?……そんなもんと如何やって対峙する気だ?」
 流石に相手が悪いと風柳は思った。
「さあ。夢と影ですからねぇ。あまりに掴みどころの無い勝負になりそうだ」
 黒影はそう楽しそうに笑う。勝負の前に黒影は笑う時は決まって何方が勝っても負けてもおかしくない時だ。
「俺は助けに行けないぞ」
 風柳は慎重になって言う。
「でも、此の儘放っておいて、僕が安心して眠れないとなると、此れは立派な営業妨害ですよ。眠る前に、素直にサダノブに謝りに行かなければならない。完璧な安全策はサダノブしか無い」
 黒影はそう言った。
「なら、其の完璧な安全策まで安全に運ぶのが俺の仕事だな」
 と、風柳は笑いながら、車を発進させ穂のアパートへ向かう。
「サダノブ、謝ったからって機嫌直してくれるかしら?」
 白雪は心配そうに黒影に聞いた。
「ああ、それなら手を打ってある。さっき穂さんにメールしておいた。仲直りに全面的に協力してくれるらしい。幾らあのサダノブでも穂さんに言われたら言う事を聞くだろうさ」
 と、黒影は笑い乍ら言う。
「周りから味方にしていくタイプね……」
 白雪はやっぱり黒影は策士向きだと思うのだった。
 ――――――――――

風柳が車に残り、黒影が作った完璧な調書を確認し同僚に送っている間、黒影と白雪は穂のアパートを訪ねた。
 一日中周っていたので、既に時刻は夕方過ぎだ。
「今晩は。すみません、こんな時間になってしまって」
 黒影は穂に軽く挨拶をする。
「あら、白雪さんも一緒だったのですね。聞きました、ご結婚おめでとう御座います!」
 そう言うなり穂はよっぽど可愛がっているからか、白雪をぎゅーっと抱き締めて頭をぐりぐりしている。
「あっ、有難う」
 白雪は穂の勢いにタジタジに乍らも、髪型を整え直す。
「……で、サダノブは?」
 と、黒影は少し気まずそうに穂に聞いた。
「ああ、サダノブさんなら不貞腐れたまま寝ちゃいましたよ。でもきっといじけているだけです。結局、黒影さんの話ばかりしていましたから」
 穂は黒影に言って、安心させようとしてか微笑む。
「……そうなら、良いんですけど」
 黒影は穂が気を遣って言ってくれたのだと思い、未だ不安そうだった。
「きっと大丈夫よ」
 白雪は不安そうな黒影の手を取り、微笑んで見せた。
「そうだな」
 黒影は肩を軽く回し力を抜いて、穂が上がるようにと言ってくれたので素直にお邪魔させて貰う。
 サダノブはカーテンの代わりに綺麗な着物の掛かった窓際で、心地良さそうに柔らかい癖毛をふわふわさせて眠っている。
「ふふっ……仔犬が丸まって幸せそう」
 と、白雪はサダノブを見てそう言った。
「そうなんですよ。サダノブさん、あそこが気に入っているみたいで。風邪を引いたら大変だって言うのに、何時も其処で寝ちゃうんです」
 穂は白雪に困ったものだと笑い乍ら話す。
「あの着物……」
 黒影は見た事があって、そう呟く様に言う。
「あれは涼子さんが、季節毎に着なくなった物をくれるんです。お陰で殺風景な此の部屋も綺麗で華やかになるし、季節感がある上にカーテン代わりにもなるので助かっているんですよ」
 と、穂は黒影に話した。
「成る程ね。確かに良い柄だ。然も実用的だし、穂さんは物の使い方が上手だね」
 と、黒影は感心している。
「……それはそうと、此の心地良さそうな仔犬は、今起こしたら狂犬になるだろうか?」
 黒影はサダノブを見下し、穂に聞いた。
「成りませんよ。だって本当は……直ぐに迎えに来てくれると思っていたみたいですから」
 と、穂は黒影に教えてくれる。
「……案外、此の儘の方が……穂さんと一緒にいられて幸せなのかも知れない」
 黒影は少し寂しそうだが、優しく微笑むとそう言うのだ。
「其れは違います!」
 穂が慌てて黒影に言った。
「えっ、でも……」
 黒影は少し戸惑ってしまう。
「サダノブさんには私は何時でも会えます。……だけど、能力者に成ってしまったサダノブさんに必要なのは、黒影さんから教えて貰っている沢山の知識や生き方其の物なんです。私にはサダノブさんを助ける力はありません。其れにもしあったとしても、時に厳しく言える自信が無いです」
 と、穂は言うのだ。
「……穂さん。……僕はそんな大した人間じゃない。サダノブより少し前から能力者だっただけだ。今でも自分が如何あるべきかなんて、毎日悩む。サダノブに伝えてやれる事が正しいのか、間違いなのかも分からない。出来れば犯罪者にも狙われず、他の能力者からも狙われない……普通の幸せに二人が成ってくれればと本当は思っている。僕なんかに着いて来なければ、きっとサダノブにはもっと穏やかな日々が有った筈なんだ」
 黒影は儚い目でサダノブを見ていた。
「サダノブさんが如何足掻こうと、何時か自分の力に気付く日が来た筈。其の時、もしも一人だったら今の様な笑顔を見せてくれるサダノブさんじゃなかったかも知れません。黒影さんがいたから、今……サダノブさんは優しく笑える人でいられるんです。狙われても戦っても、後悔なんて一言も聞いた事も無いし、寧ろもっと頑張りたいって笑顔で言うんです。だから、……自分なんかと言わないで下さい。黒影さんはサダノブさんの理想で在り続けて上げて下さい。誰でも無くサダノブさん自身が、黒影さんと同じ道を自ら選んだんですから」
 と、穂はサダノブを想って言うのだ。
 黒影は黙って、眠るサダノブの横に屈んで、
「此の道はお前が思っているより優しくないぞ」
 と、軽く声を掛けた。
「おい、悪かったよ。ほら、帰るぞ」
 と、黒影は今度は少し大きめの声でサダノブに言う。
 黒影は少しずつ焦っていた。心臓の音が速くなる。……そんな、サダノブに限って……。
「おいっ!サダノブ!起きろと言っている!」
 黒影はそう強く言うと、サダノブの肩を持って揺らし振り向かせた。
 其の声に白雪は、
「何?黒影、如何したの?」
 と、驚き乍らも聞く。
 黒影は振り向く事も無く、時が止まった様に微動だにせずに言った。

「……此奴……笑ってやがる」

 其の言葉に白雪は震えが止まらない。
「黒影さん、サダノブさんに何かあったんですか?」
 穂も異変に気付き始め、其の声は少し震えている。当たり前だ。最愛の人に目の前で何かあって、普通でいられる人間なんていない。
 途轍もない恐怖と不安に襲われるのだ。
 そう分かっていても、黒影は何があったか穂にこれから伝えねばならないと思うと、心苦しい。
 己の絶望感ですら未だ……抑えきれないのに。
 ……サダノブは穏やかな微笑みで、きっと幸せな夢を見ているんだ。
 然しそんな微笑みを浮かべていても、夢の中で其れが夢だと気付き、目覚められないと知った時……其れでも夢の中のお前は、笑っていられるのだろうか。

「穂さん……。今は……今は、サダノブはきっと幸せな夢を見ているんだ。暫く、其の幸せな夢に浸っていたいそうだ。少し長いかも知れないけれど、大丈夫になる。穂さんは傍にいてやってくれないか。穂さんとサダノブの幸せな日々を僕は夢などにはしない。だから、僕が此奴を起こしに行きますよ」
黒影はサダノブを見乍ら言った。
「……黒影さん、其れはもしかして……。サダノブさんも、目覚めないんですか!?……違いますよね?直ぐ起きてまた笑ってくれますよね?!」
 黒影の言葉で、サダノブが原因不明の目覚めない何かになったのではと気付いた穂はそう言うと、サダノブの元へ走り頬を軽く叩き、何度もサダノブの名前を叫んでいた。
「……黒影……」
 如何する事も出来ない辛さに、白雪が黒影のコートの袖を摘み小さな声で呼んだ。
「大丈夫。……大丈夫じゃないなら、これから大丈夫にすれば良いだけだ」
 そう言って、黒影は白雪の肩を持ち、少し屈んで目を合わせると何時もの様に言って微笑む。
 そして穂の手を止め、
「ほら……そんなに頬を叩いたら、目覚めた時にサダノブが泣くよ」
 と、言った。其の言葉に穂は我に戻って黒影を見た。
「必ずサダノブは目覚める。サダノブの様にとまでは言わない。ただ、ほんの少しで良い……僕を信じてくれないか。此の夢を見続け起きなくなる事件を、今此方で追っていたんだ。此の事件の根底に夢があると気付いて、僕は思考を読むサダノブが適任だと思っていた。其れは犯人からすれば、逸早くサダノブを夢に陥れたかったと言う事でもある。だから読みは合っている。次は僕らの関係者が深い眠りに就く筈だ。僕が眠ればサダノブを起こせる策がある。だから安心してサダノブを待ってやってくれ。此の件は僕が全て引き受けた!」
 そう言うと黒影はコートを翻し、振り返る事無く部屋を後にする。
「……大丈夫。あの人、何がなんでもサダノブを起こすわ。私には分かるの。……穂さんだって分かるでしょう?サダノブは今、穂さんの元へ何がなんでも戻ろうと出口を探してるわ。……私達には見守る事しか出来ないけれど、傍にいる事だけは出来るじゃない。……私も黒影の傍に戻るわ」
 白雪は穫の手を両手でしっかり握り締めそう伝えると、黒影の後を走って行く。
「……そうですね。私もしっかりしないとっ!……サダノブさん、私は此処にいますから。貴方の直ぐ傍に何時も居ますから」
 穂はサダノブの手を握り締め、何時迄も願い続けていた。
 ――――――――――――――

「風柳さん、サダノブも眠りに就いたよ」
 黒影は車に乗り込むと、直ぐにそう言った。
「何だって!穂さんは大丈夫なのか?」
 やはり風柳も穂の心配をした。
「少し取り乱していた。無理も無い。僕も心配だから、後で涼子さんに様子を見て貰えないか聞いてみます」
「ああ、其れが良さそうだな」
 黒影の提案に、其れなら安心だと風柳は納得して車を出す。
「ねぇ、黒影?サダノブを起こす方法なんてあるの?」
 白雪は聞いた。
「ああ、ある。心の世界を読み込む方法を教えて貰ったんだ。ある人に。……予知夢でも普段の夢でも良い。影を作って其の中に読み込むんだ。恐らく夢とは別の世界でないと成立しない。僕にはサダノブも来られる世界が一つだけある」
 そう黒影が言った時だ。風柳は其の答えにハッと気付く。
「……真実の丘か」
 と、風柳は言い当てた。
「そう、其れしか無い。犯人がサダノブを狙ったならば、次の狙いは僕か……僕等の仲間の誰か。……否、一日でサダノブ含め13人も巻き込んだのだから、全員かも知れない。サダノブさえ起こす事が出来れば、サダノブは思考を読み操れる。被害者が多過ぎて出来るか如何かは分からないが、今は其れに賭けるしかない」
 黒影は作戦を話した。
「待て、黒影。何か変だと思わないか。何故、今のタイミングでサダノブなんだ?犯人は一番始めにサダノブを眠らせてから他を眠らせれば、こんなに安心な事は無い。警察と探偵社が動き出したら直ぐだ。此のタイミングは可怪しくないだろうか」
 と、風柳は疑問を言う。
「確かに可怪しい。此の事件、一筋縄では行かない気がする。犯人若しくは内通者が近くにいる可能性は高い。……其れに僕の影も不確かな能力だが、そんなに広域に広げるなんて不可能だ。犯人は桁違いの能力を持っているのかも知れない。ただの夢にこんなにも大勢引き込めたのだから。……内通者も能力者か?もし単独犯では無く、二人共何かの能力を持っているのだとしたら、こんなに厄介な事はない」
 黒影は焦っていた。
「待て、考えが行き過ぎている気がする。一つ一つ確かめなければ。遠回りでも一番の近道は可能性を絞る事だ。誰かが眠る前にと思って焦ってしまうのは分かるが、今回は最悪眠ってしまっても直ぐ死ぬ訳じゃない。衰弱死になるかならないかも時間と運命だ。刑事の俺が言うのも何だが、お前一人では荷が重過ぎる。ほぼ全員助けたいなら、今は冷静であるべきだ」
 風柳は珍しく黒影の考えを一度改め直す様に言う。
「其れが風柳さんの長年刑事をやって得た正義ですか。最後は運命と?」
 と、黒影は聞いた。
「……そうだ。我々は神じゃない。遅れをとって遺族になんと言えば良いのかと考えた時、心を痛めるのは遺族が持つ悲しみの一部を持ち、自分を責めるからだ。だが、焦って全てを見失うよりかは其の痛みを受ける方がマシだ。多くを助ける時は全部だと思わないし決して選ばない。命は平等で手を差し伸べられる回数が決まっているのならば、其の残酷さを運命と呼ぶしかない。真実には闇があるとお前が言った様に、正義には運命がある。今は思慮深く、一番多く手を差し伸べられる状況を考えるべきだ」
 と、風柳なりに思う正義感と言うものを初めて話す。

 ……「正義破壊域」……。

 黒影の脳裏にあの人物の世界の名が浮かび上がる。
 ……必要悪になるかも知れない……。
 其の人物が去った理由を未だ黒影は気付いていない。

 其れは真実だけを追い掛け、正義も悪も救いも別の物だと見て来なかったからだ。
 ……似ている様で別の物。そう思えてならないのだ。
 一つの事だけに考えを絞れば、誰だって秀でて答えがシンプルに見え易く成る事ぐらいは黒影にでも分かる。
 だからこそ風柳が正義感に強いならば、自分は真実を追った方が得策だと思えた。
 此の被害者が多い事件は、真実も捨て置けはしないが殊更正義についても知らなくてはならない様だと、黒影は座り直し考えの駒を振り出しに戻そうと思ったのだ。
 ……もし、あの人物が敵ならば勝ち目は無い。
 正義を破壊する理由がある筈……。
 夢を扱う事も、桁違いの力も理解出来る。
 ただ、純粋に黒影が思うには、ならばウィスキーの残り香がしても良いんじゃないのかと……何かしら黒影が気付か無い訳が無いのだ。

 こんな不安は不要だ。
 今回の犯人はきっと別にいる。ならば戦える。其れだけ解れば考える価値もある。
 此の近辺で増えたのだから、勿論犯人は未だ広域の推測しか出来ないが、此の地域にはいる。
 シンプルに考えるならば、警察関係者である能力者だ。
 そして広域だが実は其の代わりに、出来る動きは限りなく弱い一定の能力なのかも知れない。
 能力者同士は警戒するのが当たり前だ。何時寝首をかかれるか分からないから組みたがらない。
 其れが夢なら殊更……やはり単独。
 能力のヒントは夢と微笑み。……そうだ、妬みは違う。
 既に犯人は人を殺められる程、其の闇にだけ秀でているならば妬みとは逆だ。業だ。ならば……。
 ……二件目か……此の動機で犯罪が起きたのは……。
 黒影は落胆した。
 久々に思い出した此の動機に確信を持ってしまったから。
「……此れは、一般人を巻き込んだ最悪の能力者狩りだ」
 黒影は溜め息を吐く。
「……そんな」
 白雪は振り返り黒影を見た。
「間違い無い。サダノブは網に引っ掛かたんだよ。犯人は単独。能力者で警察関係者。後は向こうの手の内を知って夢を見る迄に対処しなければ。元から警察関係者の一部に、僕等の存在は知られて暗黙の了解で協力体制にある。
 ……が、此処迄一般人を巻き込んでは今後は保証出来ない。最近、警察署内で僕等の存在を知った者の中にいる。……そもそも人手が足りなくなったら、いずれ僕らが出て正体を晒すと犯人は分かっていて、能力者に成り得るかも知れない一般人をついでに巻き込み夢の中に引き摺り込んだだけ。……まんまと泳がされてサダノブを取られた」
 黒影は苛立つ訳でも、怒るでも、冷静でも無く淡々と窓に映る夜景を見乍ら話す。それは虚無と言う感情だったかも知れない。
「……風柳さん、増援した中で僕等を其れ迄知らなかった人物のリストを探偵社宛てに、今日中に送って貰える様に手配をお願いします」
 黒影は夜景から目を離さずに言った。
「ああ、分かった」
 風柳が車を脇に停めて連絡している。
「黒影……其の表情はなぁーに?」
 白雪はあまり見ない黒影の表情に不思議がって聞く。
「……遣る瀬無さ……かな」
 黒影は思い出してそう言った。
 酒を飲む時、時々あの人は儚そうな顔をした。
 そう思って何がそんなに儚いのかと聞くと、大概決まって「遣る瀬無いのだよ」と、小さく微笑んだ。
 そんなに助けるだとか正義だとかは遣る瀬無いものかと、黒影は其の度に聞きたくなったものだ。手から擦り抜けた命がそうさせるらしい。
 其れは僕の真実と同じでは無いかと黒影が言うと、未だ未だだと、さも言いた気にあの人は笑ってこう言ったんだ。
 ……「全くもって別の物だよ」……と。

「ふーん……何だか難しそうね」
 そう言って白雪は前を向き直すと、
「そうそう……黒影がさっき言っていた世界の読み込み方を教えてくれた人って、誰?」
 白雪はルームミラー越しに黒影を見て聞いた。
「ああ、古い友人だよ。……其の人は「真実の丘」みたいな”世界”を創って配置するのが好きなんだよ。変わった人さ」
 と、黒影は微笑んで答えた。
「良い人?」
 白雪の問いに黒影は少し考えて、
「……多分悪い人では無いが、とびっきり良い人とも言い難い。謎の多い人なんだよ」
 黒影はそう答える。
「何時か会えるかしらん?」
 と、白雪は期待している様だったので、
「気紛れな人だからね。……何時か会えたら良いね」
 黒影はさよならを思い出し乍ら、自分の気持ちを含めて……白雪にそう言った。……何時も、白雪の事も気に掛けていたなと懐かしんで。
「帰った頃には用意出来そうだってさ」
 そう言い乍ら風柳は運転席に座った。
「すみませんね。何時も急な取り継ぎばかりさせてしまって」
 黒影は風柳に申し訳なく思い言う。
「構わんさ。今回の件では、俺は他に手伝えそうな事も無いしな」
 そう黒影に言うと風柳はにっこり笑う。
「有難う、兄さん。また今度聞かせてよ、正義と真実の違い」
 と、黒影は言った。
「ああ……似てる様で全然違うからな。勲には未だ早い話かも知れないよ」
 と、答えた。
「未だ早い……ですか」
 黒影は明から様に残念そうにする。
「まあ、急がなくても何時か分かるさ。其れに「真実」と違うのは、形が皆違うからだよ。正解も不正解も無い。線引きをしても常に動く。真実より不確か過ぎるから探したくなる。自分で考えて困ったら、何時でも話し相手ぐらいにはなってやるさ」
 そう言うと風柳は微笑んでいた。
 きっと黒影の成長が楽しみに思えたからだろう。
――――――――――
「はぁ……やっぱりサダノブが居ないと書類も情報を絞るのも時間が掛かる……」
 黒影は珍しく頭を掻き、ムシャクシャし乍ら作業をしていた。
「だったらさっさと寝てサダノブだけでも奪還してきた方が、作業効率も助けられる人数も増えるんじゃない?少なくとも妙案が浮かんだ時にサダノブを速く動かせる。策に溺れ過ぎよ」
 白雪は呆れて黒影から何倍目かのブラック珈琲を取り上げた。
「……あー!甘い物が欲しいっ!」
 黒影は背伸びして肩を回すと、そう藪から棒にリクエストした。
「もうっ、何でも出て来ると思わないでよ。……そうね、じゃあ特別に粗目と、たっぷりミルクを足して温め直す?」
 白雪は、他の皆が目覚めない眠りに入ってしまわない様にと頑張っている事だけは分かるので、仕方無いと思い黒影の好きな珈琲専用の粗目の砂糖を入れて上げようかと考え直す。
「うん、其れだっ!其れが良い」
 と、黒影は子供の様に喜んでそう言った。
 其の直後の事だ。黒影はぽかんとして、
「……そうだ。其れが良いに決まっている」
 と、言う。
「分かったわよ……」
 と、白雪は呆れ乍らキッチンへ行ったが、黒影の二回目の賛成は其方では無く、さっさとサダノブを奪還するだけでかなり有利になると気付いたからだ。
……僕がこんなに悩むからこそ、其れは直感型のサダノブの方が良い案が浮かび易いと言う事。
 そもそも基本フィールドが違っていた。
 夢とは脳、思考にある。サダノブのフィールドだ。
 然もサダノブは自分のフィールドに入った敵を逃す筈は無い。
 活路を見出せるのはサダノブしかいない。
 ……ただ、信じれば良かっただけだ、サダノブを。
 黒影はそんな事にも気付けなかった己に、思わず帽子を抱えて笑い出す。
「なぁに?急に笑って」
 白雪は先程の甘い珈琲を作って、黒影の目前に出すと隣に座った。
「……否、余りに単純なんだ、あのフィールドは。だから僕には皆目検討が付かない。其れが楽しみで仕方無いんだよ」
 と、黒影が言うものだから白雪は、
「ちょっと……最近、サダノブみたいに分からない言い方をするのね。あんまり似ないでよ。……何時か仔犬になっちゃうわ」
 と、言う。黒影は其れを聞いて、
「御免、御免。心配しなくても真逆だから良かったと言いたかっただけだ」
 そう言い直すと、幸せそうに甘い珈琲を飲む。
 ……そうだった。サダノブ程に周りを助けようとして自分を削る奴は早々いない。サダノブが昔凍えていたのも、確かそんな理由だった。……あの人も、風柳さんも、あえて正義が何か教えようとしないのは、僕の真実の隣に何時もサダノブの正義感が見えていたからだ。

 ……覚悟は決めた。……其の運命とやらの真実を見極めに行こう。


🔸次の↓season3-3幕 第三章へ↓

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。