「黒影紳士」season3-4幕〜秋、深まりて〜 🎩第五章 炎、深まりて
――第五章 炎、深まりて――
「先輩!海堂 幹也動きました!」
タブレットを見ていたサダノブが、本部に声を掛けた。
「分かった。今行く……」
黒影は警察と繋ぐ無線をコートの裏に仕舞い、マイクが使えなくならない様に、コートの襟裏の専用の筒状にしてある布を通し留めた。
「相変わらず旧式だなぁ……」
と、苦笑いしたが、其れを何時か使うだろうとコートにも対応させていた事に思わず笑ってしまう。
「此方黒影。テスト、どうぞ」
黒影は聞こえているかテストする。
「本部、テスト良好」
先程迄話していた刑事が応答する。
「了解。海堂 幹也が動いた。此方は準備に入る。突入連絡迄待機されたし」
「待機、了解」
シンプルに必要な事以外は発報しないのが大事な事だ。
――――――――――――――――
「さてと……僕らに打合せは要りませんね」
黒影はにっこり笑って、対策本部の後ろの隅で、暇を持て余している皆に声を掛けた。
「暴れりゃ良いだけだろう?宴会なんてさ」
と、涼子は笑った。……海堂 幹也に対しては、違う感情があったにしろ上々の反応だ。
「サダノブ、そろそろ着くか?」
黒影が聞く。
「ええ、近いです。もう直ぐ此のホテルに入りますよ」
サダノブは現在地を確認して言った。
「良し、じゃあ涼子さん、表示は此のホテル全てでお願いします」
黒影が言うなり涼子はサダノブのタブレットをスッと掠め取り、カタカタ操作し始める。
「黒影より本部、此方のマルタイが到着。巡回撤収。本部から誰一人、出さないで下さい」
「撤収、了解」
警察の撤収を待つ間に海堂 幹也がタブレットに写し出された。
此のホテル全部の監視カメラと繋がった。
「黒影の旦那の帽子とコート、幾らに化けるか見てみたいもんだね。……少し遊ばせ様じゃないか」
と、涼子は言い始める。
「まあ、確かに気にはなりますね。確かボロボロにされたとは言え、サダノブも持っているし……」
以前悪ふざけが過ぎて、黒影のコートと帽子をボロボロにしたサダノブをジローっと黒影が睨む。
「えっ?あっ、だからあの時はすみませんでしたって謝ったじゃないですかぁー。思い出して下さいよ、俺、事務員ですよ?破格でも返せませんから」
そうワタワタして言う。
「人が丹精込めて作っているのに……其の苦労も知らないで」
黒影は溜め息を吐く。
「まあ、職人じゃなきゃ分からないさ。黒影の旦那の帽子とコートは繊細で良い作りなんだから」
涼子は黒影の腕をべた褒めする。
「やっぱり、涼子さんなら分かってくれると思っていたよ」
などと二人で精密機器の話しで盛り上がっている。
ビジネスパートナーと言うより、精密機器マニアの談合にしか聞こえない。
「何よ、分からない話でイチャイチャしちゃって!」
白雪は怒ってプイッと横を向く。
「……ほら、其の怒りはもう少し後に、此奴等に八つ当たれば良いさ。海堂 幹也……会場にお出ましだ」
黒影は話し乍らも映像はチェックしていた様で、オークション会場に現れた海堂 幹也を指差した。
「風柳さん……例の件、お願いしますよ」
「ああ、分かっている」
黒影が風柳に急に行った。
「何の話ですか?」
サダノブが聞いても、
「……それは兄弟の秘密」
と、言って黒影は微笑むだけだ。
――――――――――――――――
「では次の商品は……ロットナンバー65「影の肖像」……とても貴重な品ですので、最初は……三千万から」
と、ディラーが行った。
「僕を映す監視カメラの設計図だな。作る技術者が必要だから、まあまあだな」
と、黒影は納得している。
「そうそう作れる技術者なんていないよ。どうせ脅して作らせるんだ。だからもう少し行くよ」
と、涼子は言う。
「四千!……否、五千!……六千五百!……八千!」
涼子の言うように八千万で落札された様だ。
「黒影の旦那とあたいの合作なんだから、其の位は行って貰わないとねぇ」
そんな会話を楽しみ、二人は呑気にオークションを見ている。
「今、落札した奴……僕に恨みでもあったかなぁー?」
考えても事件後はあまり気にする黒影ではないので、思い出せなかった。
「では、最後の大取り……ロットナンバー67「姿の無い影の肖像画と銅像」。大変貴重な品ですので大取りに相応しく、五億からスタート」
最後は多分、黒影のコートの偽物の設計図だ。
「えっー!最低五億!?俺、本物壊しちゃったよー」
サダノブが頭を抱えて悲壮感に苛まれている。
「ほら、此れが終わったら突入なんだから集中しろ!」
そう黒影に言われるも、流石の五億に集中出来無い。
「良いか、たったの五億だ。5円と変わらない。彼奴等には必要なだけだ」
サダノブは五億と5円を一緒にする黒影の頭が理解出来ないと思った。
「五億五千……六億……否、八億!」
如何やら八億で落札したらしい。
「何だ、十は行って欲しかったな。まあ、良い行くか」
黒影は納得しない物の、興醒めしたのかそう言った。
――――――――――
「良し!全員突入する!健闘を祈る」
黒影はオークション舞台横、出入り口以外に火を纏い引く滑空し、其れ以外の出口の前に業火の炎の竜巻を起こし塞いだ。
サダノブと、涼子、風柳の三名は出入り口に堂々と並ぶ。
「おっ!おいっ!あれ、「昼顔」の涼子じゃねぇか?!」
涼子が突っ込んで行くと、あの裏社会でも名前を轟かせたあの赤い大泥棒が帰って来たと、各々は散り散りになりオークション品を死守すべく、必死になる。
中には拳銃を発砲した者もいたが、余りの速さに当たらない。
全員が下がり始めると、黒影と白雪は手を取りオークションの舞台横に入り、其の入り口さえ炎の竜巻で出られなくすると、ゆっくりステージに上がった。
「オークションの最後にはもっと素晴らしい物をご用意してありますよ」
黒影は言って笑う。
「くっ!黒影までいやがる!撃て!撃て!」
弾が飛んでくるが影を広げ、吞み込んだ。
「全く……せっかちだなあ。どうせ悪い事しかしてないんでしょう?だから折角、懺悔の時間を与えて上げようと思ったのになあ」
黒影は会場のステージから床が埋まる程の広い影を作って行く。
「さあ、白雪……ストレス発散しておいで」
黒影は白雪の手を離すと、白雪はズルズルと黒影の影の中に沈んで行く。 そして再び白雪の影が出て来たかと思うとニターと笑い、
「……懺悔しなさい……」
そう言った途端、大量のご遺体の影が現る。
此のご遺体の影は、此の悪党達が殺した一人一人の姿、形で目の前に現る。
「涼子さん!今だっ!」
黒影は誰もが恐怖し、自分の殺した誰かに狼狽えている今が、盗られた物を取り返す好機だと知らせた。
「分かってるよ。……殆ど取り戻したけれど、此れじゃあ身動きがねぇ……」
と、涼子は言った。
幾ら身軽ですばしっこい涼子でも、大量の図面と機器迄持っていては動きが悪い。
「サダノブ、其方に皆逃げて行くぞ、足止めだっ!」
黒影は涼子を気にして上を見上げ乍ら言った。
此れだけの能力者がいたとあっては溜まったものじゃない。
然し、出口を探せど探せど開ければ業火の中。
拳銃を撃ち乍らオークション参加者らはサダノブに突っ込んで、出入り口を突破しようとする。
サダノブは風柳の影を借りて、自分と風柳の体の前に分厚い氷の盾を作り、屈んで地面に手を付きバリバリと出入り口付近を氷で覆い、通る者全ての足を氷で止めさせた。
「はっ!涼子さぁーーんっ!」
黒影は、涼子を見るなり必死で走り出した。
黒影が見上げると涼子は小刀を振り上げて、海堂 幹也の上で大きくジャンプした。
「駄目だ!駄目なんだ!」
黒影は思いっきり走り、一瞬炎を纏い飛んだ。
そして海堂 幹也を抱え込みコートに包んで床に転がる様に着地する。
「海堂 幹也!逮捕する!」
黒影は下敷きになった海堂 幹也を逮捕した。
涼子はスタッと地面につくと、
「ほんの冗談だよ……」
と、嘘を吐く。
「……嘘は……嫌いです。殺したい程憎むなら、其れも人間ですから。……ただ、僕は逮捕すると言った。死なれたら逮捕出来ない。ビジネスパートナーを失わずに良かった。今は、そう言う事にしておきます」
と、低い声でゆっくり話す。
「終わったんですよ、涼子さん」
振り向くと黒影は、泣き乍ら笑っていた。
「参ったねぇ、その目には勝てやしない……」
……忘却の香炉に黒影が小さな火を灯す……。
目覚めたら僕等が何をしたかなんて、覚えていないだろう。
顔も……名前も……。
黒影は会場を囲った火柱を、火を纏った姿でコートを翻し消して行く。
黒影は再び無線をオンに切り替えて、
「黒影より本部。此方の当初の目的は終わった。参加者は足止めしています。全員逮捕して下さい」
そう言って……呆然と立ち尽くした。
……終わった……終わったんだ……やっと。
――――――――――――――――――
「何だ、此の氷は?幾ら何でも未だそんな季節じゃないだろう?」
と、刑事が言った。
「大丈夫です。自然に溶けますから。ほんと、季節は流れるのが早いですね」
黒影は冗談を言って笑っていた。
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「風柳さん、ちょっと寄りたい所があるんです。先に帰っていてくれませんか」
帰りの車の中、黒影は急にそう言って降りようとした。
「黒影?」
白雪は少し心配な顔をしている。
「大丈夫。直ぐ帰るから」
黒影は微笑んで白雪の頭を撫でた。
黒影は煉瓦の上を歩いている。
歩く度に漆黒のロングコートが、後ろに流れる様にふわりと揺れていた。
下を向き……一歩一歩確かめる。
前方に真っ赤な着物と草履、白い足袋が見え始めゆっくり顔を上げた。
「……やっぱり……此処にいたのですね」
黒影は月を見上げる涼子に声を掛けた。
「初めて今日「昼顔」の涼子に出会いました。そうしたら、貴方が何故捕まらないのか、分かってしまった気がします」
涼子が黒影を見ると、涼子と同じく月を見上げている。
「すみません……。殺したい程憎かっただろうに。邪魔をしてしまって」
黒影がそう言うと涼子は、
「黒影の旦那の前で殺しをしようってのが無理な話だったんだよ。そんな事……とっくに分かっていたのにねぇ」
と、言う。
「頭で理解するとかでは無いのでしょうね。僕は今回、此の事件に再び挑む時、実に悩みました。涼子さんにとって何が最善の終わり方なのだろうと。
僕は未だ……最愛の人を亡くした事はありません。事件が終わっても……きっと……記憶は生きています。
復讐なんて望んではいないなんて言葉は詭弁でしかない。……誰も死んだ人の言葉なんて聞けないのだから。ただ……あの時、刺さらなくて良かった。もう、二度と涼子さんと笑えない気がしたから。其れしか言えません」
黒影は言葉を詰まらせた。
「あたいが何故捕まらないか、分かったんだろう?」
と、涼子は聞く。
「ええ。バーのあの人の言葉が気に掛かっていて。『涼子さんはお前の影の一部じゃないか』って、言葉の意味……今頃分かるなんて……。影には光が必要だ。幾ら夫を亡くしたからと言って鍛錬しても、あのスピード、動きは難しい。あまりに人間離れしている。
……涼子さん、貴方……光を扱う能力者でしたね?
月を眺めるには理由があった。「光のある日中でしか其の力を発揮出来ない」。ただの探偵社じゃなく、鷹代 萄益さんがセキュリティにも力を入れていたのは、不在の時も涼子さんを守る為だったのですね。夜では月明かりしか光が無い。使わなくなったのは何故ですか?」
黒影が話すと涼子は観念したかの様に溜め息を吐き、
「使わなくて良くなったからだよ。あのろくでなしが使わなくても大丈夫な様にしてくれた。だから、今も使わない」
と、涼子は言う。
「光……と言う事は、何か物質を通すのですか?ガラス?万華鏡?……ただの興味本意ですが、ちょっと気になるなぁー」
と、黒影は笑った。
真実を見たくて其の瞳は月を見上げたのに、真っ赤な炎に揺れていた。
「黒影の旦那のリクエストなら、一回だけ。あてにするんじゃないよ」
涼子は其の能力を見せてくれる様だ。
「勿論。一度見れたら僕の真実を見る目が落ち着く」
と、嬉しそうだ。
涼子は帯から小さな手鏡を取り出した。
「危なく無いから、黒影の旦那……こっちにおいで」
涼子が手招きをするので、黒影は隣に行った。
「先ずは此れでお月様を掬う。そうしたら、斜めに好きな方へ傾ける」
涼子が鏡を傾けると強い光の線が何本も現れ、其れは屈折してはぶつかりまた乱反射を続け、大きなDNA模型の様に際限無く夜空を輝かせて行く。
「……綺麗だ……っ!こんな綺麗な能力、見た事が無いっ!」
黒影は興奮気味に言った。
「何だかねぇ、アンタは。此れを綺麗だと言ったのは、萄益の次に黒影の旦那で二人目。盗人する時の目眩しにしかならない使えない能力だよ」
と、涼子は笑った。
「誰だって見たら綺麗だって言うよ。萄益さんは好きな時に此れが見れて幸せ者だったんだろうな」
黒影は何も気にせず涼子の夫の名を口にした。
「本当……そうだったんなら良かったんだけど」
と、涼子は月を見上げ言った。
「黒影の旦那?」
「あ、はい」
「ところで月見で一杯は何時するのさ」
「……あっ。直ぐですよ、直ぐ」
「さあさ、約束は守って貰いましょうかねー」
……ヤバい、逃げよう……。
黒影は勢い良く夜の街を走り出す。
「もう!いけずな旦那っ!」
真っ赤な炎を纏い、風柳の車を探して。
「あっ!いたー!乗せてー!」
危うく飛んでいた黒影を引きそうになり、風柳が急ブレーキを踏む。
「夜だからって、なんて格好で飛んでいるんだ。写真を撮られるぞ!」
黒影はいそいそと車に滑る様に入り込むと何時もの席に座り、
「涼子さんと、月見で一杯の約束、忘れていたよ。サダノブ、日程調整!皆で……そうだ皆で行こう!」
と、二人で飲みたくないので必死だ。
「全く……困った人ね」
「すみません」
「素直で宜しい」
「……はい」
今日も怒られはしたけれど、本当は月明かりが屈折して行くあの景色も、涼子さんには感謝しなければと、なんだかんだと飲みの席を作ってしまう。
真実には闇がある。
けれど時に真実は美しい。
……どうか其の悲しみで、其の真実が復讐に曇ってしまわぬ様に。
きっと僕は帰ったら真実の丘に、此の大切な一つの真実を等しく安寧に眠らせる為、弔いに行くのだろう。
――season3-4はとりあえず完――
ですが〜…やっぱりネット史上最も巨大化したミステリー推理小説はこんなものでは終われません。
未だ未だ続きます^ ^
🔸次の↓season3-5幕 第一章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。