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黒影紳士season6-X 「cross point 交差点」〜蒼の訪問者〜🎩第三章 もう一つの影

もう一つの影

「ああ!そうです。……帽子は被っていなかったような。コートも何時も長いロングコートですけど、先程のお客様よりシンプルなコートだった気がします。
 ある日突然、何かの事件を追っているとかで、この村に。駐在さんの所に始めは通っていたみたいですが、それじゃあ大変だろうって。……今は古い神社に居候しているんですよ。村で何かしら喧嘩やトラブルやら、小さな事件があったら直ぐに駆け付けてくれるので、皆んな助かっているんですよ。だから皆んなで村で獲れた野菜なんかをお礼に持って行くものだから、時期によっちゃあ「食べきれないよ」何て、この宿にも分けに来てくれるんです。」
 と、娘はもう一人の「勲さん」について、そんな風に話した。
 その語る表情は明るく、どうやらその「勲さん」は悪い人でも無く、村の住人からは随分親しまれている様に感じ取れる。
「その神社の場所、教えてもらえますか?」
 風柳がそう言ってメモを取ろうとすると、娘は快諾し場所を教えてくれた。
 ――――――――――

「えっ?僕のそっくりさん?」
 黒影は風柳からその話しを聞くと、珍しい事もあるものだと、ソファの背凭れから背をゆっくり剥がす。
 白雪は天使の羽根が揺れる小さなリュックから、黒影専用の何時もの珈琲を淹れる為、外泊用の豆やミル等を備え付けのポットの横に広げた。
「……帽子を被っていなくて、コートが少し違うだけらしい。」
 と、風柳が特徴的な違いを言うと、
「……其れだけですか?……」
 黒影はコート掛けに掛けた帽子とロングコートを見詰める。
「ドッペルゲンガーじゃないですか?」
 と、サダノブはまさかそんなには似ていないだろうと、笑い乍ら言う。
「……何だか、昔の僕の様だ。」
 流石にドッペルゲンガーは無いとして、黒影は其のそっくりさんの「勲さん」を想像して呟いた。
 未だ「黒影」の名が、裏社会に蔓延る前の自分……。
 風柳を兄だとも知らず、予知夢の情報を警察に売る事だけでひっそりと、必死に踠き生きてきた。
 ただ、犯罪を許しはしない執念だけがこびり付き、小さな部屋に帰っては、死んだ様に身体の力が吸い取られた様な気分で壁に凭れ、窓から見える景色だけを呆然と眺める。
 その日々に彩りは無く、在るのは古ぼけた蓄音機と掠れたレコードから流れる、何を言っているかさえ分からぬ遠い異国のシャンソンだけだった。
 一応に締めたタイを緩めて、だらりと事件の犯人を追い詰める事だけを、飯を貪り食べる様に考えていた……まるで、人間の抜け殻がいた。
 能力者でも人間らしくあれと、口酸っぱく言い続けた風柳の気持ちが、今は分からないでも無い。
「……会いに行きたいな。」
 黒影はふいに気付くと、そう自然と口から零す様に言っていた。
 ――――――――

「本当だ、随分と古いや。」
 風柳が宿の娘から聞いたと言う、神社を見るなりサダノブが言う。
 風柳は同敷地内の別宅の神主が住んでいるであろう家を尋ねる。
 暫く話し、風柳が戻ってくるなり言った。
「例の「勲さん」は、今は出掛けているらしい。この先の今は使われていないトンネルの先に行ったそうだ。蛍が見られるのも其の先の場所になるらしい。」
 と、其のトンネルがあると聞いた場所を指差す。
「夜の方が良かったですかね?其のそっくり「勲さん」も帰って来るかも知れないし。如何します?出直しますか?」
 と、サダノブは黒影に提案しつつ聞いた。
「否……先に宿に戻っていてくれ。」
 黒影はそうとだけ答えると、有無を言わさずトンネルの方へ颯爽と歩きだし、他の面々には帽子を手に頭上で大きく数度横に揺らし、一人で大丈夫だと伝えた。

 何故か心が騒ついて仕方が無い。
 今朝、あの影を見てから。
 如何してもあの影の正体が知りたかった。
 如何に早く歩いても、突き動かされるその衝動に追い付けない。
 黒影は漆黒のコートを広げ走り出す。
 瞳は真実を欲し、紅に染まり真っ直ぐ……迷う事無く、その先を見据えていた。
 軈て草木の根や蔦に覆われた、煉瓦の古いトンネルへと、吸い込まれるように入る。
 夏名残のある日差しに、時を止めた様に幻想的な景色の一部と消え行く。
 トンネル自体は短いが、中は暗く冷んやりとしていた。
 黒影の硬い靴底の音が、甲高く響いて反響すると、出口に差し当たる頃、その音に驚いた小鳥が騒めき一斉に飛んだ。
「おっと……失礼。」
 黒影は鳥達を驚かしてしまったと知ると、そう呟き止まり、帽子の先を持ち僅かに鍔を上げると、飛び立つ鳥達を見送った。
「えっ……。」
 鳥達から目を下げ、長い睫毛を先へと向けた時である。
 先に見えたのは……。
「正義崩壊域……。」
 思わず黒影は其の場所の名を呼んだ。
 正義崩壊域とは、創世神とその声を届ける者……「Prodigy」世界(※黒影紳士は他同著者別書を行き来出来る為、他の物語を「世界」と呼んでいる)のザインの母である、エネルギー生命体「Mother Core(マザー核。マザーコア)」だけが出現させ、移動できる小さな「世界」の事だ。
 其の所有者が限られているのは、正義崩壊域はその割れた廃墟の地にて、持ち過ぎた登場人物達の力その物を吸う、暴走を防ぐ為にある枯れた大地だからである。
 過大な重力で押し付け、力余る者の生き血を吸う様に力其の物が、如何に巨大で優れた能力だとしても呑み込む。
 力のリセットを強制する様な存在である。
 黒影の知っている正義崩壊域は、何処かもの寂しく薄暗さからか、其のビルが崩れた姿……誰もいないスクランブル交差点……乾いた風……枯れた草木……と、何もかもが死に絶え行く存在にも見えた。
 然し、目の前にしている正義崩壊域は、同じそっくりの廃墟ではあるが、光が降り注ぎ何が違う。
 靴音を確かめる様に、ゆっくり一歩一歩確かめる様に進み行く。
 ひらりひらりと揺れていたロングコートの裾が、交差点中央を過ぎた時、ピタリと止まる。
 未だ夏の強い日差しを見上げ、その気配を無意識に追う様に黒影の指先がスッと後ろに流れた。
 その指先を身体が追う様に振り返る。
「あの……。」
 黒影は今までちっとも気配など無かったのに、急に気配を現した背後の者に声を掛けた。
「……貴方は……。」
 黒影はビルの日陰に佇むその姿を見て驚き、其れ以上の言葉も出せない。
「誰かすれ違ったと思ったら……。私ではありませんか。」
 黒影と何もかも似ていて、服装だけ違う男が一人現れ、驚くでも無くそう言うのだ。
 冷酷な深い氷の様な瞳と、無表情さだけは少しだけ違う様に感じる程度である。
「今、僕と言ったのですか?其の……何かの能力者では無く?」
 と、黒影は其の自分だと名乗る人物に、不安になり顎に人差し指を軽く添え、聞いた。
「ええ、そう言いました。能力者とは……予知夢の事ですか?」
 その男は自分が二人いると認識してはいるが、能力者の事を知らない。
 黒影は其奴をマジマジと見詰め、その服装を良く見てゾッとした。
「……まさか。」
 黒影は己の至った考えに、言った。
「……恐らく其の「まさか」に間違いは無い。だって、私を思い出した時、影を自在に操れた事も思い出した筈だ。私は未来の自分を未だ知らないが、如何やら何かしらの能力を持った者が蔓延るとんでもない世に成っているらしいですね。
 けれど、私は未来は多くに興味等無い。私は事件を追うのみだ。失礼。」
 と、その男はシンプルな黒いロングコートを翻し、去ろうとするではないか。
「待て。話は終わっていない。」

 確かに……僕だ。
 己をまだ「私」と呼び、影だけに存在し事件を追う狩人の様な冷たい眼差し。
 過去の己に間違いは無かった。
「私は終わった……。無用な会話はしたくはない。此処で事件の事を考えていたのに。幾ら己でも邪魔なものは邪魔だ。」
 そう、冷たく遇らうのも無理は無い。
 当時の己ならば、そう言ったに違いないと黒影は何とか、過去の自分を食い止める方法を考える。
「もしや……お前が追っているのは、白雪の……。」
 黒影はふと、この村にいて尚且つ事件を追うならば、あの一件では無いかと思い出した。
 そして、それと同時に以前、過去の創世神が黒影がいないと探していた事と合点が行く。
 ……この事を嘆いていたんだ。過去の創世神は。だから、別者と分離してしまった。(前回。season6-4参照)
 一列になる筈の、物語の時間軸が……既に、白雪の両親が殺害された連続殺人事件(season1短編集第一章参照)から離れていたのだ。
 忘れていた筈の、初めて持った後悔と共に……。
 黒影の事件についての話には、流石に過去も足を止めて、今の黒影を見詰めた。
 蒼と赤の視線が打つかる。
「未だ……追っていたのか?」
 黒影は静かに聞いた。
「……笑止。未だ私の事件は終わってなどいない。」
 凍てつき焼き尽くす睨みで、過去はそう答える。
 まるで、あの時の己の選択を恨む様に。
 きっと今の黒影には無い、殺意にも似た鋭い牙を何時でも放って来そうな気迫である。
 まるで近寄るなと、言っているかの様に深い影を伸ばし、消えようとした。
「……白雪はっ!?……白雪は如何すればっ!」
 黒影はふいに過去の己の腕を掴み叫んだ。
 あの時……事件は終わっていないのかも知れない。
 そう思っていたのに。
 暫く何も口にしなかった白雪を守ろうと、走り出してしまった。
 己の意を変えてまで……守りたかった。
 ただ犯罪を追うだけだった其れ迄の自分は、あの日変わったのだとそう納得した筈なのに。
 影だけが別れ、まだこの事件を追っていたとは。
 白雪のいる当たり前の今の僕……。
 白雪のいない世界線を独り歩む過去……。
僕らは何時の間に……こんなにも掛け離れてしまったのだろう。
 自分を見失ったまま……。
 じゃあ、あの時……僕は如何すれば良かったんだ。
 あれから色んなものに出会い、別れ……失い得て、時は目紛しく過ぎて行った。
 過去よりは多くのものを持ち、今があると過信していたのかも知れない。
 誰だって、少しは成長したと思い乍ら道を進むのではないだろうか?
 そう……せめて思いたいだけなのかも知れなくても。
 だが如何だろう。
 目の前にいる僕は、そんな「せめて」なんて言葉を思わない。YESかNOしか存在しない、くっきりとした闇より深い影を持つ。
 何故己なのにゾッとしたのかは、今になって理解出来たよ。
 此奴の影に勝てはしないと、全身で感じたからだ。
 総てにおいて、冷静沈着な影は温もりを知った僕には、もう戻れない……遠い強さなのかも知れない。
「……其れと事件とは違う。私は人の死と自分の感情論を混同などしない。不要だ……そんなものは。」
 何を言っても、感情論は除外する。
 事件の始まりは何時だって、人の感情論がある事も認めはしない。
 そう……其れが、誰でも無い僕だった。
 何人の遺体を見ようが眉一つ動かさず、事件の方ばかりが目立つ。
 事件に涙する事も無い。
 同情等、何の役にも立たないと切り捨てた。
「この事件……解決しようじゃないか。お前が出来ないならば、僕は今直ぐにでも!」
 黒影は総ての不安も何もかもを振り切る様に、そう言い放ち、強く漆黒のコートを態と見せ付ける様に大きく翻し、帽子の先を下げるとツカツカと、如何しようも無い苛立ちと怒りに、過去を睨み去る。
「さぁ、如何だかね。」
 と、耳に残る過去が嘲笑う声。
 ……この人生を僕は後悔などしない。
 白雪といる今を、決して後悔などと言う言葉で、終わらせはしない。
 僕は……僕の過去に負けたくは無い。
 意思薄弱とはこんなものの事か……。
 強い意思が制するのであれば、自分で呑み込んでみせよう。
 其の迷い離れた記憶と、影と共に……。

 我、黒影也……。

 過去には無いものが在る。
 僕は過ぎ行く時の中で知った。
 影は闇に存在し、身を隠す事は出来ても、其の姿を示す時、必ず光が無くてはならない。
「真実」こそ……たった一つの光であるならば、この真実に迷う事無く進むしか無い。
 追うのは事件では無い……「真実」其のもので在る。
 白雪といられる今に、「真実」が必要だと言うならば、見つけ出してみせよう……誰でも無い。
 この僕が。

 黒影はトンネルを再び抜けると、飛び出す様に走り出す。
 日が差す限りない向こうへと。
 其の姿、光に呑まれる影の様であった。

「……未来は……忙しない……。」
 その姿を見た過去は呟く。
 仕方あるまいと一つ大きな溜め息を吐き、コートのポケットに手を気怠く掛け、崩れ掛けのビルの闇へと消えて行った。

 違う方向を向く、肩も打つからぬ静かな交差点。
 ビルを抜け、この先の蛍輝く泉へと揺ら揺らと漆黒のコートを靡かせ其の影は向かう。
 ……こんな忘れられた地にも、花が咲いていたんだよ……。
 見下ろした小さな花に視線を落とし、今出逢いすれ違った者に想う。
 私は何時の間に……こんなにも、冷たくなってしまったのだろうか。
 何れは消えゆく定めの影と知っていた。
 存在しては成らぬ存在として己が生きてきた事も。
 出逢うのが遅過ぎたのか……出逢うのが怖くも感じていた日々も忘れてしまった。
 ただ、事件を追う……其れ以外に一体私に何の価値があると言うのか。
 きっと出逢った彼奴は、其の答えを知っている。
 そして何時か……この存在の消去と共に、解る日が来るだろう。
 長い……長いこの事件。
 やっと……終わる日が……来るんだね。

 走り行く者、静止する者……時は何方を選ぶだろうか。

 過去は止まったままのヒビが入った懐中時計を見詰める。
 もう直ぐ、己の存在が今さっきの出逢いで消えると分かっていても、涙一つ溢れやしない。
 枯れてしまった物は戻りはしない。

 ……其れこそ、正義崩壊域の総てだったなんて、誰も知らなくて良い。

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(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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泪澄  黒烏
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。