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縞瑪瑙(しまめのう)の双龍〜オニキスの番龍〜🐉🦋🐉第二章 裏切り

2裏切り

 やっと……出逢えた……。

 邪気の塊が砕け、私はそのまま君の前に飛び込んだ。
 じゃらっと縞瑪瑙(オニキス)の数珠の音が静かになったこの場所で、唯一響いて……
 その響きは余韻の様に心にも漣を揺らす
 受け止めた霊雅の腕は温かく、顔を上げると見つめ合い、何の言葉も無く、気付けば笑っていた。

「聞こえたよ、お経。」
 と、私は言うと霊雅にタオルを渡して上げた。
 お焚き上げの前で、私が来る前から只管経を唱えていたのだから、かなり体力も消耗しただろう。
 襟に滲む汗も、髪の先から落ちる汗も、まるで土砂降りの雨の中を走って此処に来たのかとさえ思える。
「……そうか。……それは良かった。」
 そう薄く微笑むのが、もう限界のやうだ。
「あのね……探していたのは、霊雅だったの。」
 私はどう説明したら良いか分からないままに、そう云っていた。
「……え?……あ……えっとぉ……僕はずっと、見付けていました。櫻さんが次の白龍になる事も知っていた。
 ……あの、だからと言って、ちょっかいを出していた訳ではないのです。
 その龍の剣を先代が櫻さんに残した時点で、知っていましたから。お祖父様が祈祷出来ない理由は、既に継承されていたからです。
 ……その藤の簪……持っていてくれたのですね。」
 そう手を伸ばすと、襟から引き出し、頭に丁寧に付け直してくれる。
 柔らかい手……温かい手……。
 私は心地よくて、薄らと瞼を閉じ、君の手の優しさに包まれていた。
 硝子が程よく、私の耳にころんころんと揺れて音が鳴る。
 霊雅のお経に少し似た優しさ……。
「……あの、少し嬉しくて。図々しくも転寝なんぞ、しても良いですか?」
 私はハッと目を開けて現実に戻る。
 ……そうだ。疲れ切っていたのに、悪い事しちゃったな。
 私は袴で胡座を掻いていたのが、ザッと立ち上がり正座する。
「……下らない話しに付き合わせちゃったから。どうぞ。」
 膝をポンポンと叩き、遠慮はいりませんよと笑った。
「……何か……恥ずかしいな……。……じゃあ、お言葉に甘えて……。」
 少し照れはしたものの、やはり疲れ過ぎているのかそっと横を向いて膝枕が安定すると、すやすや眠り始めた。

 月が綺麗……。
 そう君に云いたいし、云わせてやりたい。
 何時か儚く遠い夢に成りけり。
 池の水面に映る月が揺らぐ現も
 今は忘れて 夢の中……。

 祖父が暇そうな私を見て、霊雅の邪魔に成らない様、こっそりと私の耳元で話し掛ける。
「櫻さん。……霊雅さんねぇ、ずっと櫻を下さいって家に通っていたんだよ。」
 と、祖父が云うではないか。
 まだ青々とした紅葉が、初夏の微風に優しくサラサラと揺れた。
「……そんな、まさか。……じゃあ、それで家に通っていたの?」
 私は何も知らなくて、祖父に顔を向ける。
「……綺麗な簪じゃないか。月の光の粒が雫のやうに連なって。……何が良いか、散々悩んでいてね。櫻さん、誕生日……忘れていたから。あの二人が亡くなってから、もう櫻さんが白龍になる程、大きくなって。祖父として出来るのは、櫻さんの邪魔者を退かすぐらい。……幾ら白龍とは言え、女人は少なかった。疎まれ、命を落とした者もいる。……現代とは言え、疎まれ役をやらしてしまって申し訳ない。」
 祖父は急に畏まって頭を下げるのだ。
「……ちょっと、やめてよ。今まで通りで良いじゃない。急に畏まって……気持ち悪いわ。」
 と、私はこの時、祖父が突然離れて行くやうな、そんな気がして泣きそうになる。
 泣きそうなのに「気持ち悪い」だなんて……分かってる。分かっていても何時も通りでいて欲しい。
 小言の五月蝿い爺さんで結構。
 だから……お父様とお母様のやうに、突然消えてしまわないで。
「櫻さんのお父様は気付いていましたよ。わしなんぞより、まだ幼い櫻さんの方が、秘めたる力は強かった。だからあの龍の剣を授けたのでしょう?
 おっと……話が長くなりましたな。今日は此方に泊まらせてもらう事に成りましたから。数百年ぶりの女人の白龍で、皆書庫で調べ物をしていますよ。……じゃあ、お疲れ様。ごゆっくり。」
 そう云って祖父は音を立てぬよう、摺り足で足袋を引き、用意された床へ向かったようだった。

 優しい風が柔らかな霊雅の前髪を擽るやうに揺らす。
 その悪戯な風のお陰か、汗は引いてきた様だ。
 ……だけど……このままでは風を引くのでは?私は清め水を浴びる日課だから、そんなに引かないけれど、少し心配だ。
 月を見上げれば雲が暗くなってきた気がするのだ。
 ……仕方無い……。
「ねぇ、霊雅。……そろそろ中に入らないと、風邪をひくわ。」
 私はそっと、痺れ始めた足をずらしてみる。
「……あー、どの位寝てた?ごめんね櫻さん。」
 霊雅はそう云うと、隣に胡座を掻いて座った。
「……ねぇ、もう帰るの?」
 と、顔だけ私に向けて聞く。
「今日は遅いから、祖父とお世話になるわ。」
 そう答えると、少しだけ霊雅の顔がパッと明るくなったような気がするのだ。
「そうだ。さっき櫻さんが初めて斬った者の元の姿、見たくないですか?」

 ……この時は嬉しかったのに、分かっていたんだ。
 櫻さんが探していたのは
 僕ではなく黒龍だったのだと
 だからだろうか……少しでも気を引きたくて
 焦って……
 やっと捕まえた君を
 離したくはなかった
 ――――――――――――

 初めてあの古びた白龍の寺に行った時だった
 何処か懐かしく、
「こんな所まですみませんね。」
 と、まだ子供だった僕に君のお父様は敬語を崩さず、そんな大人達に囲まれるのが当たり前で、詰まらない毎日だった。
 ふと外を見れば、君とお母様が剣術の稽古をしている。
「我が家の女共は勇ましくて……。」
 と、君のお父様は苦笑いするのに、何だか誇らし気にそれを見ていた。
 僕はスッと立ち上がり、その光景を見ていて気付く。
 ……ああ、何時か……あの子の力が必要になる日が来る。

 今も鮮明に忘れはしない。
 君を包む淡い色を乗せた……優しく白い染井吉野の花弁が
 温かい風に舞い上がり
 君は剣にばかり気を取られ、全く気付きもしなかったのだろうけれど
 其れは上空で、見事な真っ白な登り龍になった

 ……此れが……白龍なのか?……と、僕は聞きたくて
 君のお父様……つまりは、当時の白龍を見た。
「……あれは、才に恵まれた……。自分の娘なのに、変と思われるかも知れませんが、あれには嫉妬すらする。」
 そう、答えると当時の白龍は、また二人を見て微笑むだけだ。
「……嫉妬……ですか。……複雑ですね。」
 そんな、曖昧な返事をしたのは、君だけが気付かないその真っ白に舞い上がる輝きに、見惚れていたからだろう。
 花弁が散り、君を包み……再び天上へ戻る時、その花弁は太陽光を受け、上空で鱗になり輝きを増した。
「……美しい……。」
 自然と口から零れた言葉は、今までお誂え向きに云った美辞麗句ではなく、その時……初めてその言葉の意味を知れたのだった。
 褒めたり……合わせたり……そう云う言葉ではない。
 自然に溢れ出る……この感情の事だと。
 それから、僕は君以外に美しいと云う言葉だけは使わなくなった。
 ……その美しい力を……心から欲している。
 先代が亡くなってからも、君を見ていたかった。
 どんなに周囲に止められても、君の成長を見ていたかったから。
 先代には墓参りを口実に、申し訳ないとは思っている。
 だけど……多分、気付いていたのですよね。

「相変わらず……美しい白だ……。けれど、黒龍の僕には余りに不釣り合いで、遠い存在だ。彼女が昼の太陽ならば僕は月夜。……遠過ぎるから、何時もお邪魔してしまって……何だか申し訳ない。」
 ある日そう云って、祈祷に疲れ果てた僕が云う。
 人間の恨み憎しみ欲……ずっとそんな物を見続け、無感情になりそうだった己が怖くなり、気付いたら白龍の寺に来ていた。 
「……あの白龍に伝わる剣は、古来大祈祷の際黒龍と共に、力を最大限発揮出来ます。何れ……その意味が分かります。何故、陰陽の二つなければ陰が消せないのかも。今は……まだ片翼だからお疲れなさる。……粗茶でものんびり飲んで、休まれると良い。」
 そう言って毎度出されるのは確かに粗茶なのだが、どんな高級な茶より美味かった。
 ずっと昔から、何年も前から、此処に通っていた気がする。

 ――――――――――――――――
「……私……何だか、此処……知っているわ。」
 祈祷済みや途中の物、または継続しなくてはならないものを貯蔵する部屋の前で、櫻は一時立ち止まり剣に手を掛け力を入れた。
「……此処にはもう安全な物しかない。さっき覚醒したばかりだから、きっと過敏になっているだけだよ。」
 先程、あれだけ闘ったのだ。
 邪気にあれだけ興奮してしまうのだから、霊雅はもう落ち着いて大丈夫だよと伝えたくて、出来るだけ優しくそう云った。

 霊雅の声は安心する……。
 けれど殺気を感じてしまうのは、やはり霊雅の云う様に、白龍に成ったばかりだろうかと櫻は思い悩んで、結局霊雅を信じて剣からは手を離す。
 それにいつ迄も警戒していたら、霊雅にも悪い気がした。
 この黒龍の寺は安心する。
 ずっと昔から守られていた様な不思議な感覚になる。
 何故、今までどうせ自慢にでも……とか、思っていたかも分からなくなってきた。

 ……ねぇ……霊雅?
 ……私、此処に居ませんでしたか?……

 そう聞こうと思った時だ。
「ほら、これですよ。」
 そう霊雅が見せた物は、甲冑と……その前に置かれた朱色の鞘に納まった、一本の刀だった。
「……この刀は?」
 目の前にある刀は魂を失っている。
 刀は何度も熱し打たれ鍛えるを繰り返し、そこで魂が宿り更に持つ物が魂を与えるものだ。
 しかし、櫻の見たこの刀は、まるで刀の亡骸のやうに魂が無い。
 櫻はその亡骸を悼んで真横のまま、丁寧に両手に持つ。
「……鞘からは出さないで下さい。其れですよ。さっき櫻さんが大量の邪気を感じて、僕と倒したのは。」
 霊雅が教えてくれた。
 もう危険な物ではないが、確かに剣を扱う櫻が抜けば、再び邪気が魂を食うかも知れない。
 櫻はそっと、その剣を台に返す。
「……この刀が何故?それにこの鞘の色……後で、塗った物ですね?」
 櫻は気付いて霊雅に聞いた。
「その刀の名前……「裏切り刀」と謂れるのです。真田十勇士が嵌められて、援軍が来ずにほぼ壊滅に追いやられた話はご存知でしょう?その一人の一族が、恨みにかられ何人も、その裏切った者を許さず、その一族も関係者も内密に殺し続けた。……鞘は返り血を浴び過ぎてその怒りと共に、朱色に塗られた。
 そんな、謂く付きでした。
 始めは本当にそんな物が今の時代にあるのかと、調査を頼まれただけでした。……しかし、鞘から出したが最後……あんな事に。ですから、祈祷師も結界も最低限でした。
 僕の落ち度です。どんな物であれ、油断してはならなかったのに。……今回は本当に来てもらえて助かりました。有難う。」
 霊雅は和かに笑うと手を差し伸べて来た。
 あの時……私を受け止めてくれた……温かい……大好きな手……。
 私がそっと手を差し伸べると、霊雅は指先が当たった瞬間、私の手を取り、少しだけ強引に引き寄せ、抱きしめてくれた。
 心臓がどうにかなってしまいそうで、頭が真っ白になる。
 君が飾ってくれた、藤の簪がその情熱でしゃらりと耳元で擽ったい音を立てている。
「……ずっと、こうしていたかった……。」
 そう云った君は切なくて苦しそうな声を、振り絞るかのやうにそう云う。
 ……嗚呼、私も……きっと……。
 身動きも出来ない程、抱きしめられるだけで、こんなにも涙が溢れそうなのに。
 ……だから、君よ……どうか、このままこれ以上何も云わないで下さい……。
 強いのに優しいその力に、今だけは……闘う私を忘れて下さい。

 君の髪が、頬を擽る……地なのに柔らかく茶色掛かった軽い緩やかな癖毛。甘い白檀のやうな香りに包まれ、夢ではないかと思えてしまう。
 暫くして、君が目の前で私を見ている。
 ……どっ、どうしよう。
 どうも何もないのだけれど、何故かそう思ってしまって……。
 そうだ、目……目はやっぱり閉じた方が良いの?……でも、見てる……?!
 木の格子から、月明かりが差し込んで、君の瞳がはっきり見える。
 きっと、私も……。
 あるとは知らなかったけれど、私にも恥じらう事はあったようで、思わず下を向いてしまった。
「やはり……黒龍で、僕では駄目ですか?」
 君は少し困った声でそんな事を聞く。
 なっ、何か……勘違いさせているかも?!
 がっ、頑張れ……あれ?何故私が頑張るのだ?
 まぁ、いいっ!
「あっ、あの……確かに、黒龍を見た時はこっ、此れだって思いましだけど……。その……君の声も……手も……この、くれた簪も……本当は……すっ、好き……。」
 あれー?逆!!……好きは云って欲しい方なのに、どさくさに先に云ってしまったっ。
 私の馬鹿……!もう、泣きそう……。
 どうしたらいいの、もうっ……!
「そんなに、縋るやうな目で見ないで下さい。……言われちゃいましたけど、先に君に恋したのは……好きになったのは、僕ですからね。」
 君はそう云って微笑むと、私の恥じらいも、馬鹿なところも、全部受け止めて、優しく唇を奪って行く。
 ……あっ……ファーストキスだったのに。
 呆気なくも、こんな所で奪われてしまったが、悪い気もしなかった。
 だって……嘘でも良い。私の事を好いていると云ってくれた人に捧げるならば。
 何度も……苦しいぐらい。
 降り注ぐ君の愛は受け止めるのが精一杯で。
 それでも、息継ぎをさせてくれるタイミングも、全部合わせてくれて。
 こんなに沢山の優しさに……溺れてしまいそう。

🔸次の↓「縞瑪瑙(しまめのう)の双龍〜オニキスの番龍〜」 第三章へ↓
(お急ぎ引っ越し中の為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)


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泪澄  黒烏
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。