黒影紳士🎩急遽番外編「とある推理小説家に届いた苦悩の挑戦状」第三章　５偏愛　６愛たるや

５　偏愛

「……解けないんじゃなかったんだ。……解きたくなかった。……だから、其処から推理小説が書けなくなり、新作を中断した。何時ものあの人なら勝手に逃げた。でも、そうしなかったのは……。元は優しさだと、気付いていたからだ。
　一体……何処から、こんなに歪んでしまうのだろうな、人は。普通だった人が犯人になる。まるで、其れが元から理由があったかの様に、マスメディアは言うが、それは僕らが何処かで安心したいだけ。……動機なき犯罪もある。行き過ぎた己を止められるのは、最終的に己しかいない。サダノブ、一回このパソコンごと持ち帰ろう。もう、夜だ。……白雪も風柳さんも心配する。」
　僕は真実の丘へ繋がる方角では無い、創世神から見た現実の景色を映し出す窓を見て言った。
　真実の丘は、穏やかな昼に時を止めているからだ。

　……ガリガリ……ガリガリ（謎の音）

「大丈夫ですよ。……これから……大丈夫になるんです。」
　去り際に、創世神の大切な人が不安そうな顔をして、僕らを送ろうとしていたのでそう言った。
「……あの人も、良く口癖の様に言うのよ。それ、御呪いなんかじゃないのよ。あの人が本気になった時に言うの。何の根拠も無くったって、あの人がそれを言った時、大丈夫にならなかった事なんて、一緒になってから一度もないの。」
　創世神の大切な人はそんな風に懐かしむように、優しく微かに笑い、言うのだ。
「……えっ？一度も？」
「えぇ、一度も。だから信じるわ。最近、自分が駄目だと思った時、あの人言うのよ。「……きっと黒影が大丈夫になるって言っている気がする。……うん、だからきっと大丈夫になるらしい」何て……。笑っちゃうわね。」
　と、僕が驚いて聞くと、そう答えた。
　其処まで可笑しな話しでもあるまいのに、目の際を軽く指で押さえている。
「……戻したら、あんまり心配掛けるなと、僕はから注意しておきますよ。他力本願も甚だしいったら。」
　僕は……そう言ったものの、その言葉をあの人がくれた事に、少しだけ感謝した。

　――――――――――――
　……ガリガリ……ガリガリ……。

「……ああ、黒影紳士やそのアカウント自体に被害を及ぼそうと始めた事では無いらしい。」
黒影は、白雪の作ってくれた珈琲を一瞥してから口を付けた。
「……其れ、偏愛？って言うのかしらん？」
　白雪が、黒影の肩に頭を置いてぼんやりと言う。
「……偏愛？……だって、あの人には大切な人がいるじゃないか。愛情は歪みまくっているし、浮かれた事も言うが、あくまでもお巫山戯の範囲で、公然に周知の上だ。」
　黒影がまさかと、白雪を見て言う。
「……先輩、そう言うの疎いですからねぇ。」
　サダノブは、白雪一筋で今まで来た黒影には分からないと、茶化して言うのだ。
「失礼だなっ……。そのくらい……そのくらいは……。」
　黒影が吃ると、聞いていた風柳が態と一つ咳払いをし、
「……分からないだろうなぁ。」
　と、番茶を啜るのだ。
「何で僕だと分からないんですか？」
　黒影は真面目に前のめりになって、風柳に聞くものだから、風柳は思わず茶を吹きそうになる。
「何で？って。……黒影は失恋した事も、片想いも殆ど無いじゃないか。幸せで何よりって事だよ。」
　風柳はそう言って、黒影はまた変に無機にならないように言ったのだった。
……が、
「……私は少し分かるわよぉ〜。黒影ったら、全然気付いてくれなかったんだもの。」
　と、白雪が言うのだ。
　黒影が警察の手伝いをしていた頃からの長い片想いは、鈍感な黒影は気付かなかったが、風柳にはとっくに分かっていた事でもある。（黒影紳士season1短編集参照。）
　黒影はその一言に、やはり自分だけ分からないのが気に食わず、眉間に皺を寄せ珈琲を何時もより早く飲む。
「……分からないなら、知れば良いだけの事だ。」
　と、不機嫌に言い残すと、自室へと何時もより心無しか急ぎ足で向かう。
　それでも、自室の木製の優しい多色の切り込み硝子を開けば、夜風が優しく黒影の前髪を擽る。
「……何も無機にならなくても……か。」
　何も苦労等無い様に笑われたが、何の感情かも分からずに、不器用に白雪を守ろうと必死だった頃の情景が、頭を過ぎるのだ。
　優しい多色の切り込み硝子から、床に落ちた淡い月の光を眺めて、黒影はふと思い出す。
　そう言えば……この事件の収拾を着けるのに、創世神は淡星さんと話しをしていた筈だ。
「……先輩、白雪さんが珈琲って。」
　サダノブがノックし、そう声を掛けて来た。
「あぁ、どうぞ。」
　サダノブが入ると黒影はPCの前にいたので、昔肘鉄を食らった覚えがあり真後ろを避けて、英国特有のスマートな曲線脚のアンティーク机の天板の横に、珈琲の入ったカップ＆ソーサーを置く。
　探し物の様なので、スツールを引っ張り出し、黒影の横から薄型のデスクトップを見ていた。
　この「夢探偵社」にある幾つかの端末の本機である。
　セキュリティは、「夢探偵社」とビジネスパートナー契約を結ぶ、セキュリティグッズ専門店「たすか〜る」に匹敵するか、それ以上だ。
DM（ダイレクトメール）で、創世神が聞いていたアドバイスとやらに目を通す。
「……そもそも、友情が何故偏愛などになるんだ？」
　黒影はサダノブに聞くでも無く、調べ乍ら言っているのだ。
　頭で整理し乍ら口に出すのは何時もの癖である。
「……元からの依存体質の可能性……か。」
　黒影は如何やらアドバイスを受け始めた頃の遣り取りを見つけた様だ。
「誰なんです？その淡星さんって。簡単に創世神さんが説明はしていたけど、イマイチ人気と言うだけで人物像がピンと来ない。」
　サダノブがそう言うと、
「まぁ、其れもその筈なんだ。三人の中で実害被害が最も少ないのに、一番警戒心が高い。其れには理由があって……この淡星さんは恋愛を専門に書いていた小説家なんだ。だから、元から読者様やファンに自分宛てだと勘違いされる事が多く、創世神はあの性格だから、困ったら何時でもどうぞと……それ以降仲が良い。深夜に時々執筆の合間時間があれば軽く会話をする。そんな会話も、近頃は如何も雲行きが怪しかったらしい。」
　と、黒影は二人の遣り取りを遡り、現在までザッと目を通す。
　……ガリガリ……ガリガリ……。
「雲行きが怪しい？」
　サダノブも、DMはプライバシーだからと、少し気が引けたものの、事件に関わるのならと、黒影の腕周りの邪魔にならない様にディスプレイを覗き込んだ。
「ある日、あの人（創世神）が淡星さんに、この件の事を相談している。何故、何時も冗談の加減が分かる様な月霧さんが、あんな勘違いを起こす様なコメントを、そもそも残したのだろう……と。女心の心境の変化って奴だな。ほら、僕だけじゃ無い。あの人も鈍感も鈍感だろう？愛情が捻くりまくりの歪みまくりだから、そんな事だと思ったよ。」
　と、黒影はほら僕だけじゃ無いと、さも言いたそうな満足そうな笑みを浮かべ珈琲を口にする。
「あっ……。」
　黒影が思わず、一口飲んだ珈琲のカップの中を眺めた。
「如何しました？」
　サダノブが不思議そうに聞く。
「……早めに休んで下さいって。」
　と、黒影は朗らかに微笑む。
　黒影の好きな甘い粗目の珈琲砂糖の味がする。疲れて見えた日は、特別にと白雪が入れ替えてくれるから。
　夫婦になる前からの、変わらない体調を考えて淹れてくれる珈琲は二人の中で、忙しい黒影にも届く手紙の様でもある。
「……愛情たっぷり珈琲、羨ましい〜。」
　と、サダノブは口を尖らせ言う。
「お前なぁ……何時も白雪にただでさえ、冷茶淹れて貰っているだろう？……後は穂さん（みのる。サダノブの妻でたすかーるの従業員）にでも頼めば良いだろ。
　……にしても、この淡星さんが言うには、元から依存体質だったのでは説を上げている。……つまり、所謂推し活が過ぎて、大切な人がいると分かっているから、手には入らないと分かっていても、空想で満足出来ていた依存先が急に無くなり、その行き場のなくなった依存先が、歪んだ友情なりの行き過ぎ……つまり、偏愛に向かってしまったのではないか。」
　黒影は其れを読み上げると、ぼんやりと天井を見上げ考える。
　……だが、元から何処か歪んでいる愛情表現しか出来ない創世神にとっては、きっと理解出来ない範囲だったに違いない。
「……成る程、行き過ぎた推し活も、偏ってしまえば偏愛……か。でも！でも先輩、物にだって何だってマニアがいて、愛情たっぷりあったって、俺は良いと思いまーす！俺だって、バイク大好きだし、先輩だって車乗ってエンジン音聞いただけで「行くぞ、ベイベー」じゃないっすか。」
　と、サダノブは推し活や大好きな物がある事の何処が悪いのかと、そう言う。
「ああ……其れは誰しも多く持っているものだ。だが、其れを固持する余りに、周囲に被害や迷惑行為が及んでしまったら、ただの趣味とは呼び堅い。
　其処で初めて問題性が生じる訳だ。
　あの人だって、問題が無ければ何ら気にする事は無かった筈だ。其れがどうもエラーを大量に出した原因に思われたから、其処で初めてこれは如何と、動き出した筈。」
　黒影は創世神の取った行動を想定する。
　普段小さな事を気にしない人が、気にする理由は「変化」にある。
　その「変化」が良い方であれば微笑むだけだが、もし悪い方へ「変化」した場合は出来るだけ早く止めるだろう。
　夜空さんとあれこれ話していて気付いた頃には、時既に遅しであった。
　なので、自分には分からなかった範疇の相談を、詳しそうな淡星さんにした……と言ったところであろう。
「……鈍感なんですねぇ。創世神さん。」
　と、サダノブは少し小馬鹿にして、目を薄めて言った。
「……鈍感には鈍感だろうな。自惚れているだけだったら馬鹿をみるじゃあないか。
　だから、彼れや此れやと確かめてみたくなったんだろう？しかも、ただの鈍感では案外済む話しでも無いらしい。
　あくまでも此れは、淡星さんの仮説に過ぎないが、この空想の理想的な暇潰しが急に消える事で……執着へと変わって……ん？」
　黒影は思わず其処で言葉を切る。
「え？……何？今度は何？！」
　黒影の「ん？」は、その言葉は軽く聞こえるが、大きな異変でも変わらないので、サダノブは警戒した。
「なぁ？僕は今、調べていた。……大体、さっきから一人称の「僕」では無い。……誰がこれを記録している？」
　黒影は突然、記され行く「黒影紳士」の頁に漸く気付いた様である。
「えっと、創世神さんの本体は真実の墓ですよね？何か……ガリガリ聞こえません？さっきから。」
　サダノブは先程から脳裏に時々掠める、ガリガリと言う謎の音が気になって仕方ない。
「……ああ、其れなら僕にも聞こえていた。殺気は無いから能力者の襲撃でも無いと、空耳か何かに思っていたが……。」
　此処で始めて、二人共聞こえていた事に気付く。
「……まぁ、何処かの工事か何かだろう。蝉の音も騒がしい。思ったより小さな音だ。あの人がきっと僕の書き方じゃ、筆が堅いから音声入力にでもしておいてくれたか、録音でもしておいたのだろうな。案外、彼れで書く事には五月蝿いしな。」
　そう言い乍ら、黒影は淡星さんが依存だの偏愛について、治す事は出来ないのか遣り取りをしていたDMを読む。
「何故此れ等を偏愛としたかは、純粋に作品が好きで執筆の邪魔は良くないなと思う。……此処までが普通ラインだろう？……更に、そんな邪魔をする存在も邪魔である。……この考えも、淡星さんが言うには、愛情表現の一つ。だが、其処まで行ってしまえば偏愛と言う事になるらしい。
　……家族愛に、兄弟愛、とまぁ、特に恋愛していなくても愛は多岐に存在するから、そうとも言えるな。」
　黒影が自分の見解含めそう言うと、
「何だか、愛の授業みたぃ……。」
　と、サダノブは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ああ、そうだ。然も、歪んだ愛についてだ。……嫌なら先に部屋に戻って寝ろよ。僕だってこんな他人事の愛等如何でも良いんだ。だが、此処に犯人の動機と創世神があそこまで、解くのを嫌がった理由があるんだろう？死活問題だから、仕方無く勉強しているだけだ。」
　と、黒影は頬杖を付いて珈琲を一口含む。
　黒影からすれば他人事なので、本を読むも一緒だ。
　ただ、何かに創世神が苦戦したのならば、その理由は知っておかなければ、今後犯人と対峙した時に不利になるのは一目瞭然である。
「ん〜…でも気になるなぁ。他人のごちゃごちゃ恋愛事情って何か気になりません？」
　と、サダノブはニヤニヤして言う。
「……不謹慎だなぁ。これで新作が遅れているんだぞ。」
　黒影は軽くサダノブを注意し乍らも、もう少し居座る様なので、一瞥したが視線を元に戻した。
「如何やら依存性の話しになっているな。創世神には大切な人がいるから、過度な感情を持っても逆に拒絶されるのは明白。だが、Zの中では仮初の依存先が出来た訳だ。
　其処からのめり込み、半空想世界のZと、現実の境界線に歪みが生じたのでは無いか、と言う仮説。
　……まぁ、此処までは無しにも在らずだ。ただ、この歪みが大きくなった依存状態に問題があると指摘している。

　この淡星さんの経験談や聞いた話しによるとこうだ。
　依存者が破綻時は過激さだけでは無く、病的になり易く周囲を巻き込む負の破壊力を備えていると警告している。
　淡星さんはどうやら、良い関係性を「正」、悪い関係性を「負」と表記する癖があるらしい。
　実に恋愛小説家らしいな。恋愛の中の感情を更に事細やかに分類して考えている。

　依存者が破綻時に取り易い行動を教えているようだ。

　•自分に向けた場合……虚言、妄言。周囲の同情を引く悲劇のヒロイン症候群。自暴自棄。酷ければ精神的安定を求め、自傷行為にまで至る可能性もある。

　……これは……あの人なら、避けて通らせようとする道なのは当然だな。

　•外に向けた場合……相手の関係先（者）に矛先を向ける。

　……此れがどうやら起こったらしいな。

　更に、相手の精神を錯乱させる事で、己の精神安定を計る。これを自分の存在価値とする。
　……か。

　知らず知らずに……如何やらこの罠に掛かったらしい。」
　黒影は一度、両手を机に置き背凭れに背を預け、その文章を遠目に見た。
　軽く目を見開いて……ジッと止まっている。
「如何したんです？……その話しの続きは？罠って言っても、創世神さん……気弱な割に図太いじゃないですか。何て言うか……気がおかしくなると無敵みたいな所あるし。口調も普段は大人しくても、プッツンしたら昔のヤンキーみたいだしぃ。」
　と、サダノブは故意に創世神の精神状態を悪化させるのは困難だと思って言う。
「……確かに普通は無理だ。あの人は気分屋だから、落ち込んでも次の日にはけろっとしている。大切な人に怒られても、そんな調子だ。……しかし、これは見知った知能犯でしか実行出来なかった。目の前に先ず、不審なエラーを作る。他でも無い、追求タイプのあの人だからその小さな異変に気付き、これは何かと探し明け暮れる。
　其れに疲れたところで、大きな揺さ振りを掛けた。……最も単純で、最も大胆な嘘だ。
　……転移するウイルス性の何かを持っていると言う、動きを見せたんだ。ログインし、観ている時を狙ってね。
　その時、何を心配したか僕なら分かる。150〜200近い、物語を犯人は人質にすると言ってきたも同然だった。
　表示されているデータを壊されると、警戒したに違いない。
　自分が何かのウイルスに掛かったら、先ずはスキャンして確認しただろう。其れでも、見つからないあの人は、Z便利ツールからの転移か広がる可能性のある悪戯だと思った。
　そして、特定に躍起になったが、見つからず感染やそのものの転移を危惧して、一度応援自体を停止、更には苦悩の果てに運営縮小、休暇に至った。
　……が、気付いたんだよ。
　数日の絶え間なく続けた、監視のお陰で。
其れは何故か、応援する方には被害が及ばなかった。但し、あの人は少しでも危険な可能性がある限り、警戒を解く人間では無い。
　総ての物語を人質に危険に晒した行為が許せなかった。
　例え……其れが悪戯だったとしても、物語の魂が篭った物を、自己満足で利用した犯人が許せなかったに違いない。
　だから、もしも此れがプログラミング操作であり、己のアカウントが消される事も辞さず、血眼になって只管犯人を探しただろう。
　犯人は……この「黒影紳士」が如何なる物かを知っている人物、更にあの人がこういった行為を許せないと、知っている人物だと絞られた。
　犯人は即ち……創世神が、長く「黒影紳士」と言うファンタジー推理小説を書いている事を知っている人物。
　だから、親しい間柄の三人までを上げた。そして今……犯人に辿り着いている。
　あの人も……僕もねぇ。
　だが、此処から細心の注意を払わねばならない。
　犯人を特定し、捕まえるまではするが、裁きを下すのは探偵では無い。
　探偵は真実を明らかにするまでが仕事だが、其れさえ犯人はその手の内か、偶然にか許さなかった。
　サダノブ……他人の心は……僕にも捕まえられないし、傷付けられない。
　自由の尊厳と平等を掲げる限り……はな。犯人を捉えた瞬間に崩壊する。
　……誰でも無い……己の志がだ。
　あの人は、其れを恐れたまま回避し書き続ける事も、この難問に答えを出す事も出来ず……ただ、ずっと犯人を監視し……軈て見守る数日間に疲弊した。
　其れが犯人の思惑だと知った上でだ。
　たった数個の悪戯の便利ツールが起こした悲劇だ。
　恐らく犯人は目視し易い異変を起こすツールを揃えたに過ぎない。
　意図して、忙しないあの人へ、何故に捨てたのかと……復讐を始めたんだ。
　だから、黙認し続けて……僕にこの謎を託し、レクイエムに眠った……。」

　……ガリガリ……ガリガリ……ガリガリガリガリ……。

「えーっ！そんなの早く捕まえれば良いじゃないですかっ！犯人は此奴だ――っ！バーンッで、終われば良いじゃ無いですかっ！大体ねぇ、創世神さんも先輩も人が良過ぎるんですよ！其れに、何？この章始まってから、ガリガリガリガリ！幽霊でもいるんすかっ？！この章？……今度はまさかその疲弊しちゃった創世神さん幽霊と闘うとか、その呪いの塊みたいな犯人と闘うとか、俺……絶対嫌ですらねっ！
　何かあるでしょう？……親孝行するんでしょう？先輩っ！ねぇってっ！」
　落胆する黒影の肩を揺らし乍ら、サダノブは辺りを不気味がり見渡し訴える。
　犯人を前に……何も出来ないんて――っ！
　黒影の説明を聞いていても、到底納得なんか出来ない。
「じゃあ、如何しろって言うんだ！？――僕は人を壊す為に探偵になった訳でも、鳳凰になった訳ではないっ！！
　このまま傷付けられたから、傷付けるなど言語道断っ！
　そんな事をしても、悲しみが増える、犯罪が増える！だから、創世神は甘んじて受け入れ続けたんだぞ！」
　黒影は警察の手伝いから探偵になった頃の志を胸に想い、悔しさに唇を噛み勢い良く立ち上がると、サダノブに言い放った。
「だったら、俺がやりますよ！……俺はそんな誇りやらお高い物は持ち合わせていませんからねっ！何をビビってんすか。……心が壊れるのは何方です？！……このまま旧友を捨て大人しく「黒影紳士」終幕だぁ？！……冗談じゃない……冗談じゃないっすよっ！！誰に創世神さんは助けを求めたんですか！……他でも無い先輩にでしょう？！其れこそ幽霊になっても浮かばれやしないっ！その願いも諦めて何が鳳凰だっ！助けを見捨てて何が探偵だっ！見損ないましたよっ！」
　サダノブは弱気な黒影に何か打開策がある筈と、願う様な気持ちで怒り訴える。
「お前ぇ……さっきから黙って言わせておけばなぁ！！……その無い頭使って考えてみれば良いじゃないか！志を捨てた主人公なんて何処にいるんだよっ！」
　黒影も幾ら何でも聞き捨てならぬと、サダノブの胸倉を掴み、久々の一触即発のムードである。

　……ガリガリガリガリ……ガリガリガリガリガリガリガリガリ……

サダノブ　「……俺だって頭使えばねぇ！」
黒影　「はぁ？僕を超えられるなら、もっと早くやれば良いだろ、主人公でも、次期創世神だろうとっ！」

　ガリガリ……ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
黒影　「そもそも、何ださっきから……。」

黒影「五月蝿いなっ！」
サダノブ「うっせえな、この雑音がぁあああーー！」

　ガリガリガリガリガリガリガリガリ……ズルズルズルズル……ガシャン…………！！

「なぁ〜かぁ〜よぉ〜くぅ〜しなさいって…………言ったでしょうが――――――――っ！！だぁ〜れに五月蝿いってぇ〜〜？？まだ推理解説の途中でしょうよっ！！」

　闇の底から沸々と湧き上がる言葉と共に、殺気だらけの地を這うかの唸り声……。
　二人に気配も無く、ドアからそのどす黒い闇を引き連れて、今……正に姿を現そうとしていた。

黒影「えぇっ――っ！！何で貴方がっ！？」
サダノブ「――ひぃいい――っ！！化け物でぇたぁあああーーっ！」
黒影は余りの驚きにぴたりと動きを止めその姿を凝視し、サダノブは余りの恐怖に震えて腰を抜かす寸前である。

　――……とうとうこの事態に……あの人が……プッツンする……――

　そのどす黒い影を引き摺る人物は、二人が静かに硬直しているのを見ると、其れで良しと満足そうにゆっくり首を縦に二度振り頷くと、再び部屋の外へ……あの奇妙な音を立て消えて行った。
「……せっ、先輩？……い、今の誰かさんに心無しか似てませんでした？」
　サダノブは表情を強張らせ乍ら、黒影に聞いた。
「えっ？あぁ……まぁ……。だから言っていたじゃないか。……愛情表現が歪んでるって……。」
　と、黒影はその人物をそう説明し、苦笑する。
「……見なかった事にしようか……。」
　黒影はその人物の壮絶な姿に思わずそう言った。
「……えっ……あっ、はぃ。」
　サダノブも其れには喧嘩する気も失せ、そう答えるしかなかった。

６　愛たるや

「……先生。何故、此処に？」

　犯人は何食わぬ顔で、何時もの場所に佇んでいた。
「……先生ではありません。黒影です。」
　黒影はその言葉に、長い睫毛を下ろし、目を細め言った。
　何時も気楽に合う筈の……何も背負わなくて良い、物語の中。
　一歩其処から出れば……創世神は闘志を剥き出しに、生きるだろう。
　毎日流れ行くその早さに耐え、何事にも揺らがない様、遠くを見詰め乍ら。
　黒影を知らない訳では無い。だが、既に……黒影とあの人の差も分からない。
　静まり返ったその物語は、創世神が荒れる事を危惧して閉ざした物だった。
「我が子の様に想ってくれた。……この物語を。そして、何時までも、貴方だけが口にした。もう、総て解けてしまった。最後に大きな謎を作る。総てがひっくり返るような。
　そして……此れが書かれた。総ての現実を謎にする。……そうせざるを得ない……。これが貴方の望みでしたか。
　黒影紳士の新作よりも、貴方は貴方の物語を創世神に書いて欲しかった。とっくに……気付いていましたよ。あの人は……月霧さん。」
　月がその物語の中で未だ閉ざされても、静かな優しい光を灯していた。
　月霧さんは、黒影を見ずに……ずっとその月を見上げている。
　この月霧さんに創世神が答えようと決めた、数日間の苦悩さえ、呑み込んでしまいそうな月夜だった。
「レクイエム……解放……。」
　黒影も月を見上げ、そう言った。
　重なる想いが、その月を歪ませて見せる。
　歪んだ……愛の果てに……何を想うだろうか。
「……貴方は気高く、賢い。……だから、決して真実を言いはしない。……だが、其れでも、貴方がした事を僕は許せなかった。貴方が、この物語を閉した事が残酷だと想いこんな事をしたならば、あまりにも……やり過ぎだと思いましてね。
　……貴方が何をしたのか。何時もの様に……答え合わせをしましょうか。」
　そう言った月霧さんから見えたのは、創世神と黒影が重なった姿である。
　その声も……何もかもが、重なっていた。
　何時だったか、月霧は言ったんだ。黒影でも……創世神である僕も、大して変わらないと微笑んだ。
　その時……嬉しかった様な……悲しかった様な気もしたのだ。
　其れは既に……非現実の中に住まう何方も、見分けが付かなくなっていたと言う事だから。
　非現実と現実を錯誤した訳では無い。正しい真実は……非現実の二つの存在を一つに感じ、見ていた。
「あら、そんな事ありましたっけ？先生。何の事やらさっぱり。」
　その月霧さんの答えにニヤりと笑ったのは確かに黒影であった。
「……構いません。其れで。……まあ、月を見上げる次いでの暇潰しだと思って下さい。ある、こんな仮説の物語……。

　貴方はある愚かな推理小説家と、毎晩狐と狸の化かし合いの様に、恋の話に華を咲かせた。
　勿論、それは空想の夢で互いに惹かれ合う事も無いから、安心しきっていた。
　だが、其処に一人の女狐が現れる。
　その狐をその愚かな推理小説家は、銀の狐だと持て囃し甘やかす。
　軈てその銀の狐に夢中になった愚かな推理小説家はこう言った。
　手の掛かる……しかし、実に良い毛並みの狐だと。
　そして、貴方と言う存在を忘れたかの様に、燥ぎ明け暮れた訳ですが……其れにはこんな理由があった。
　実はあの銀の狐は、燥げば燥ぐ程毛並みに光沢が現れ、其の光が漆黒の闇をも照らす。
　だからお互いの為に、そう燥ぎ遊んだ。その事実を貴方は知らない。
　知らなかった貴方はこう思った。何て目障りな銀の狐。自分より持て囃され、更にはずっと目の前で燥ぎ遊び明け暮れている。
　愚かな推理小説家の時間を、我が物顔で奪い去った。
　例えば、利害関係が一致した銀の狐と愚かな推理小説家が、依存関係で言う共依存に当たるとしましょう。
　貴方は、既に其れに気付き、愚かな推理小説家が時間に追われている事に気付いた。
　まさか、そんな利益を分け合っていたとも知らず。
　始めはこの愚かな推理小説家の目を覚ますだけで良かった。
　だから、如何したら元に戻るのか……目を覚ますのかと画策したのです。
　そして、出した答えが……謎には夢中になるに違いない。誰よりも謎を愛し続けたのだから。
　あの人の気を惹きつけられるのは、そのぐらいしかありません。他は好きだと言っても、大切な人以外は全く振り向きもしない勝手我儘な人だ。」
　黒影はそこまで言うと、一つ深呼吸をし敵意は無いと、その場にだらりとロングコートを広げ座る。
「本当……我儘な思い通りにいかない……目障りな人。」
　月霧さんは否定するでも無く、其れを本当の物語の様に、黒影の横に静かに座ると、目を閉じて聞き耳を立てるのだ。
　何て……静かな推理だろうか……。
　答えも無く、緊張感も無い。
「……思い通りになんか、成れないのですよ。あの人は。何かに留まって生きて行ける程、時を贅沢には使えない。貴方は聡明だから、その思い通りにならなかった愚かな推理小説家に気を取られただけです。
　捨てられた訳でも無く、飽きられた訳でも無い。何処かで気付いていたでしょう？……何も一つ、後悔無く生きるあの人は、闇雲に当たっては道をこじ開けて行く。周りなんか、何も……そう……何も初めから見ていないんです。
　だからブレない。それだけ、犠牲にした物もある。」
　その言葉の語尾を聞き眺めると、そこには臙脂の大きなコサージュの付いた山折りのハットを月夜に揺らした、黒影そっくりの愚かな推理小説家がいた。
「先生、お疲れ様です。」
　ふと、月霧さんが口にする。
「……そちらこそ……お疲れ様です。今宵も良い眺めですねぇ。……如何程だろうか。時は早過ぎて、僕には見えない……。僕らには、答え等無粋でしたなぁ。……だがね、黒影と決めたのですよ。貴方から受け取った物を如何するか困り果て……。結局はこの答えに辿り着いた。
　僕は僕の言葉で……貴方を許せなかったどだけ言いましょう。その許せないと言う気持ちは、確かに強い。残せるならば……気付いて貰えるならば……忘れないで欲しいのであれば、そんな記憶の残し方も、我々小説家は時にします。
　……だが、僕はその残し方をあまり好まない事も貴方ならば、既に分かっていたでしょうに。
　この結果が見えていましたねぇ？……相変わらずご冗談のお上手なお人だ。決して僕は怒り任せに報復などはしない。
　だから、安心してこの策を打った。

　……そうですね？」
　ゆっくりと立ち上がったその姿は変わり、漆黒のシルクハットにロングコートを広げた、あの黒影に戻って見えた。
「始めは銀の狐を追い掛け、謎に悪戯の形跡を態として見せた。如何にも貴方だと分かる様に、良いねを残してから犯行を繰り返した。
　此処で重要だったのは、愚かな推理小説家がログインとアウトが貴方に知られていると気付いている事。これは以前からの騙し合いでとっくに成立していた。貴方はきっと応援の最中に気付いた筈だ。
　銀の狐が自動良いねを使っていると。何ら変哲も無い事だが、此れを利用しようと画策したんですね。
　何方がどれ程の物を使っているか、分からない状況……此れに目を向けさせた。ただ、気付いていたんですよ。
　洞察力だけはあるんです、ああ見えて。……あれは、自動では無い。切り替えていたんだって。
　貴方の動き……ちゃんと見ていたんですよ。お望み通り、他の誰よりも、銀の狐と貴方だけをマークしていた。
　だが、少しばかり悪戯が過ぎたようですね。気が付かないのでは無く、言わなかったに過ぎない愚かな推理小説家に、貴方は気付いて欲しくなってしまった。
　私が助けているのだからと。
　其処で思わぬ事態が起きた。
　頻繁に起こし過ぎた故に、とうとう愚かな推理小説家は公言の場で、怒りを露わにしたのです。
　……あの人、案外縄張り意識は高いのかも知れませんね。自分の庭をあれだけ好き勝手にされれば、普段のあの応援量と言い、其れは守りに徹した事でしょう。
　まさか其処まで被害を及ぼす気は無かったが、ついやり過ぎてしまった貴方は、今度は嫌われるのを恐れて考える。
　その時に、愚かな推理小説家はまたあの銀の狐と逃げ回り彼方此方に飛んで遊んでいた。それは息抜きをして幸せそうに。
　そして、縮小運営を決め、Zに訪れる頻度も減った。
　しかし、頻度が減ればその時に何か仕掛けたら時間的にバレてしまう。
　だから、銀の狐の裏切りと言う舞台を用意した。
　今度は跡を残さず、銀の狐といる時だけに、頻繁に起こしたのですよ。
　そう言えば、きちんと記録されていた。
　愚かな推理小説家は、始めに起こった事実から、丁寧に残していましたよ。
　貴方を初めに疑った理由からね。
　貴方の動機も総て……気付いていました。
　誰よりも……一番知っている、私の物なのに……。
　浮気に見えた方が好都合だったのは貴方だけです。これに懲りて、他で浮ついた事は言わないとでも思いましたか？
　……皆んなとうとう本気にやったかと、孤立させ泣きつかれたかったですかね？
　その時には、気付かねばいけませんでした。
　貴方の執着が軋み出した事に。愚かな推理小説家は、愚か故に其れには逆の行動を取った。
　あの人……柵だとか、束縛は一切受け付けないのですよ。
　あれば「ぶっ壊す！」って、張り切っちゃう人ですから。
だから、逆に銀の狐をより一層愛でた。
　だからと言って、貴方を嫌いになった訳でも無い。嫌な物は嫌だと自己主張が激しいだけです。
　でも、軽く注意され、目の前でより一層銀の狐と戯れる姿に、我慢ならなくなったのは当然と言えば当然なのですよ。
あの、性格だから……しか、僕からは言えませんが。
　だから、ある程度は自業自得だと、本人も自覚していますよ。
　……そして、不意に態とあの人は仕掛けたんです。
　貴方の動きを見る為だけに。
　そんな理由でまさか此処までやるまいと、思い乍ら。
　ある日、銀の狐を一日切ると話し合い、其れを実行した。
　……思わずボロが出てしまったのですね。
　銀の狐をやっと手放したと思った貴方は、安心した。
　だから、もうこれで手を煩わす事は無いと気を抜いたのですよ。
　……だから、逆に確定的に疑われた。
　その日だけ、何も起こらなくなったから。
　何も無い……貴方の平和が戻って来る筈でした。
　……が、あの人は更に犯人である事を決定付ける為、最後の一手に手を掛けるのです。
　あの人は用意周到で実に疑い深い。神経質な程に。

　……貴方を……切りました。……まだ、何を隠し持っているか定かではない以上、応援を再開するに辺り、裏切らねばならなかった。
　物語を紡ぐ者達の安全と貴方を天秤に掛けた。……其れが一時の気の迷いだと分かっていてもです。
　夢を壊しては成りません。夢を……脅かしては成りませぬ。……どんなに、苦しい事が悲しい事があっても。
　それは……貴方も小説家であれば分かっていた筈です。どんなに朽ちて忘れられようが、諦めようが……何を描いて書いていたのか、思い出して欲しかった。僕の声は今……貴方に如何届いていますか？僕の姿は……如何……見えますか？」

　……僕はそう言うと、変わらぬ月を見上げた。
　この謎を解く……。
　其れは、この結末を見つけると言う事だ。
　僕は何時もこう……黒影を通じて、言って来た。

　――真実は時に、残酷で悲しい物もある。
　――だが、それに呑まれてはいけない。
　――その中に光る、たった一つの光を見よ。
　……其れが僅かな……人の願いであったとしてもだ。

　月霧さんは、その後自作自演をし、被害者を装った。
　僕はその策に、一度はまんまと嵌められた。
　慌てて、月霧さんを第二の被害者だと、迎えに行ったからだ。
　しかし、後悔はしていない。
　月霧さんは……人らしかったのだから。
　間違いもあり、正そうと必死だった。
　誰がそれ以上の罪状を付けられるだろうか。
　既に……捕まっている犯人は、捕まえられない。

　僕は月霧さんを迎えた直後に気付いてしまった。
　……気付きたくは無かった。
　僕はZを何となく避け始めていたのに、月霧さんのタイムラインが目に飛び込む偶然の確率は極めて低い。
　尚且つ、其処で不審な何かに気付き騒ぎ立てる……。
　その確率は更に減る。
　其れに……僕はリポストを切るとしか言っていない。
　確かに調べれば不審なブクマが追い掛けていたのには、数人は気付いた。
　僕が見えない何者かに追われて、夜空さんと逃避行の旅に出ていた事も。
　月霧さんが、気にもしなかったブクマを騒いだのは、僕のログインを知っていたからである。
　理由は如何であれ、僕はあの日を深く後悔した。
　救いたい一心で向かった気持ちも……間違いでは無かった。
　そして翌日……月霧さんのリポストが切り取られて繋がった部分をTLに目撃。
　勿論僕は何者かの仕業だと思い、そのポストを月霧さん側から見て確認した。その視点からは通常通りリポストは、繋がっていた。
　それまで、そうかも知れないと言う曖昧なリポスト切りの本来の意味を、月霧さんは態々僕に教えてしまったのだ。
　こう言う効果になるのだと。
　何の為にに不自然に切り繋いだか、気付いた僕は月霧さんが犯人だと断定せざるを得なかった。
　二日に渡り、僕に気付かれるよう、自作自演をタイミング良く行えたのは月霧さんだけ。
　しかも、最初に誤解を招く言葉を置いて、そのリポストを切った効果まではっきりと、確認させてしまったのだよ。
　慌てて僕に迎えに来てもらう為の自作自演は……全てが月霧さんが犯人である事を決定付けてしまった。

　嫌われても、憎まれっ子世に蔓延るだ。
　僕は走る事に後悔はしたくない。
　……だから、惑う人の心も、間違えた道を歩むかも知れない僕を……今日は許したい。

　……其々の愛の形もまた……平等である。
　人様に迷惑掛けない程度ならばな……ふふっ。
　――――――――――――

「ちょっと――――――っ！」
　美しい月夜に聞き慣れた怒号に僕は慌てて振り向いた。
「何で此処にきちゃうんですか――っ！？」
　黒影は、其の闇から現れた……何て説明しようか。
　そうだな……。
　真っ赤な着物を一心不乱に振り乱し、走って……走ってくる……大鎌を振り上げた女と……其れを止めようとして、足にしがみつくが振り落とされ掛かっているサダノブ……だな。

「へっ？……今終わると思ったじゃないか。」

　僕は其の見慣れた人物に言ったが、

「あんたは黙ってなさいよっ！なぁ〜に二人で月なんか眺めちゃって！黒影も黒影よっ！居るんならさっさと燃やしちまいな、こんな女狐！」
　その女……女……あんまり、この呼び方は後で怒られそうだから辞めようか。
　通称、黒影紳士の裏ボス……こと、何か僕にあった時だけちろっとZではお知らせに顔を出す、バリバリ黒影紳士の事務方と、僕の健康管理で日々お世話になっている……所謂、最愛の人である。
　如何しても、今回物言いがあるらしく、こんな登場で良いのか？と、聞いたのだが……此れで良いらしい。
　よって、この言葉使いと、この姿で記したいと思う。
「今日も勇ましくて、素敵だね。」
　僕はにっこりと微笑み彼女を迎えた。
　両手を広げて待つが……凄まじい勢いでガツガツと振り切り、月霧さんに向かって行く。
「あっ、ほら……。この一件は落着し……。」
「勝手に落着してるんじゃないわよ！」
　僕の伸ばした手は、その怒りの形相と一喝にフリーズする。
「あのぉ……僕に八つ当たりされてもですねぇ。」
　と、小声で言って苦笑った。
「あんた、ちょっと！ウチの旦那に何してくれちゃってんのよ！？熱出したじゃないの！……この首刈り武者が、ぶった切ってやる！」
　最愛の人が……月霧さんに切り掛かって、大鎌を振り上げて追い掛けているのを見て……僕は、心底こう思い、うっとりと見詰め呟いた。
「……何て可愛いんだろう、今日も。」

「はぁ？……如何かしてますよ？！可愛いじゃ無いでしょ、流石にっ！止めて下さいって！」
　サダノブが何故か血相を掻いて、僕にそんな言葉を良い残し、最愛の人を追い掛けて行った。

　……良いなぁ、楽しそうだなぁ……。
　僕も筆休めして、最愛の人と追い掛けっこしたいなぁ……。

「何しているんですかっ！思ってる事、だだ漏れで書いてますよ！お帰りなさいっ！……全く何処まで歪んでいるんだか。止めてきますからねっ！」

　……黒影は僕にそう早口で言うと、月夜に真っ赤な美しい鳳凰の翼を輝かせ過ぎて行った。
　走り去った後、あの思い出の万年筆代わりにしていた羽根がひらりひらりと舞い降り、僕はそれを手にして微笑んだ。
「ほら……大丈夫になった。」

　……何を慌てる事があろうか、馬鹿馬鹿しい。
　こんな問題解決、この僕には余りにも簡単過ぎる。
　僕の数日間の苦悩に比べたら……よっぽどねぇ。

　……月霧さん……僕は、淡星さんにこんな事を伝授されました。
　貴方を再び許してしまうのは、とても危険な事だと。
　僕の破滅か貴方の破滅……または貴方と潰し合う事になるかも知れない。
　其れでも僕は構わないと思いました。
　黒影と決めたんです。……貴方が夢に惑うならば、もう一度……今度こそ、惑う事なき一筋の真実の光へ……。

　夢を見せるのもまた……紳士の仕事である。

　危険を恐れる時、誰かの手を取りはしない。
　探偵も、救助の鉄則である。
　惑わないよ……僕は。
　捨てたフリをした。これで別れならば致し方ないとも思った。
　だが……もう一度夢が見たいと思った時は、僕は迷わず……其の手を救うと誓う。
　救いの手を伸ばした時、引き摺り込まれる覚悟をしろ。
　……そんな事……僕には常識過ぎて笑っちまうよ。
　どうぞ好きなだけ引っ張ると良い。
　貴方の真意をこの目は見過ごしはしない。
　その一瞬に賭けて、その闇から引き上げてやる。

　その苦しみも……悲しみも……我が手にて……
　丁重に、真実の丘へと帰す。

「……ほら、何時まで遊んでいるんですかぁ。書き上がりました！！……デートに行きますよーっ！戻って来て下さ――いっ！」

　――黒影紳士ー急遽番外編　「とある推理小説家に届いた苦悩の挑戦状」も、これにて一件落着！――

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（お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^）