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魔法少女の系譜、その171~『透明ドリちゃん』と『妖精王』~
今回も、前回に続き、『透明ドリちゃん』を取り上げます。
前回は、『透明ドリちゃん』が、一九七〇年代の日本で、妖精を主題にした、先進的なテレビドラマであることを、指摘しました。その過程で、『透明ドリちゃん』より前に、ヨーロッパの妖精伝承を取り上げた作品を、紹介しましたね。
その中に、山岸凉子さんの少女漫画『妖精王』があります。以下に、『妖精王』について、少し語ります。
『妖精王』は、少女漫画誌『花とゆめ』で、昭和五十二年(一九七七年)から、昭和五十三年(一九七八年)にかけて、連載されました。少女漫画誌と少年漫画誌とが、くっきり分かれていた一九七〇年代にあっては、バリバリの少女漫画、のはずです。
ところが、『妖精王』は、当時の少女漫画としては、いくつもの定石を外していました。
まず、一つは、「主人公が少女ではない」ことです。忍海爵【おしぬみ じゃっく】という名の少年です。
一九七〇年代の少女漫画では、「主人公は少女」というのが、絶対的と言ってよいほどのお約束でした。これを破る時点で、革新的です。
一九七〇年代に、定石を破って、少年を主人公にした少女漫画作品は、その革新性が評価されて、二〇二一年現在まで、名を残す名作が多いです。『ポーの一族』―昭和四十七年(一九七二年)連載開始―や、『風と木の詩』―昭和五十一年(一九七六年)連載開始―や、『パタリロ!』―昭和五十三年(一九七八年)連載開始―などが、そうですね。『妖精王』も、これらの名作の一角を占めて良いと考えます。
もう一つは、「登場人物に女性が少ない」ことです。主人公のみならず、登場人物―ヒトではない妖精が多いですが―の多くが、男性です。少ないとはいえ、クイーン・マブや、ウンディーネなどの女性も、登場します。
さらにもう一つは、「恋愛が主なテーマではない」ことです。冒険が、主なテーマです。
『妖精王』のあらすじは、ものすごく乱暴にまとめますと、「主人公の爵【じゃっく】が、おおぜいの妖精たちに翻弄されつつ、冒険する話」です。爵【じゃっく】自身は、普通の人間ですが、「勇者の角笛」という魔法道具を与えられて、妖精の国ニンフィディアを救う冒険の旅に出ます。
こうして見ると、『妖精王』は、少女漫画誌に掲載された作品にもかかわらず、とても少年漫画っぽいですね。
もし、『妖精王』の主人公が少女だったら、間違いなく、この作品は、「魔女っ子もの(魔法少女もの)」です。連載当時は、魔女っ子という言葉はありましたが、魔法少女という言葉は、普及していませんでした。
でも、主人公が少年だったために、『妖精王』は、魔女っ子ものとは言えません。そのため、『魔法少女の系譜』シリーズで、この作品を取り上げる予定は、ありませんでした。
しかし、日本の娯楽作品に、ヨーロッパの妖精伝承を取り入れた最初期の作品として、やはり、取り上げたほうがいいだろうと考えました。
上にさらっと書きましたとおり、『妖精王』には、水の精ウンディーネが登場します。それ以外に、火の精サラ、地の精ノーム、風の精シルフィードも登場します。火の精サラだけは、伝承と違って人間の少女の姿ですが、ウンディーネ、ノーム、シルフィードは、比較的、伝承に忠実な姿です。サラも、本当の姿は、伝承のとおり、トカゲだとされます。
昭和五十二年(一九七七年)の時点で、ヨーロッパの四大精霊が、そろい踏みしていました。その革新性に、驚きを隠せません。
このような情報は、二〇二一年現在なら、ネットを使って、指先一つで、得ることができます。けれども、一九七〇年代には、そんなことは、できません。四大精霊の情報だけでも、得るのには、かなり苦労したはずです。
加えて、『妖精王』には、ギリシャ神話に登場する幻獣や、ケルト神話の神格、日本神話の神格、アイヌ神話のカムイまでも、登場します。アイヌ神話のものが登場するのは、舞台が北海道だからでしょう。
当時、知られ得る限りの、西洋の幻想生物と、日本の幻想生物とが、総出演という感じです。ファンタジー好きには、目のくらむようなきらびやかさです(^^)
一九七〇年代には、有名な新紀元社の『Truth In Fantasy』シリーズすら、創刊されていませんでした。そんな時代に『妖精王』を描いた山岸凉子さんは、何と挑戦的なことでしょう! 偉大なる先達ですね。
昭和五十二年(一九七七年)の『妖精王』に、四大精霊がそろって登場するのに、昭和五十三年(一九七八年)の『透明ドリちゃん』には、伝統的な精霊(妖精)は、オンディーヌしか登場しません。しかも、『妖精王』ではウンディーネという名前ですが、『透明ドリちゃん』では、オンディーヌです。
これは、四大精霊を、すべてそのまま登場させると、『妖精王』とかぶり過ぎると考えられたためかも知れません。あるいは、『妖精王』からは、あまり影響を受けていなくて、前回の『魔法少女の系譜』に書きましたとおり、バレエの演目『オンディーヌ』に由来するためかも知れません。
このあたりは、当時の制作陣に、直接、インタビューでもしないと、わかりませんね。
『妖精王』が、どれだけ、『透明ドリちゃん』に影響を与えたのかは、不明です。とはいえ、二作品は、ヨーロッパの妖精伝承を日本に取り入れた初期の作品として、並び称されるべきでしょう。
ところが、『妖精王』以外に、『透明ドリちゃん』と同時代の作品で、『透明ドリちゃん』に非常に似た設定の作品があります。
それは、「ぬりえ」の作品です。『チャームペア』第二期の『キャシー&ナンシー』です。以前、『魔法少女の系譜』シリーズで、取り上げましたね。
魔法少女の系譜、その142(2022年8月6日)
https://note.com/otogiri_chihaya/n/nf3f30490e56e
『キャシー&ナンシー』シリーズにも、妖精が登場します。ダブルヒロインのうちの一人、キャシーが、「妖精を呼ぶベル」を持っていて、これを鳴らして、妖精を呼びます。『透明ドリちゃん』と、思いっきり、かぶりますね。
これだけ似ていると、「どちらかが、どちらかの真似をしたのだろう」と思いたくなります。しかし、それを検証することは、現時点ではできません。なぜなら、『キャシー&ナンシー』が発売された時期が、正確にわからないからです。昭和五十三年(一九七八年)ごろとしか、わかりません。
セイカのぬりえ『チャームペア』シリーズは、二〇二一年現在となっては、入手できる情報が少ないです。漫画化もアニメ化もされず、「たかが、ぬりえ」―当時は、そういう認識でした―のシリーズだったからでしょう。こういう子供向け文化のアーカイブが、欲しいところです。
もし、偶然の一致だったとしても、同時期に、「妖精」と、「妖精を呼ぶベル」とが登場する、女児向けコンテンツが、複数、存在したことは、事実です。「そういう時代だった」ということでしょう。ヨーロッパ由来の妖精が、本格的に日本に普及してゆく時代でした。
今回は、ここまでとします。
次回も、『透明ドリちゃん』を取り上げます。