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「静かな退職」から「夢中になる仕事」へ

田中大輔は、どこにでもいる普通のサラリーマンだった。毎日同じ電車に揺られ、同じオフィスでデスクに向かう生活が続いていた。しかし、心の中には徐々に空虚さが広がっていった。頑張っても給料は上がらず、仕事に対するモチベーションも薄れていく。やがて彼は、いつの間にか「静かな退職」を選んでいた。

仕事をするふりをし、無気力な日々を過ごすことに彼は慣れていった。表向きは仕事をしているように見せながら、内心では「どうせ頑張っても報われない」という思いが消えなかった。そんな日々が続く中で、大輔は次第に自分が何をしたいのかもわからなくなっていった。

大輔が「静かな退職」を選んだのは、徐々に積もり積もった不満と疲労感が原因だった。入社した頃は、小さな仕事でもやりがいを感じていた。しかし、評価制度が曖昧で、どれだけ頑張っても給料や昇進に反映されない。長時間働いても、その成果が正当に評価されることはなく、むしろ仕事の「見せ方」にばかり注目が集まる。そんな職場の風潮に、大輔の心は少しずつ蝕まれていった。

同僚たちが次々と退職し、社内は空虚な雰囲気に包まれていった。大輔もまた、表面上は「静かに」働き続けていたが、内心では「何のために働いているのか」という疑問が膨らんでいくばかりだった。この仕事が誰の役に立っているのかもわからなくなり、仕事に対する情熱も失われていった。

ある時、大輔は自分でも驚くほど仕事に対して無気力になっていることに気付いた。朝起きるのが辛くなり、通勤電車に乗るのが憂鬱でたまらない。デスクに座っても、目の前の仕事に集中できず、ただ時間が過ぎるのを待つだけの日々が続いた。彼は上司からの依頼にも形式的に応じるだけで、心の中では「どうせ何をしても変わらない」と感じていた。

そんなある日、同僚と交わした何気ない会話が大輔の心に重くのしかかった。同僚が「この仕事、やりがいが全く感じられないよな。でも辞めるわけにもいかないし、仕方ないよ」とぼやいたのだ。その言葉に大輔は強く共感し、同時に大きな虚しさを感じた。「このままでは、自分の人生がどんどんすり減ってしまう」と強く思った。

さらに、休日も仕事のことが頭から離れず、心の休まる時がない。家族や友人との時間も心から楽しめず、笑顔がどんどん消えていく自分に気付いた。ふと鏡を見ると、そこには疲れ果て、かつての自分とは全く違う顔つきの大輔が映っていた。

ある朝、大輔はいつも通りに起きて、出勤の準備をしていたが、どうしてもスーツに袖を通す気になれなかった。鏡の前でただ立ち尽くし、これ以上自分を騙し続けることはできないと感じた。その瞬間、「もう無理だ」という思いが、彼の心に確固たるものとして浮かび上がったのだ。

それからすぐに大輔は会社に電話をかけ、休職を申し出た。会社に向かう気力が完全に消えてしまった彼にとって、これが唯一の選択肢だった。電話を切った後、大輔は少しだけ解放感を感じたが、同時にこれからどうなるのかという不安も押し寄せてきた。しかし、今の彼にとっては「もう無理だ」という心の叫びに従うことが何よりも重要だった。

休職に入った大輔は、最初こそ日々の自由な時間を満喫していた。しかし、時間が経つにつれ、次第に焦燥感が胸を締め付けるようになった。周囲の目が「仕事から逃げた人」という冷たい視線に変わるのではないかという不安に襲われ、自分自身も「このままでは何も変わらない」と感じ始めた。

休職中、大輔は様々なことを考える時間を持った。自分が本当にやりたいことは何なのか、どうしてここまで追い詰められたのか。そんな時、ふとネットで見かけた記事のコメントが彼の心に響いた。

「仕事をするふりに労力を費やす時間は、この先、生きていく経験として何の糧にもならず、もったいなく感じる。やりたい仕事を見つけられない人が”静かな退職”になるんじゃないかとも思う。」

この言葉が、大輔の胸に突き刺さった。「もしかしたら、夢中になれる仕事を見つけることが、俺にとっての幸せなのかもしれない」という考えが、彼の中で芽生えたのだ。

そんなある日、大輔は押し入れの奥から古びたカメラを見つけた。これは数年前、趣味として始めた写真撮影に使っていたもので、しばらく使われずに眠っていたものだった。ふとした気まぐれで、彼は久しぶりにそのカメラを手に取り、近所の公園へと向かった。

公園の静けさの中で、大輔は夢中になってシャッターを切った。草木の緑、空を舞う鳥、子供たちの笑顔――カメラのファインダー越しに見る世界は、久しく感じていなかった新鮮さに満ちていた。その瞬間、大輔は心の奥に忘れていた感情が呼び起こされるのを感じた。それは、写真を撮ることの楽しさと、何かを表現することの喜びだった。

撮影を終えて帰宅した大輔は、撮った写真をパソコンに取り込み、一枚一枚を丁寧に見直した。そこに映し出されていたのは、ただの日常の風景だったが、彼にとってはその全てが特別なものに思えた。「これこそが自分の居場所なのではないか」という思いが、彼の胸に小さな灯をともした。

それから、大輔は毎日のようにカメラを持ち歩くようになった。街角の風景、季節の移り変わり、人々の表情――日常の何気ない瞬間を切り取るたびに、自分の中で新たなエネルギーが湧き上がってくるのを感じた。そして同時に、「これが仕事にできたら」と思うようになった。

休職期間中に、大輔は写真に関する書籍を読み漁り、オンラインで写真家たちの作品を研究し、技術を磨いていった。撮影に出かけるたびに、彼は自分の腕が少しずつ上達しているのを実感した。そして、写真を通じて世界と繋がっている感覚が、彼に新たな希望を与えてくれた。

やがて、彼の心の中で一つの確信が生まれた。「この写真を通じて、何か大切なものを人々に届けたい」という強い思いだった。それはただの趣味ではなく、自分自身を表現する手段であり、誰かの心に響く瞬間を切り取る仕事だと感じたのだ。

それから大輔は、自分が心からやりたいことを見つけるために、休職期間を有効に使うことを決意した。最初は焦りもあったが、徐々に自分の中で何かが変わっていくのを感じた。やがて彼は、趣味で続けていた写真撮影に対する情熱が、仕事にできる可能性を見出すようになった。

休職期間が終わる頃、大輔は新たな目標を胸に抱いていた。写真を通じて、世界中の美しい瞬間を人々に届ける仕事を始めることに決めたのだ。彼は写真の専門学校に通い始め、少しずつ実績を積み、やがてフリーランスのフォトグラファーとして独立した。

夢中で取り組める仕事に出会えたことで、大輔は自分の人生が大きく変わったことを実感した。今では、仕事をすることが楽しく、充実感に満ちた日々を送っている。彼はもう、無気力なサラリーマンではない。自分の手で未来を切り開く力を手に入れたのだ。

この物語を読んでいるあなたも、もし今の仕事に疑問を感じているなら、どうか一度立ち止まってみてください。たとえ「静かな退職」を選んだとしても、それが人生の終わりではないと思います。大切なのは、自分の心が本当に求めていることを見つけ、その道をゆっくりと歩み始めることです。焦らずに、自分のペースで進んでいけば、きっと新しい道が見えてくるはずです。

この物語が、同じような悩みを抱える方の心に響き、前向きな一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。

参考記事:Yahoo!ニュース
“静かな退職” 当事者に聞く働かない理由「頑張っても給料が上がらない…」「仕事してる感をいかに出すか」 雇用者側の悩み「クビにはできない」“採用してはいけない人”を見抜くには

https://news.yahoo.co.jp/articles/a4b1aea696fe69160ab61b109f0ac2ce17f51cc5

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