コラム③「ふしうきとけのびの話」
●「ふしうき」と「けのび」は,どちらを先に教えますか?
突然ですが,あなたはこんな質問をされたら,どんなふうに答えますか。これはもう,ずっと以前になりますが,こんな質問を実際にいただいて,ぼくは戸惑ってしまったのです。
当時はそんなこと,深く考えたことがありませんでしたし,だいたい「ふしうき」と「けのび」ってどう違うの? 同じことじゃないの?と,思っていたほどでしたから。
「ふしうき」というのは,「うつぶせで浮くこと」,つまり漢字で書くと「伏し浮き」です。これは,水に浮かぶことが大事になるので,体の脱力が必要です。「ドル平」を指導する前には,必ず「おばけ浮き」をやるのですが,これがまさにそうで,とにかく脱力することで浮かぶことをめざす課題です。
それに対して,「けのび」というのは,漢字で書くと「蹴伸び」です。これも文字通り,「プールの壁をけって前に進むこと」です。けった勢いをなくさないように,水の抵抗を減らすため,体に力を入れて(体を締めて),お腹をへこませた一本の棒のようになる「ストリームライン(流線型)」をつくります。これは,泳ぐときの基本とされています。進むことができてはじめて,浮かぶことができるからです。
さて,力を抜いて浮かぶのか,力を入れて浮かぶのか,指導としては真逆のこの運動,みなさんは,どちらを先に教えるのがよいと考えますか?
ア 「ふしうき」を先に教える
イ 「けのび」を先に教える
ウ どちらともいえない
この質問をしてくださった方は,「私は,けのびを先に教えた方が,子どもたちが泳げるようになると思ったんです」と話されていました。そう自信をもって話されるくらいですから,これは,すでに意識して実験してみていることで,そうなのかもしれないなぁと思いました。
でも,ぼくはこのとき,「浮かぶことが何よりも先で,大事なのだから,おばけ浮き(ふしうき)が先なんじゃないだろうか」とも思いました。
また,同じくその研究会に来ていた「なんとなく泳げる水泳の授業」(『たのしい授業』2018年7月号)の記事を書かれた坪郷正徳さん(大阪・小学校)は,「どっちもありなんじゃないかな~」と話されていました。その理由は,はっきりとは話されていませんでしたが,経験則でそうこたえたのではないかと思います。
そして,そんな質問の答えを宿題にしながら,その後も水泳の授業に取り組んでいくようになったのですが,いろいろな動きを子どもたちと試していく中で,このこたえは,ぼくの中で自然にわかっていくことになったのです。
●泳ぎ方を2つに分類することで見えてきた「たのしい水泳」
いろいろな動きを試す中で,ぼくが衝撃を受けた「動き」がいくつかありますが,ここではその中から,2つだけを取り上げて紹介します。
①おばけ横バタ足
これは,水泳の世界では「サイドキック」と呼ばれる動きだそうです。滝本恵さんの本でも,そのまま「サイドキック」というネーミングで紹介されていて,読んだだけではイメージしにくい動きのひとつでした。
しかしこれが,実際に教えてもらって感動することになるのです。
「サイドキック」ではイメージができないので,のちに「おばけ横バタ足」という名前をつけました。
「おばけ浮き」をした状態で,体だけを〈横向き〉にします。顔は下を向けたまま。上にくることになる腕は,前にあると邪魔なので,体にくっつけておきます。めちゃくちゃ脱力して,足をかる~く動かすように交互にキックします。脱力できているかどうかは,前に下がっているおばけの手を触ってみるとわかります。その手がぶらぶらおばけのようになっていることが目安です。
なぜこの動きに衝撃を受けたのかというと,「水中で体をかたむける動き」というものを,はじめて認識することができたからです。
みなさんは,泳ぐときに,〈水中で体をかたむけること〉なんて,意識したことがありますか?
ぼくはなかったです。ぼくが泳ぐコツで意識できていたのは,「浮く」か「沈む」か,「脱力」か「締め」か,息継ぎが「できるか」「できないか」くらいのベクトルしか持ち合わせていませんでした。
クロールの指導だって,「前の手を残しておいて,その手に次の手をタッチしてから動かすっ!」くらいのことしか言えてなくて,形は「ふしうき」の時と同じで,平面でしか泳ぎを考えられていなかったのです。
ところが,子どもたちが喜びそうな〈いろいろな動き〉を提示していく中で,泳ぎにつながる大切な動きは,大きく2種類に分けられて,そのひとつがこの〈体のひねり〉にありそうだ,と気づいたのです。4泳法でいえば,「クロール」と「背泳ぎ」は,この〈体のひねり〉ができるかどうかが大切なのです。
さらに,子どもたちがこの動きを,全く抵抗なくやれてしまうことにも驚きました。大人目線で考えてみたら,体が横になるなんて,よけいに怖いと思いませんか?
ところが,ただの「おばけ浮き」や,「おばけ浮きでのバタ足」を怖がる子が,なんと,この「おばけ横バタ足」はできた,という事例が見られたのです。
また,この指導を始めてから「はじめて泳げた!」という低学年の子も急に表れ始めました。もちろん,まだ事例はそこまで多くないのかもしれませんが,もしかしたら,「片足が底に近いので,すぐに立てるという安心感」とか,「顔が水面に近いので,両手を前にして潜るよりも,怖さが減ることによって」などで,できるようになるのかもしれません。
ひょっとすると,このようなことは,すごく多くの子たちに当てはまることなのではないでしょうか。
②イルカとび
もうひとつ,この動きは重要だ!と思ったのが,〈イルカとび〉です。これは,体を一瞬折り曲げて潜った後,すかさず,体をまっすぐに戻すことで水面に上がってくる,という動きなのですが,このもぐったり,浮いたりを繰り返すような,「上下の立体的な運動」がとても大事であることに気づいたのです。〈平泳ぎ〉と〈バタフライ〉の泳法は,それが基本となっていることを知りました。
それに気がつくまでのぼくは,〈平泳ぎ〉は「足の動かし方が重要な泳ぎ」,〈バタフライ〉は,「腕のかき方が重要な泳ぎ」くらいの認識しかありませんでした。
ところが,この重心移動による「上下の動き」ができるようになることで,平泳ぎやバタフライは,〈全く別〉ともいっていいような泳ぎ方に変化することがわかったのです。
●2つの立体的な動きを中心とした水中での動き
このような,〈水中での立体的な動かし方〉に意識が向くようになると,今までは「水慣れ」で,そんなに意味も考えずに取り組んできたような運動も,系統性が見えてくるようになりました。
「あ,これはこの泳ぎの基礎にあたるな」とか,「そうか,この遊びには,こんな重要な意味があったんだ」などと,再評価できる運動が見つかり,おもしろくなってきたのです。
そして,以前から気になっていた,「ふしうき」が先か,「けのび」が先かという問題も,この2つの分類がハッキリしてきて,それにこたえられるようになったのです。
この2つは,「系統がちがうので,どちらが先でもかまわないもの」だったのです。もっといえば,「一緒に練習していくとよいもの」という説明になのだと思います。
「ふしうき」のように脱力が大事な動きは,〈ひねる動き〉によって推進力を生み出します。
そういえば,金魚はヒレがたてになっていて,左右にゆらしながら優雅に泳いでいます。同じではないかもしれませんが,そんなイメージがあります。
それに対して,「けのび」は,体に力を入れて締めることで抵抗を少なくし,上下に体重移動させ,浮力を利用しながら進むのです。動物でいえば,まさにイルカの動きに似ています。尾びれが横になっていて,泳ぐときは上下運動です。
系統の違う泳ぎの基礎なので,どちらもそれぞれ練習する必要がある動きだったのです。
「ふしうき」と「けのび」にこんな違いがあることを知って驚きました。
これは,ぼくの中では,水泳の授業の「見方・考え方」を大きく変えてもらうことができた大発見だったのです。
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?