『童話?』 ばぁばのみたらし
「いってらっしゃーい。気をつけてね」
お母さんがバス停で大きく手を振って僕を見送ってくれた。
僕は篤人。小学2年生だ。
もう、バスにひとりで乗れる。
と言っても、5つ先の停留所まで。
そこで降りるとばぁばのお家がある。
今日も、ばぁばの家まで一人で出かける。
なんだか、大人になったような気がして
ウキウキ。でも、ちょっとドキドキなんだ。
次は「山谷3丁目。亀川信用金庫前。」
―あっ!僕が降りるところだ!ブザー押さなくちゃー
僕はいつも、ブザーが押しやすい出口付近の
黄色のしっかりしたバーにしがみついている。
ピンポンと軽快なリズムと共に「次、止まります」
アナウンスが聞こえた。
―あ~、よかった。今日も無事にばぁばのお家に行けるー
篤人はミッションを半分クリアしたヒーローのような
気持ちになってバスが止まるのを待っていた。
そこにはお母さんと同じように大きく手をふっているばぁばの姿があった。
篤人はホッとして、今にもバスから飛び降りそうになるのを必死でこらえた。
「ばぁば!迎えにきてくれたの?
僕一人でもここからばぁばのお家まで行けるんだけどなぁ~」
うれしい気持ちとは裏腹に篤人は少し強がって見せた。
そんな気持ちを、ばぁばはいつも大事にしてくれる。
「そんなのわかっているわよ。今日、篤人とお団子作ろうと思ったから、
お買い物してたの。
そしたら、お母さんから知らせがきたから、待っていただけよ。
さ、帰りましょう」
ばぁばは手に持った紙袋をそっと指で指すと、
僕の手を優しく握って家のある道へと歩き出した。
「ばぁば、お団子作るの?」
「そう。今日はお団子。今、ばぁばの中でブームなのよ。
篤人にも手伝ってもらおうと思ってね」
篤人は、ばぁばがお団子が好きだなんてこれっぽちも知らなかった。
おかあさんはいつも生クリームいっぱいのお菓子を
「あ~、し•あ•わ•せ。篤人も食べれば?」って用意してくれているけど。
「ねぇ、ばぁば。ばぁばは生クリームのお菓子とか好きじゃないの?」
「そうねぇ。昔は大好きだったけど、今はそうでもないかな」
ばぁばが好きなのはみたらし、きんつば、豆大福。
おかあさんが好きなのは、生クリームいっぱいのパンケーキ、
モンブラン、マカロン。
―親子なのに、ぜんぜんちがう。おもしろいなぁー
家につくと、ばぁばはてきぱきと用具に必要なものをいれてみたらしを作る準備を始めた。
「へぇ~。お団子って、こんなさらさらしている粉からできるんだ。おもしろいね」
「そうなのよ。なんでも少し時間をかけて作ってみると、面白いったありゃしないわ」
篤人はばぁばに教えてもらったとおりに、
こねこね、まぜまぜ、粉と格闘した。
水を少しずつ加えると粘土みたいになってきて、面白い。
「ばぁば、これくらいでいい?」
「そうね、篤人、上手。じゃ次はこのくらいの丸い玉を作ってくれる?」
ばぁばは、茶目っ気たっぷりに親指と人差し指でわっかを作ってみせた。
「うん、わかった」
ばぁばは、遠目で篤人の手元をみているけど、今度はダメだ。
手がうまく動かない。
篤人は少し焦った。焦れば焦るほど、うまくいかない。
それを見たばぁばが優しい声でこう言った。
「誰だって、初めから上手には出来ないものよ。
焦らずあきらめなければ、きっと上手になるのよ。
みーんな、初めは一年生だもん」
ばぁばが少し手伝ってくれて、まずは棒みたいに作ってから
それを5等分にした。
そして、そのひとつを丸めてみた。
思いのほか、うまく丸くなってくれたので心がぽわんとした。
「ばぁば、この丸でいい?」
「うん、いい、いい。美味しくできるよ、きっと」
それから、ばぁばはお鍋にその小さな丸い玉をいれて、ゆでた。
ほんわり湯気の中で丸い玉が泳いでいる。
早くできないかなぁと篤人はドキドキした。
「篤人、戸棚の一番はじの白いお皿を二枚出してくれる?」
ばぁばは小鍋に、おしょうゆ、さとう、みりん、お水、
そして、片栗粉を入れてゆっくりと混ぜながら、そう言った。
篤人は言われたお皿を揃え終わると、小鍋をのぞいた。
うす茶色の不思議な液体が小鍋の中で波打ってダンスをしていた。
「さぁ、出来上がり!」
ばぁばはお皿にゆでたまごの弟みたいな丸玉を3つ並べて、
上からうす茶色の液体をたっぷりかけた。
さあ、みたらし団子の出来上がりだ。
「いただきます」と手を合わせふたりで微笑み合いながら
一緒に作ったお団子をほおばった。
「おいしいね。ばぁば」
「ほんと、おいしいね。しあわせ」
ばぁばは、おかあさんと同じ顔をして笑っていた。
「辛いことや悲しいことがあっても
だいたいのことは、おいしいものを食べたら、それで大丈夫。
おいしいものはしあわせを運んでくれるのよ。ね?」
「ばぁばは、いつもそうしているの?」
「そうよ。篤人には難しいかもしれないけれど、生きていると
悲しいことも辛いこともやってくるの。お天気と同じ。
毎日晴ればかりじゃないのよね。だから、
心が雨の日は、おいしいものを食べて心に
しあわせになってもらうの。わかるかな?」
「うん、なんとなく。僕も悲しくなったらおいしいもの食べるよ。
でも、きっと悲しくなったらばぁばに会いにきちゃうけど・・・」
「そうね。会いにきてちょうだい。そして、おいしいもの一緒に
食べましょうね」
―おいしいものを食べていたら,大丈夫―
帰ったら、おかあさんにも教えてあげなくちゃ。
篤人は、おいしいみたらしをほおばりながら
柔らかで温かくなっていく気持ちをそっと抱きしめた。
~お読みいただきありがとうございました~