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水餃子←どう見ても「スープ餃子」「ゆで餃子」が適切

裁判官「あなたは”水”を使っていないのに『水餃子すいぎょうざ』と名乗っていますね」
水餃子「はい・・・・・・」


裁判官「『スープ餃子』『ゆで餃子』などと名乗るべきではないのですか」
水餃子「いや、その・・・・・・」


裁判官「食品偽装の罪は重いっ」



このままでは水餃子は有罪になってしまう。


1.ことの始まり



先日、水餃子を食べた。


「大阪王将 ぷるもち水餃子」
家庭で手軽に水餃子の味を楽しめる!!


水餃子は好きだが、

「変な名前だよな・・・・・・。”水”なんて使ってないじゃん」

と気づいてしまった。

そこで脳内裁判にかけ、考えてみたのだ。
少し考えただけでは、

水餃子は、不適切な名前を使用している。

という結論しか出てこない。
そこで、徹底的に調査・考察を試みたい。



と、いうわけで今回のお題。


2.前提


水餃子は2種類ある。

(1)スープで煮込み、スープごと食べるタイプ
(2)ゆでた餃子の湯を切り、タレをつけて食べるタイプ


どちらも調理に使うのは「湯」であって「水」ではない。

「水餃子」という名称は不自然であり、「スープ餃子」や「ゆで餃子」の方がふさわしそうである。


3.他の「水」がつく食べ物



「水」がつく食べ物。
まっさきに思いついたのは「水ようかん」だ。


水ようかん
(photoAC)


だが、

「『ようかん』と『水ようかん』の違いってナンダ?」

と思った。

調べると、岐阜県恵那えな市にある”恵那川上えなかわかみ屋”のウェブサイトには、次のように書いてあった。

水ようかんと通常のようかんの食感の差を生み出すのは「水分量」!

(中略)

水ようかんは練りようかんに比べて煮詰めません。
そのため水分が多く、あのような口当たりの良い柔らかな食感が生まれます。

恵那川上屋のウェブサイト



ふむ。

「水分量が多いから、”水ようかん”と言うんですよ」

というリクツがよくわかる。



また、岐阜県大垣おおがき市には、”みずまんじゅう”という和菓子がある。


金蝶園総本家・大垣駅前店
水で冷やされいてる水まんじゅう。
見ているだけで涼しくなる。



農林水産省のウェブサイトにある「うちの郷土料理」というページでは、以下のように説明されている。

「水まんじゅう」は、くず粉とわらび粉で作られた生地であんを包み、井戸水で冷やしたまんじゅうである。

農林水産省 「うちの郷土料理」 岐阜県 水まんじゅう



「水で冷やすから、”水まんじゅう”と言うんですよ」

というリクツ。これも大いに納得できる。



まとめよう。

うーん、やっぱり「水餃子」という名前はおかしいなぁ。


4.「水」を漢和辞典で調べてみた


『新選漢和辞典 第八版 新装版』を使って「水」の意味を調べてみた。


小林 信明(編)
『新選漢和辞典 第八版 新装版』p740
小学館/2022年2月


ええっ!!(;゚Д゚)



そこには、

日本語の「水」と異なり,温度の概念を含まない

とある。
中国語の「水」は”温度の高い水”を表すこともできるらしい。

これって、もう答えじゃない?


中国語としては、「水餃子」は「湯餃子」ということを意味しているのだ。



しかし、待ってほしい。
なぜ「水餃子」というわかりにくい言葉をそのまま輸入したのだろうか?

「ラーメン」だって、元は「拉麺ラーミエン」だった。
日本人にとってわかりやすくなるよう「ラーメン」と表記を変えている。

「水餃子」についても、

「これって、スープ餃子だよね(茹で餃子だよね)」

と思わなかったのだろうか?

もしかしたら、餃子が日本に渡る経緯に「水餃子」という名前が関係しているのかもしれない。
調査を継続しよう。


5.本場中国の餃子とは?



図書館で調べると、中国では「餃子といえば水餃子」を指すことが確認できた。


『学研 まんがでよくわかるシリーズ 餃子のひみつ』p37


中国人は、焼餃子を食べないのだろうか?

食べるには食べるのだが「水餃子が余った時に、翌日に焼いて食べるもの」らしい。
中国人にとって、焼餃子は”残り物”という扱いなのだ。


6.日本に餃子がやってきた!


餃子が本格的に日本へやってきたのは戦後である。
その経緯をまとめてみた。






以上のように「水餃子」はあまり人気が出ず「焼餃子」が主流となった。



7.焼餃子大人気の中、水餃子はなぜ食べられ続けているのか



次の写真の人物をご存知だろうか?

周 富徳 (著) 餃子研究会 (編集)
『周さんの餃子』p71
毎日新聞出版/1996年12月



水餃子をおいしそうに食べる男性。
実は、漫画家の赤塚不二夫さんである。


同書 p67


プロフィールを見ると、

満州・熱河省承徳生まれ

とある。
赤塚さんは、満州で生まれたのだ。

また、同書では板東英二さんが水餃子の思い出を語っている。

同書 p73

プロフィールを見ると、板東さんも満州の生まれであることがわかる。
「白いご飯を食べたのは高校を卒業してから」というほど貧しかった板東さんは、水餃子の思い出を次のように語っている。


わが家で、慶事の時など、母が決まって作ってくれたのが水餃子ですわ。(中略)
餃子を食べる日は前の晩から心ウキウキ、うれしくて仕方ない。そらもう、わが家で唯一の、大イベントの日でしたね。

同書 p72


子どもの頃に食べた家庭の味は、”大好きなもの”として強烈に残る。



赤塚さん、板東さんも満州で暮らしていた親の影響で「水餃子」が大好きだった。
こうした人たちがいたから、水餃子は一部の人から熱狂的に愛されていたのだと思われる。


さらに中国語には「水餃」という言葉もあった。

水餃・・・茹でたギョウザ。(中略)水餃子、(中略)、煮餃子(中略)ともいう。中国ではギョウザといえば茹でたギョウザをさす。焼いたものは鍋貼という。

『中国料理食語大辞典』p251


満州にルーツを持つ家庭では「水餃子」という言葉が使われていたのではないだろうか。



8.日本における餃子の歴史



今回のお題を再確認しよう。


今、私の頭の中で答えは出た。
それを説明するためには、日本における餃子の歴史をまとめなければならない。


【補足】
西暦に「?」がついているものは、正確な年がわからなかったので私が推測したものです。
特に、1954年の「戦後の復興」は本来はかなりの幅を持たせるべきものだと思っています。

しかしこの餃子の歴史には外伝がある。
「水餃子の歴史」だ。



つまり、戦後の復興と共に全国各地で評判となった”焼餃子”の裏で”水餃子”は家庭の味として食べられ続けていた。

そして、1954年以降、経済・社会の発展と共に、食生活も豊かになっていく。外食産業の発展、調理家電の発達、食の多様化などが起きたのだ。


そこで、人々は思った。

ここにきて、”水餃子”が注目され出したのだ。


終戦直後と違い、テレビや雑誌などのメディアが発展していたことも大きかった。
一部の家庭で食べられていた”水餃子”が、メディアによって”発掘”されたのだろう。


このとき、「水餃子」という名前に疑問を持った人がいるかもしれない。
しかし、水餃子愛好家は「水餃子は水餃子」と主張したのではないか。


子どもの頃からずっと呼び続けていた「水餃子」という名前は家族の思い出と共に定着している。
子どもの頃、”食べ物の名前の由来”なんて考えることはなかった。


というわけで、答え。




⬇️⬇️他にも、日本語にツッコミを入れています!!


参考文献



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