【#38】雫、大好きだ!
1995年(平成7年)7月29日【土】
半蔵 9歳 小学校(3年生)
ひぃぃぃぃぃぃぃっ。
この吉田川では、飛び込みが有名らしい。
地元の人が飛び込むたびに、見ている人から歓声が上がる。
「あ、あそこから飛び込むのか・・・・・・。こ、こわくなんかないぞ・・・・・・」
「半蔵、何言ってんの。アタシらは飛び込んじゃダメってコーチたちに言われてるでしょ」
そうだ、僕たちはスポ少で川遊びキャンプを楽しみに来たのだ。
コーチの言うことは、守らなくてはいけない。
「べ、べつに怖いわけじゃないんだからな」
「何言い訳しているの?さっ、遊ぼー!」
僕たちは浅瀬の方で遊ぶことにした。
「水がヒンヤリして気持ちいい~~!」
「オタマジャクシおるじゃん!捕まえよ!!」
「おい、ここの流れめっちゃ速いぞ!」
プールもいいけど、川は川ならではの楽しさがある。
「おーい、チューペット食べるかぁ!?」
コーチが、実にいいタイミングで声をかけてくれた。
僕たちは川辺に上がって、コーチの前に並ぶ。
「台風イッカだからな。快晴で暑い。時々休まないかんぞ」
台風一家?
台風にも、家族がいるんだ。コーチは物知りだな。
「みんなー、一本を二人で分けて食べるんだからなぁ」
「半蔵、アタシと分けよっ」
アキラは同じクラスなので、サッカー少年団の中で一番仲がいい。
断る理由はなかった。
「いいけど、折るのは僕にやらせてな」
「どうぞどうぞ」
コーチからチューペットを受け取りと、僕は神に祈りをささげた。
「しゃおらららああああああああああああああああああ!」
チューペットに膝蹴りを食らわすと、真ん中でポキッと折れた。
「どっちが長い方食べる!?」
「ジャンケンだ、ジャンケン!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜になっても、楽しい時間は続いた。
夕飯は、焼きそばだ。
コーチだけでなく、友達のお父さんが大きな鉄板で大量の焼きそばを作ってくれている。
横にはフランクフルトも並んでいるので、お祭りみたいだ。
「はいどうぞ。上級生が手づかみで獲った鮎の、塩焼きだよ」
お母さんたちが、僕らに一本一本渡してくれた。
「刺身ヨリ、うまい魚ダ!」
ゴメスが骨のことなど気にせず、かぶりついていた。
大人たちは、作りながらビールを飲んでいた。
顔を真っ赤にし、いつも以上に大きな声でおしゃべりしている。
楽しいな。キャンプって初めてだけど。
「いやー、まさかドラゴンボールが終わっちまうなんてなぁ」
エっ!?
僕は、とんでもないことを聞いた気がして、そのおじさんに向かって全力ダッシュする。
「ドラゴンボール、終わっちゃったんですか?!」
「そうそう。6月に終わっちゃったんだ」
おじさんは、手にもったタバコを灰皿でトントンと叩く。
その顔は、実に沈んでいる。
「最後はどういう終わり方だったんですか!?」
「いやいや、半蔵くん。それ聞いちゃっていいの?アニメで観た方がいいんじゃない?」
たしかにおじさんの言う通りだ。
僕が自分の座っていた場所に戻ると、鮎の塩焼きはすっかり冷めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なぞなぞです。しないでするもの、なーんだ?」
「え~、なになに?」
アキラは腕を組んで熱心に考えている。
まったく、この本を買っておいてよかったぜ。
テレビもゲームもないテントの中で、なぞなぞを楽しむことができる。
「降参。答え教えて!」
「剣道でーす。剣道で使う道具、竹刀って言うだろ」
ドラゴンボールが終わったからって、落ち込んでたってしょうがない。
せっかくのキャンプを楽しまなくては。
「アタシ、トイレ行きたくなってきた」
「うん、いってらっしゃい」
「・・・・・・半蔵、ついて来て」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アキラがこんなことを言うなんて意外だった。
怖いものなしと思っていたんだけどな。
だが、僕とアキラのテントは二人用で、他に人がいない。
自分もトイレに行った方がいいと思うので、一緒に行くことにした。
「アキラって、暗いの苦手なの?」
「暗いのは平気。ただ、アレがダメ」
トイレの入り口の電気には、虫が大量に集まっていた。
さすがに、あれはイヤだな。
お互いに用を済まし、外に出る。
「ちょっと散歩する?」
アキラの誘いに応じ、遠回りしてテントに戻ることにした。
普段なら、夜に子どもだけで出歩くことはない。
非日常の体験というだけで、楽しくなってくる。
「アキラって、『耳をすませば』見に行くか?」
「ジブリの映画だよね?あんまり興味ないかな」
お母さんが、やたらと「おもしろそう」と言っていたが、そんなものか。
そういえば、あいつはジブリの映画が好きだったな――。
「わっ!ホタルじゃん!」
「ほんとだ、きれいね」
たしか、ホタルが見られるのは7月の頭までって先生が言ってたはず。
ここらへんは涼しいから、まだホタルがいるのかな。
「スポ少って、楽しいね」
「うん?」
アキラが急に言うので、変な返事をしてしまう。
「みんなで全国行こうね」
「もちろん!」
全国、というのがどういうものかハッキリはわからない。
けれど、アキラと一緒なら楽しいに違いない。
輝くホタルを見つめながら、そう思っていた。
(つづく)
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