【#94】受験生とは呼ばないで
2001年(平成13年)4月9日【月】
?? 中学校3年生 14歳
教室は静まりかえっていた。
わたしも、少し緊張している。
こちらの学校の制服は、まだ慣れない。
「今年は受験だからな。みんな、中学校生活を楽しみつつ、勉強も頑張っていこうな」
さすがに始業式から騒ぎ始める人はいない。
新しい担任は、40代くらいの男の先生だ。
肩幅が広く、プロレスラーみたいだ。『岩本』といっていう名前も、体格にピッタリだ。
声も大きいのでみんな恐れているのかもしれない。
「それからな。新しい仲間を紹介するぞ。松田さん、前へ」
事前に、先生から、
と電話で言われていた。
心づもりはできていたが、やはり緊張する。
心臓の鼓動が早くなるのを感じながら前に出る。
「松田花蓮です」
みんなの視線を感じる。
「今年の4月1日に、東京から岐阜に引っ越してきました。もともと岐阜で生まれ育ったのですが、この中学校のことは知らないことばかりです」
ここまでは、練習どおり。
覚えてきた言葉を、棒読みにならないよう口から出す。
「だから、迷惑をかけることがあるかもしれません。でも、みなさんと仲良くやりたいです。よろしくお願いします」
間違えることなく話しきり、頭を下げた。
(なんか反応がほしい・・・・・・)
人前で話すことは慣れているが、このシーンとした雰囲気は気持ちいものではない。
早く席に戻りたかった。
パチパチ、と一人の男子生徒が拍手をする。
それを合図に、拍手が広がる。
「困ったら松田さんを助けてやってくれな。じゃあ、席に戻って」
よかった。
席に戻る途中、最初に拍手をしてくれた男子と目が合う。
彼は、得意げに、ニヤっと笑った。
「今日は配布物がたくさんあるからぞ。どれも大事だから、よく聞い・・・・・・」
教卓から降りた先生が、一人の男子生徒に近づいていく。
「服部!!」
先生が、その男子生徒――服部ハンゾウの右腕を掴んだ。
「何をコソコソやっているんだ!!」
「いや、その、“修行”を・・・・・・」
半蔵の手には、ポケットステーションが握られていた。
「なに、わけのわからんことを言っとるんだ!こんなもん、没収だ!」
あ~あ、やらかしてるよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「よっ、花蓮。もう慣れたか?」
休み時間になると、半蔵が話しかけてきた。
そういえば、学ラン姿を見るのは、初めてだ。
「転校初日で慣れるわけ、ないでしょ。それより、いきなり怒られたわね」
「担任があんな怖そうな先生なんて、ついてないぜ。絶対、あの人“強化系”だぜ」
「まいったよ。イイケンから借りたポケステなのに」
「まだストⅡ好きなんだね」
良くも悪くも、変わらないな。
半蔵にストⅡを教えたのは私だから、少し負い目のようなものを感じてしまうが・・・・・。
「ストⅡじゃなくて、『ストZERO3』だ」
そんなくだらない話をしていたら、話しかけられた。
「花蓮・・・・・・さん。困ったことがあったら、聞いてね」
「そうそう。ウチにも聞いて。まっ、勉強のことはわからないけどさ」
眼鏡をかけた清楚な女子と、それとは対照的なショートカットの活発そうな女子だった。
「ありがとう。保育園の友達もほとんどいなし、わからないことだらけで困ってたの」
この子たち、いい子たちだ。
転校生に話しかけるのって、たぶん勇気がいる。
だって、遠巻きに見ている子がほとんどだもの。
だから、こうやって話しかけてくれる子はありがたい。
(友達になれるといいな)
「ところでさ、花蓮さんってもしかしてテレビに出たことある?」
「・・・・・・うん、あるよ。でも、ほんと大したことない役ばっかり」
「キャー、すごい!!詳しく教えてよ!」
早速来たか。
当然だ。反対の立場だったら、私も気になる。
元芸能人が自分たちの中学にやって来たなんて、大ニュースだ。
「ねぇねぇ、RAG FAIRと会ったことある??」
しかし、彼女たちはガッカリするであろう。
私が芸能人を辞め、岐阜に帰って来た理由を知ったら・・・・・・。
(つづく)