【#107】源氏の小手は盗めない
2001年(平成13年)12月21日【金】
半蔵 中学校3年生 15歳
目の前にクリスマス給食(きなこ揚げパン、クリスマスチキン、ゆで野菜、ポテトスープ、クリスマスケーキ)が広がっている。
しかし、昨日の保護者懇談を思い出すと、食欲が減退していってしまう。
「今の学力では、志望校合格は難しいでしょう」
成績が伸び悩んでいた僕は、岩本先生にハッキリと言われてしまった。
このままでは、志望校の合格は難しいらしい。
「クリスマス給食も今年で最後よ。食べないともったいないんじゃない?」
「お、おぅ」
同じ班の花蓮に促されるが、どうしても受験のことが気になってしまう。
もし不合格になれば私立の学校に通うことになるが、そうなるとお金がかかる。
(母さんには迷惑かけたくないな)
夏休みに、『アゼルパンツァードラグーンRPG』を買ってしまったことを、強く後悔した。
「なんか悩んでるの?」
「実はなぁ・・・・・・」
僕は花蓮に、勉強のことを相談した。
「だから言ったでしょ!定期テストは大切にしなさいって」
「いや、ドラゴンに乗って帝国と戦うのに忙しくて」
「何わけわかんないこと言ってんのよ。しょうがないわねぇ、あたしが勉強教えてあげるわ」
花蓮は、私立の女子高の推薦入試を受けることに決めていた。
しかも、『特待生』という授業料がかからない特別な待遇を受けるらしい。
「わるいな。じゃあ、久しぶりに花蓮の家に行っていいか?お好み焼きも食べたいし」
「えっ・・・・・・」
わざわざうちに来てもらうのは申し訳ない。
気を利かせて家に行くことを提案してみたのだが、反応は微妙だった。
「・・・・・・いいわよ。なら、学校終わったら勉強道具持ってうちにおいで」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「二酸化炭素は、水に溶けにくい。だから、集め方は・・・・・・」
「水上置換!!」
「アンモニアは、水に溶けやすく空気より軽い。だから・・・・・・」
「上方置換?」
「そうそう。ちなみに、上方置換で集める気体はアンモニアだけよ」
ふむふむ。
僕はけっこう理科は得意なのかもしれんな。
「裸子植物の代表的なものは?」
「え・・・・・・チューリップ?」
「違うわよ・・・・・・マツやスギよ」
「植物なんて興味ないから、覚えられる気がしないな・・・・・・」
「花言葉なんて、覚えると楽しいわよ。貸してあげるわ」
なんだか乙女チックな表紙だし、読む時間なんてないが、一応借りておくか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「次は数学を教えてくれ」
「いいけど、その”算術”ってなに・・・・・・?」
「数学をカッコよくいうと、『算術』になるだろ」
「あっそう・・・・・・。とりあえず、この例題を解いてみなさい」
そういって、花蓮は問題集を僕の方に向けた。
「あのさ・・・・・・」
なに、と花蓮が聞き返してくる。
まつ毛が長いな、とどうでもいいことを思ってしまった。
「なんでこの点Pって移動するんだ?」
「そんなの、アタシに言われても知らないわよ!!黙って解きなさい!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二次方程式や、三平方の定理の問題を繰り返し解く。
平日に2時間も勉強するという偉業を達成してしまった。
「数学って、だいたいパターンはおんなじなんだな」
「そうなのよ。やり方さえわかっちゃえば、得点源になるわ」
ふむ。
花蓮に勉強を教えてもらい続ければ、受験も何とかなる気がする。
そう考えると安心し、お腹が減ってきた。
「お好み焼き食べに行っていいか?あ、もちろんお金は払うから」
「あのね、・・・・・・お店やってないの」
言葉の意味は簡単だった。
が、理解できない。
「やってないってのは?」
「お好み焼き屋は、閉店したの。アタシが東京に引っ越したのを機にね。設備の老朽化もあったから・・・・・・」
『夕焼け小焼け』が外から、聞こえた。
僕はもう中学3年生だ。そんなものが鳴ったからと言って帰る必要はない。
「そうなのか・・・・・・。ごめん、無神経なこと言って」
「アタシが言わなかったんだから、知らなくて当然よ。お腹が空いたんなら、何か作ってあげるわ」
花蓮は焼きそばを作ってくれた。
さすがだ、僕の好物を知っている。
花蓮と過ごす何気ない日常。
それが壊れる日が来るなんて――この時は考えるはずもなかった。
(つづく)
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