岐阜県民にだけ読んでほしい記事
多治見市は、消滅可能性都市である。
他にも、岐阜の市町村42のうち17が「消滅可能性都市」に指定された。
約4割である。
私も岐阜県民なので衝撃を受けた。
「消滅可能性都市」に類似した言葉が、「限界集落」である。
『Iの悲劇』は、限界集落を題材とした小説である。
舞台は、明記されていない――が、モデルは岐阜県だろう。
作者の米澤穂信先生は、岐阜県出身の作家であり、これまでも岐阜を舞台にした作品を世に送ってきたからだ。
アニメ化された『氷菓』の舞台・神山市は高山市がモデルだ。
『春期限定いちごタルト事件』の舞台・木良市は岐阜市がモデルである。
『Iの悲劇』は、すべての岐阜県民に読んでほしい一冊である。
その理由と魅力を伝えたい。
魅力① ミステリー要素
あらすじは以下のとおりだ。
形式は、連作短編集である。
蓑石では、トラブルが次々と起きる。
出身も移住目的も違う人が集まるのだから、それは必然と言えよう。
といった移住者の揉め事が頻発し、やがて「火事」「食中毒」などの事件が起きる。
その事件を『甦り課』が解決するのが一連の流れだ。
「一話完結型の小説」で、隙間時間にサッと読めるのがいい。
それぞれの章で「伏線」と「回収」が行われ、
とつぶやいてしまう。
このあたりの構成は米澤穂信先生の手腕がいかんなく発揮されている。
だが、岐阜県民の方に注目してほしいのは舞台である限界集落だ。
魅力② 【限界集落】という社会性
蓑石は、20軒ほどの集落である。
開始1行で、集落の一人が亡くなる。
冒頭2ページで、集落のからすべての人が消える。
20軒すべてが空き家になった。
そこに、10世帯が移住してくる。
この移住生活を通して、限界集落の過酷さが描かれる。
2つ紹介しよう。
①救急車
ある章では救急車が登場する。
蓑石で事故が起きたため、中心部から救急車がやってくるのだ。
ところで、全救急車の平均到着時間をご存じだろうか?
約 8.9 分である。(「令和3年版 救急・救助の現況」の公表 - 総務省消防庁より)
蓑石の場合は、40分かかった。
そんなとき、きっと救急車を呼ぶだろう。
だが、限界集落の蓑石では、現場での作業時間も含めたら119番してから病院に到着するまで2時間近くかかるのだ。
②通学問題
移住者の中には、子どももいる。
蓑石から小学校までは、車で40分かかる。
そうなると、スクールバスが用意されるべきなのだが、山奥である蓑石にはない。
予算もない。
スクールバスを導入するには、車両費、運転手の契約代、維持費、ガソリン代などがかかる。
平成20年度の文部科学省の資料から計算すると、1台あたり年間約600万の費用が必要なのだ。
限界集落・蓑石に移住してきた子どもは、どうなってしまうのか――。
ぜひご自身の目で確かめていただきたい。
限界集落の現実(実際の岐阜県)
ここで、岐阜県に実在する限界集落の実情を紹介する。
①白川町の通学問題
人口減少が岐阜県ワーストワンの白川町。
その白川町にある佐見中学校と白川中学校が令和4年に統合された。
佐見地域の生徒たちは、白川中学校までスクールバスで通っている。
その距離、約25キロ。
乗用車だと35分程度。
山道なので、車体の大きいスクールバスなら45分以上かかるかもしれない。
という人もいるかもしれない。
だが、スクールバスは下校時刻が決まっている。
といったことはできないだろう。
保護者としても、子どもに事故や怪我あった際、駆け付けるまで時間がかかるのは心配なのではないだろうか。
②石徹白の除雪問題
岐阜県郡上市に存在する集落・石徹白。
人口約250人の集落である。
石徹白の雪は、すさまじい。
冬は、大人の背丈を超えるほど雪が降り積もるのだ。
石徹白での生活をnoteで書いている大西さんの記事を読んでもらえば、その過酷さがわかる。
このように、岐阜県には各地に限界集落が存在する。
岐阜県民にとって、岐阜をモデルとする『Iの悲劇』は、他人事ではないのだ。
『Iの悲劇』を読み、岐阜の現実問題を知ってほしいと強く願う。
魅力③ 主人公・万願寺の誠実さ
ここまで読んだ方は、
と思うかもしれない。
それは、違う。
主人公・万願寺の誠実な行動が、実にすがすがしく元気をもらえるからだ。
万願寺が蓑石の全景写真を撮ってきた、と報告しても上司の西野は「明日見るよ」と定時に帰ってしまう。
それでも、万願寺は一人で仕事に励む。
というから、大変だ。
印象的だったのは、5歳の男の子が行方不明になったときのことだ。
保護者から電話を受けた際、
とわかっていながら、立ち上がる。
万願寺は、望んで『甦り課』に配属されたわけではなかった。
市役所から出張所に飛ばされ、左遷だと思っている。
だからと言って、手を抜くことは一切ない。
同じ『甦り課』の観山が、仕事中に、
と言っても、取り合わず、業務に専念しようとする。
万願寺は、そんな「学生気分の抜けない」観山も新人として大切にしている。
深夜に移住者から「今すぐ来てくれ」と電話があった時は、代わりに引き受け、
と配慮するのだ。
万願寺は生真面目だが、頭は回る。
限界集落の現実を理解しているのだ。
移住者に、賃貸物件の修繕を求められても『予算がない』と悩む。
土砂崩れの心配を主張されても『予算がない』と悩む。
東京に住む弟に、
と言われる場面がある。
この言葉に、万願寺が返した言葉は――
彼の仕事に対する姿勢を集約した名台詞に、心を打たれること間違いなしだ。
『Iの悲劇』は、「地方公務員が、ままならない状況で一所懸命はたらく」姿を楽しめるお仕事小説とも言えるのだ。
小説としての魅力
『Iの悲劇』は、以上のように3つの要素から楽しめる。
だが、こういった小説は珍しくない。
など、それなりにある。
『Iの悲劇』が一般的な小説と決定的に違うのは、最後の一撃があることだ。
この小説は、「おや?」と違和感を感じる箇所が複数ある。
違和感は、読み進めるたびに増していくだろう。
一連のできごとに隠された真実が「終章」で明らかにされる。
蓄積された違和感は「衝撃」となって、跳ね返ってくる。
各章は「1話完結」ではなかった。
「終章」をもって、完結する。
最後に――
読了後、読み返してほしい言葉がある。
下記の観山のセリフだ。
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