初めから特別なものだった。
新しい家に引っ越してきてから半年。
今日初めて、新しい家の周りをお散歩した。
前々から、お散歩をしようと思ってはいたのだが、何を着ていこうか、どこまでいこうか、どのルートを歩こうか…など、お散歩をする前にあれこれ考えては、実際の行動には至らずにいた。
しかし今日、私はようやくお散歩に出かけたのだ。
行くあても決めずに、ふらりと。
玄関にある全身鏡越しに、お散歩用スタイルに着替えた自分と目があう。
やはりレギンス一枚で外に出るのはいかがなものか・・・などと迷う気持ちを振り切って、まだ少し新しいスニーカーを履き、私は記念すべき初お散歩に出た。
時刻は16時05分ごろ。
私の住んでいる家は、住宅街にある。
近くの公園から、子供達の笑い声や、サッカーボールを蹴る音が聞こえてくる。
どうせなら少し遠くまで。
私は河原沿いの道を目指した。
季節は4月上旬。
公園は桜色でふんわりと包まれている。
その中に、カラフルな小さい自転車がいくつか停まっている。
自転車の主人たちは、茶色のキャンパスに木の棒で絵を描いたり、ブランコを漕いだり、追いかけっこをしたり、思い思いに遊んでいる。
私は、公園を通り抜けて、住宅街の間の狭い道を歩く。
ようやく河原沿いの道まで来たが、堤防に登る階段が見当たらない。
ここからじゃ水辺が見えない。
折角なら、堤防に登って、川の自然を見ながらお散歩したい。
思わず、レギンスのポケットにしまっていたスマホに手が伸びる。
地図アプリで階段の居場所を検索しようと思ったのだ。
いや待て。
今日は自由に行きたい気分なんだ。
私は、スマホをレギンスのポケットの奥にしまった。
そして、堤防沿いの道を歩く。
5分ほど歩くと、堤防に登るコンクリートの階段を見つけた。
私は、早足でその階段を登る。
少し急な階段を登り切った先で、一面に広がる川と草原と出会った。
そうそう、これこれ。
私はこれが見たかったのだ。
堤防沿いは少し車通りがある。
私は、堤防から河原の方へ降りた。
両脇に沢山の草が生えている。
子供の頃によく見た雑草達だ。
カラスエンドウ、オオバコ、スギナ・・・。
うろ覚えの名前達が浮かぶ。
時折雑草から顔を出すつくしが、小人の頭に見えた。
風に揺れながら、踊っているようだった。
河原沿いの一本道をただ歩く。
目的なんて、ない。
鮮やかな緑色の中で、時折、薄黄色の星が集まって揺れている。
水仙の花だ。
なんでこんなところに咲いているのだろう。
とても綺麗だ。
河原沿いの一本道を歩く。
結構遠くまで来ちゃったな。
よし、じゃあ、あの菜の花が咲いているところまで歩いて折り返そう。
背の高い菜の花のところで、くるりと向きを変える。
さっきまで背に合った太陽と向かい合う形になった。
いつの間にか日が長くなった。
まだ夕日になる前の黄金色の太陽だ。
今日の雲は、白い絵の具を太いハケで横に伸ばしたような筋雲だ。
青色と混じり合って、ライトブルーの模様ができている。
綺麗だなあ。
きっとこの空は、今この瞬間にしか、ない。
あれこれ何を迷っていたんだろうと私は少し可笑しくなっていた。
お散歩をしたいのなら、私はただ家を出るだけでよかったんだ。
完璧なものにしようとあれこれこだわらなくても、今と同じ瞬間は二度とないのだ。
初めから完全で、特別なものなんだ。
来た道とは違う道を辿って家に向かう。
久しぶりに運動をしたからだろうか、身体が少し軽くなったような気がした。
通り過ぎる家の窓に、大きく腕を振り歩く私が映る。
ああやっぱりこのレギンスでお散歩に来てよかった。
なんだかいい感じだ。
また晴れた日は、お散歩に出掛けよう。