松尾芭蕉に学ぶ、創造性を生み出す画期的フレームワーク
1.仕事の付加価値を引き上げる創造的思考力
1-1.一発逆転ホームランが狙える創造的思考力
みなさんの中に、新規事業や新規技術/商品サービス、企画の立案を無茶ぶりされた経験がある方もいるのではないだろうか?
また、上から依頼された仕事をこなすだけだとつまらないので、自主的に新たな事業や企画を会社に提案したりしている方もいるかもしれない。
当たり前だが、新しいことを考え、その必要性について他人を納得させることは難しい。
実際に、新規事業案を上層部に提案しても、
「結局既存事業の延長であり、新しさもうまみもない」
「突拍子が無さ過ぎて、現実味がない」
といったようなフィードバックを受けることも少なくはないだろう。
ただ、難しいからこそ、成功させられたら社内外で通用する一発逆転ホームラン級の実績になるのだ。
筆者は戦略コンサルティング業を生業としており、日々の業務の中で新規プロジェクトの提案を行っている。
提案内容には以下の2種類が存在すると考えている。
(1)クライアントの課題意識が明確なもの
(2)クライアントが気づいていない課題を指摘するもの
(1)の場合は、課題の種類やクライアントの組織風土やニーズに応じて解決方法を設計し実行支援することになる。
これはどこのコンサルファームでも業界やテーマの実績差こそあれ、正直差は出しにくい。
なんなら、解決アプローチがほぼ決まっているようなものはコンペされ価格競争に陥りやすいのだ。
一方で(2)のように、想像力を発揮することで、そもそもクライアントが気づいていないが、重要性の高い課題を指摘出来ると、段違いに高い次元でクライアントからの信頼を勝ち取ることが出来る。
現実として物量は(1)の方が多く、(1)をしっかりと取り組むことも大事なものの、企業はもちろん個人としてもコンサル力を高めるためにも、(2)にチャレンジすることが大事だと思っている。
1-2.マネジメントレベルを上げる程求められる創造的思考力
創造的な思考が出来ると、プレイヤーとして一発逆転ホームラン級の実績が狙えることは勿論だが、管理職として地位を上げれば上げる程、創造的な思考力が求められると考えている。
ここで、管理者に必要な能力を提唱した「カッツモデル」を参照したい。
1955年にアメリカの経営学者ロバート・L・カッツが提唱した理論で、マネジメントレベルが上がる程、テクニカル・スキルの比重は減り、逆にコンセプチュアル・スキルの比重が高まるというものである。
ここで言う、コンセプチュアル・スキルとは「複雑な概念を素早く抽象化して本質を把握する能力」や「正解のない問題に直面したとき、物事を理論的・創造的に考えることで、周囲の人が納得できる答えを導き出す能力」等と定義されるが、個人的には「事業環境・顧客ニーズや自社の強み等といった複雑性の高い要素を組み合わせて、マネジメント対象である企業/事業/チームの目指すべき姿を新しい独自の概念として定義する能力」と解釈している。
目指すべき姿としてゴールを正しく設定すれば、後は優秀なメンバーがいれば現状とのGAPを特定し、GAPを埋める施策を実行してくれるはずである。
ただし、ゴールが間違っていればいくら優秀なメンバーが何人いようと努力は水の泡となる。
職位が上がれば上がる程、この新しい独自の概念としてゴールを正しくセットする力が求められると考えている。
この独自の概念を作り上げる際に必要な能力の1つが創造的思考力であると考える。
本稿では、このように、プレイヤーとして一発逆転ホームランを狙う飛び道具として、またマネジメントとしてレベルを上げるための思考ツールとして重要な役割を担う創造的思考力を高めるためにはどうすれば良いか?ということを考えていた時に出会った書籍を紹介したい。
2.松尾芭蕉に学ぶ創造性のフレームワーク
2-1.創造的に”考えることを考える”書籍「考え続ける力」
本稿で紹介するのは「考え続ける力」(石川善樹 著/ちくま新書)という書籍である。
本書は、「創造的に考えるとは何か?」という問いに対する著者の知的ジャーニーのプロセスの一部を記した書籍である。
まず、著者が目指したい創造性のスタイルを明らかにした上で、それを実社会で実現していると考えられる、全く異なる複数分野で何度も創造性を発揮している日本の達人5名との対談を通じて、著者が創造性やその生み出し方に関する知見を深めていくという構成になっている。
本書の中で著者が述べていることだが、本書は創造的に考えるための「型」なり「方法論」を示したものではなく、「創造的に考えるとは何か?」という問いに対して、著者が向き合うプロセスを記したものになっている。
ちなみに、このような粋な内容になっているにも関わらず、敢えて本書の内容の一部を「型=フレームワーク」化しようというのが、本稿の目論見である。
というのも、内容が大変示唆深かったため、是非自分の実務の中に取り込みたいと思ったが、自分の思考力だと一旦フレームワーク化しないと難しそうだと思ったからである。
ということで、フレームワーク化に向けて、著者である石川氏の目指す創造性のスタイルが最も分かりやすくフレームワーク的に表現されていると感じた松尾芭蕉の事例を取り上げたい。
2-2.松尾芭蕉に学ぶ創造性のフレームワーク
2-2-1.「古池や~」の魅力
石川氏は「創造的に考えるとは何か?」という途方もなく大きな問いに立ち向かうために、創造的思考=Think differentと訳した上で、日本人史上最もThink differentした人から着想を得ることにした。
そうすると、イノベーティブな人は多くの人に参照されているはずだという思想のもと、Think different度というものを定量化する仕組みが存在することが判明する。それがヒストリカル・ポピュラリティ・インデックス(HPI)という指標であり、簡単に言えば該当の人物のWikipediaの翻訳言語数やPV数をもとにその影響力を指標化しているものである。
なんと、日本人のHPIトップが松尾芭蕉なのである。
石川氏は、松尾芭蕉の代表的俳句の1つ「古池や蛙飛び込む水の音」の魅力を分解することで、Think differentのヒントを見つける。
本書で述べられている「古池や~」の魅力は以下の通りである。
まず、「古池」という死んでしまった池という「侘び」から始まり、そこに鳴き声が「雅」の象徴である「蛙」が出てきて上品な展開になると見せかける。
だがなんと蛙が鳴かずに飛び込むという「下品」な展開をみせる。
しかし、飛び込んだ先から「水の音」が聞こえる、ということはなんと古池がまだ死んでいなかったということが分かる。
これはまさに「寂び」(物事や生命の本質がみずみずしく表れている様)なのである。
このように、この俳句はこの短い文字数で「生命のいない白黒の世界」から「みずみずしい生命あふれるフルカラーの世界」へ大展開を遂げているのである。
この大展開を、「古池」「水の音」という「侘び」と「寂び」の対比、「蛙」「飛び込む」という「雅さ」と「下品さ」の対比を織り込むことによってその躍動感を表現しているのだ。
さて、この松尾芭蕉の素晴らしい作品から、どのようなThink Differentするためのヒントが得られるだろうか。
2-2-2.「古池や~」に見る創造性を生むフレームワーク
芭蕉の俳句から、創造性を生む(Think differentする)ための重要要素として「まず新した後に、質を高める」という構造が見えてくると著者は言う。
この構造を図式化したものが以下である。
もともと俳句の原型として貴族たちが嗜む和歌が存在しており、貴族たちは和歌をベースに質を高めてきた。
芭蕉は、これを蛙が鳴かずに飛び込むといったようにカジュアルにして庶民向けにアレンジし新しくしているのである。
更に、貴族も庶民にも共通する日本の美意識である侘び・寂びの要素を入れることで質を高めることに成功した。
この「まず新した後に、質を高める」という構造こそが、創造的思考、つまり世の中に価値のある新しい考えを生む思考を行うためには重要なのではないか、と主張する。
3.ビジネスシーンでの活用シミュレーション
3-1.シミュレーションの前提
「まず新した後に、質を高める」という構造を実務で使いこなすとどのようになるかイメージを持つために、以下のようなありそうなビジネスシーンを想定して、思考シミュレーションを行ってみた。
(シミュレーションの前提)
・某小売系企業に対すして、戦略コンサルティングプロジェクトの提案書を作成したい
・提案に向けて、まずはクライアントの戦略担当者と経営課題について議論出来る関係性を構築することを目的として資料を準備する予定
・ざっくりとクライアントのおかれる現在の事業環境や経営方針を確認した結果、今後の成長余地は海外にありそうなことが判明
・ただし、海外展開についてもある程度主要な国には参入済みで、所謂業界の一般的なセオリーに則って一定の成果も上げている状況
・このような状況の中で、海外事業の”更なる”成長に向けた経営課題仮説を導出する必要がある
3-2.シミュレーション結果
3-2-1.まず新しくする
まず新しくしようと思った時に浮かんだ疑問は「え、何を?」である。
今回のシミュレーションにおいては、クライアントや業界の既成概念/常識とすることにする。
そうするとクライアントと会話すると以下のような考えを持っていることが判明する。
「小売は現地ニーズを把握することが大事。オペレーションの効率化やリスク管理のノウハウといった最低限のノウハウ共有はグローバルから行うものの、マーケティング、商品開発等の現地ニーズ理解を要する活動は現地パートナーに任せたほうが良い」
この考えをどうにか新しく出来ないか考えてみる。
そうすると、たしかに現地ニーズを理解していることは大事なものの、それはインプット情報に過ぎず、マーケティングや商品開発の根本的な考え方や方法論はグローバルでノウハウを共有し高めていくことが出来るのではないか?という仮説が浮かぶ。
3-2-2.質を高める
ただ、このままでは、今までマーケティングや商品開発といった活動においては積極的にグローバルでノウハウ共有を行ってきていないのに、そんなこと出来ないよという反撃がきそうである。
この時に、この文脈でいう「質」を再定義する必要がある。
上記のような想定反撃の前提には、本社が得意なのはオペレーションの効率化やリスク管理のノウハウを各ローカルパートナーに共有することという考えがある。
これを、本社が得意なのは別にオペレーションの効率化とかに限らずとも、マーケティングや商品開発等の領域も含めてグローバルの知見を集約・高度化・共有することであると捉えなおすとする。
(松尾芭蕉の事例で言うところの、「質」の概念として貴族にも庶民にも受け入れらる「侘び・寂び」を導入するみたいなもの)
そうすると、これまでやってきたことと似たような形で質を上げるイメージが沸きやすくなるのではないか。
更に、実際にマーケティングや商品開発等の領域でグローバルにノウハウを集約・共有し成功している事例(例:3Mの15%ルール)も見せると説得性が高まるかもしれない。
4.「新しさ」は勿論、「質」の再定義が鍵?
シミュレーションをした結果、創造性が高い状態というのは、斬新さは勿論のこと、それだけでは足りず、我々が馴染みのある判断軸における品質の高さも合わせ持たなければならないと感じた。
そのような状態を目指す中で、斬新さだけを作ることは、もしかするとそう難しくはないのかもしれない。(単に逆張りすれば良いから)
むしろ、創造性の最難関ポイントは、斬新な考えの中で、我々が馴染みのある判断軸においても品質の高さを上げられるもの/上げる方法を見つけ出すところにあるのではないか、と感じている。
というのも、「馴染みのある判断軸」と「斬新さ」という概念が、判断軸を上手く再定義しない限り、そもそも対立した構造にあるという背景がある。
従って、斬新なのに、我々に馴染みのある軸で質を上げるためには、そもそも馴染みがあるとはどういうことなのか?を掘り下げて抽象化していくことが必要になる。
芭蕉の例で言うと、和歌のテクニックレベルの要素で俳句の品質を上げたところで、ちぐはぐ感だけが残るものになったかもしれない。
そうではなく、和歌や俳句といった詩歌の品質というものを、従来の和歌ベースのものから再定義し、貴族にも庶民にも共通する美意識である「侘び・寂び」といった大きな概念にまで抽象化したことで、斬新さと質の高さが両立し、斬新でありつつも質の高さが広く認められることになったのではないか。
そう思うと、縦軸を上手く再定義することが要所なような気がする。
このように、正直難しいテーマで、まだ自分のものに出来ている感じはしないが、思考の引き出しに入れておいて、適宜使いながら更に理解を深めていければと思う。
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