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品川シーサイドの公園で、同級生のヤンキーがかけてくれた言葉

「あ、やめろーーー!」
と思いっきり叫んだけれど、時すでに遅しだった。
クラスメイトの寺田が壁に投げつけた僕のスクールバッグの中身を見ると、友だちから借りたばかりのORANGE RANGEのロコローションのCDがパキッと割れていた。


寺田は中学で出会った同級生のヤンキーで、入学直後から目立ちまくっていた破天荒なやつだった。
自分の衝動を押さえることができず、相手がクラスメイトでも先輩でもたとえ先生でも、気に入らないことがあると殴ったり蹴ったりして、かなり暴力的だった。
物もよく壊していたし、学校終わりに目黒川沿いで自転車を漕ぎながらタバコを吸っていた。
この歳になって東京リベンジャーズやヤンキー系のコンテンツを観ていると、いつも寺田のことを思い出す。


あまり関わりたくなくて距離をとるようにしていたけれど、たまに僕は寺田の暴走に巻き込まれた。
中学1年生のときにCDを割られた事件もその一つ。突然キレ始めた寺田が手当たり次第教室に置いてあったスクールバッグを壁に投げて暴れ始め、運悪くCDを入れていた僕のバッグが被害に遭ってしまった。

項垂れている様子の僕を見て、気まずそうにしていた寺田はしばらくして「じゃあ折半で一緒に弁償してやるよ」と言った。
お前が全額弁償しろよと思ったけれど、そう言うと寺田が逆ギレして殴ってくる気がしたので、しかたなくその条件を呑んだ。


後日、僕は寺田と一緒に品川シーサイドのジャスコに自転車で向かった。「イオン」に名前が変わるよりずっと前のことだ。
当時、南品川・北品川・東品川あたりに住んでいた小中学生は、放課後や休日は品川シーサイドのジャスコでたむろしていることが多く、馴染みの場所だった。

ジャスコの中にあったCDショップで、僕たちはロコローションを買った。
寺田はそのときにMDカセットを買って、「ロコローションと、お前が持ってるCDなんでも良いからたくさんこれに吹き込めよ」と渡してきた。

用事が終わったあと、僕らはなんとなく帰らずに、ジャスコの近くにあった公園に寄って、ベンチに座って自動販売機で買ったジュースを飲んだ。
ヤンキーで別グループにいた寺田と、学校の外で2人で話す機会なんてなかったので、少し緊張した。

野球部に入っていた寺田と、サッカー部に入っていた僕は、お互いの部活について話し始めた。
寺田は運動神経が良くて、小学生の頃は結構強い野球チームに入っていた。しかし、僕らが通っていた中学校は部活動全般に覇気がない学校だったこともあり、野球部もめちゃくちゃ弱かった。

「あんなに弱い上に、やる気もなかったら部活やる意味ねえよ。オレはもう行かない」

そう話す寺田に親近感を覚えて、僕も小学生の頃は強いサッカーチームに入っていたけれど、毎年一回戦敗退のサッカー部でがっかりしている、それなのに先輩が偉そうにしていてうざいという話をした。

「わかる。下手くそなのに偉そうにする先輩が一番うざいんだよ」

遠い存在だと思っていたヤンキーが自分の話に共感してくれたことがなんだかすごく嬉しくて、ちょっと驚いていると、さらにこんなことを言ってくれた。

「でもお前、頭いいじゃん。すげえよお前、そういうの」

自分みたいなタイプの人間だったり、勉強の成績だったりには全く興味のない人種だと思っていた寺田が、僕のことをしっかりと認めてくれていた。
この『対極の存在であるヤンキーが自分の得意分野を評価し、人として認めてくれた』経験は、大袈裟ではなく自分の人生にすごく大きいものになっている。今まで生きてきて、なんとなく折り合いがつかない相手や自分を軽視してくる相手に、めげずに自分の存在を認めてもらえるように頑張れるようになったのは、この時の寺田の言葉が大きいと思っている。

その後、寺田は中学を卒業するまでずっとヤンキーで、逆に僕は学級委員とかをやるようになって、更に対極の存在になった。
2人で話をするような機会や遊ぶこともほとんどなかったけれど、僕らはなんとなくお互いを認め合っている感じがした。


中学を卒業してからしばらく経ち、僕は大学を卒業して社会人になった頃、寺田はこの世からいなくなってしまった。
その報せを聞いた時にすぐに思い出したのは、品川シーサイドのジャスコにCDを弁償しに行った日のことだった。

公園でひと通り話し終えて、退屈そうにタバコを吸い始めた寺田の横顔。
別れた後の帰り道、近所の小学校越しに見た夕焼け。
きっとこれからも、僕はたまに思い出すと思う。


落陽 / ORANGE RANGE


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@futoshi_oli
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗などを経て、会社員を続ける。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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