その場で言い返せば良かったのに
先月、前職で迎えた最終出社の日のことだ。
取引先との挨拶を電話やメールで済ませてから、社内でお世話になった方々に挨拶に向かった。
いろんな部署を回る中で、久しぶりに会った先輩のひとりに、藤吉さんという方がいた。
入社したばかりの頃は一緒に仕事をする機会が多かったけれど、ここ1、2年はご無沙汰していた方だ。
笑顔で僕を向かえた藤吉さんは、次の職場はどんなところか、何をやるのか、色々と質問してきた。
一つ一つに僕が答えると、笑顔を崩さずに藤吉さんは言った。
どうですかね、でも会社全体がリモートだったら、そういう受け入れ態勢とか、慣れているんじゃないですか?と僕が答えると、藤吉さんはそれを無視して続けた。
皮肉を言いながらも相変わらず笑顔でいる藤吉さんに、僕は苦笑いと曖昧な返事しかできなかった。
すると藤吉さんは「でも太くんは優秀だから、どこでも大丈夫かあ」と付け加えて、頑張ってとか適当なことを言って、僕との話を終わらせた。
一通りの挨拶と片付けを終えた、帰りの電車の中。
藤吉さんの言葉が頭から離れず、悶々としていた。
藤吉さん以外の同僚たちは、挨拶すると基本的には良い言葉をかけてくれた。
「お疲れ様」
「あの仕事では、協力してくれてありがとう」
「また飲みに行こうよ」
「次のところも楽しそうだね、頑張ってね」
それはとても嬉しいことだった。
頑張ってきて良かったな、と思った。
ただそれでも頭を支配しているのは、藤吉さんの笑顔と皮肉めいた言葉だった。
反芻すればするほど、怒りというか憎しみに近い負の感情が湧き上がってきて、自分に対して嫌悪感を感じる。
別に悪口を言われた訳ではないし、人格を否定された訳でもないのに、僕は心が狭過ぎるのだろうか。
思えば、藤吉さんの言葉にモヤモヤさせられたのは、今回がはじめてではなかった。
ほぼほぼ初対面の頃にも言われた言葉が、思い出された。
言われた時はキョトンとしてしまって、ちゃんと反応できなかった。
ただどちらも今回と同じように、帰りの井の頭線の中で沸々と怒りが湧いてきた思い出がある。
決して悪口ではない。
そろばんもポロシャツも別に嘲る対象ではないし、世の中的に使われているスラングでもない。
ただ藤吉さんの笑顔と言葉の裏に、傷付けてやろうという悪意があるのを感じ取った。
前後の会話は思い出せないけれど、君は地味でださい、
そんなことを伝えたかったのだと思う。
着地点がわからないまま、モヤモヤを吐き出すために文章を書き始めたけれど、藤吉さんの言葉に対して湧き上がった怒りの共通点が見えてきた。
僕は、"ネガティブに決めつけられること”が大嫌いなのである。
明らかに偏見を感じる、色眼鏡で見ている、それを感じると、とても腹が立つ。
藤吉さんの発言は、全てが「〜そう」であって、僕自身のこと、僕の未来をマイナスに捉えていた。
仕事で出会った苦手な人たちも、ネガティブに決めつけてコミュニケーションを取ってくる人たちだった。
藤吉さんほどはっきりと言葉にせずとも、
「どうせ何もわかってない初心者だから」
「君みたいな会社の人はこんなことも調べずに聞いてくるだろうから」
的な態度が見え隠れしている人たちと仕事することは、かなり苦痛だった思い出だ。
これらのタイプの怒りは、大抵長引いて憎しみに変わる。
思い返せば思い返すほどはっきりと言い返したいことだと思うけれど、それができないと怒りが身体の中で出口を失う。
そのことを友人や家族に愚痴ると、大抵の場合はこう言われる。
「その場で言い返せば良かったのに」
ごもっともだなとその度思うけれど、藤吉さんのようなパターンは、その場で咄嗟に言い返すのが難しい。
誹謗中傷の類のことを言われれば反射的に言い返せるけれど、皮肉に皮肉で返すのは高度なテクニックが必要な気がする。
それに無理やり言い返してしまうと、必要以上のことを言ってしまいそうだ。
例えば最終出社日の時に「仕事なんて見つけるもんなんだよ、先輩のクセにそんなこともわからんのかお前は」と言ったり、初対面の時に「そろばんやってそうって、見た目がそれっぽいってことですか?そうやって、見た目だけで君は●●そうって言うと、嫌われることあるのでやめたほうがいいですよ」とか言ったりしたら、逆に僕の立場が悪くなっているであろう。
今後、藤吉さんと会うことは二度とないとして。
皮肉を言われてやられっぱなしにならずにするには、どう対抗したらいいだろう。
頭の片隅で考えていた時に、この言葉と出会った。
「いじわるされるたびにしんせつにしてやったらどうだろう」
先日の朝日新聞の読者投稿に書いてあって、かつ公式Twitterからも投稿されたから、印象に残っている。
ドラえもんが、結構えげつないことをやり返すこともあるのは置いておいて、とても良い言葉だと思った。
皮肉や悪意ある言葉を言われても、僕自身は親切でいることを心情にする。
どちらにせよムカつくとは思うけれど、今までほど怒りが充満してしまうことにはならないのではないか、そんな風に思えてくる。
そしてできるだけ親切でいようと思うと、自分自身を省みることにもなる。
そもそも、僕は人をネガティブに決めつけて接してないと言えるのか?色眼鏡なしに、人と向き合っているのか?と自問自答してみると、歯切れよくはいと返事ができない気がして、背筋が凍った。
結局、藤吉さんの言葉がどうこうではない。
僕自身が、どうあるか、それに尽きるのであった。
今月から通い始めた新しい職場では、時々ドラえもんの言葉を思い出してみようかな。
ドラえもん / 星野源