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時代小説『龍馬、その傷を見よ!』
「先生、伊東甲子太郎様の配下の御陵衛士と名乗るお武家様が、御用改めに来られております」
元相撲取りで用心棒の藤吉が二階に上がってきて告げた。
「俺に会いに来たのか」
「いや、中岡先生をお探しに来られたと察します」
坂本龍馬と中岡慎太郎、顔を見合わせる。
「何人だ」
「お二人です」
「分かった。俺が応対する。通せ」
火鉢を挟んで北側の床の間の前に龍馬が座り、南側に慎太郎が座っていた。
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第21話「万国公法をエサにして」
齊藤一が菊屋の二階に上がると、やはり毛内有之助がいた。
「齊藤さん、見ていましたよ。中岡慎太郎が近江屋に逃げ込んだのですね。よりによって、近江屋を選ばなくても良いのに」
「毛内さん、ご苦労様。見ての通りだ。厄介なことになった。ところで何かありました」
「伊東甲子太郎さんからの伝言ですが、情勢が変わってきているそうです。土佐薩摩とは深入りせず、距離を置くそうです。そして早々に、御陵衛士を解散し
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第20話「刀を納めろ、作戦変更だ」
再び、大石鍬次郎が足を出した。今度は、一足分だけの送り足。ゆっくりと前足を出して、さっと後ろ足を引きつける。
じりじりと、真綿で首を絞めるように中岡慎太郎ら三人を追い詰めてゆく。
大石にとって、この瞬間が喜びなのだ。それは料理人が、滅多に手に入らない魚をまな板に載せて、自分の好きなように捌こうとしているのと似ている。
前方では、斎藤一が立ちはだかって、しっかりと三人組を足止めしてくれている。
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第19話「月の光に照らし出される刃」
廣瀬は、大石鍬次郎の「抜刀」の号令がかかると、無意識に鯉口を切っていた。
今までの震えが嘘のように止まった。
いつもの稽古のようにゆっくりと刀を抜く。刀身が、妥協を許さない現実の光を放ちながら、弧を描いて目の前で直線に変わる。
剣先だけが、月の光を受けて、名もない星のように弱々しく光る。
廣瀬はそれをゆっくりと頭上に高々と持ち上げる。
刀を上段にとるのと同時に、頭の中を怖さより冷たいもの
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第18話「大石隊の強さの秘密」
「抜刀」
大石鍬次郎が、号令をかけた。
この号令が、かかるまでは絶対に刀を抜いてはいけない。
また、この号令がかかっているのに刀を抜かないのもいけない。
両方とも、隊規違反になる。
場合によっては、切腹を申し付けられることもある。
戦闘にとって、刀を抜く、抜かないが、それほど重要視されるのである。
その「抜刀」の号令がかかった。
小さい鈴のような軽やかな音を立てて、それぞれの刀が抜
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第17話「警護の隙を狙え」
中岡慎太郎は福岡孝弟邸の潜戸で、陽が落ちるのを待っていた。
呼びつけておいて、福岡さんは不在であった。
座敷にも通されず、板の間の控えの間で長い間待たされた。
火鉢もなく、茶の一つも出されなかった。寒くてしょうがない。
何という対応だ。
大体において土佐藩自体が何ごとにおいても、連絡が悪すぎる。
だから、取り残されるのだ。
土佐の者誰もが、薩土盟約が破棄されて、薩長同盟が結ばれたこと
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第16話「敵に背を向かすな」
「分かった。菊屋に戻る」
新選組大石鍬次郎隊に配ったおにぎりが、一人ずつ順番に食べ始め、最後になった廣瀬という隊士が、震える手で懐からおにぎりを出し、不器用な手つきで竹皮をむいて、口に運ばれるのを確認して、斎藤一は河原町通りに出た。
いつものように大手を振って歩くと怪しまれる。懐手をして、屋敷を抜け出して遊郭にしけこもうとしている藩士を装った。
さりげなく中岡慎太郎が潜む福岡邸の前を通り過ぎ
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第15話「慎太郎を狙う狼たち」
辺りが薄墨を塗り重ねるように暗くなってきた。
闇夜の漆黒と夕暮れの灰色の境がくっきりとしてきた。
黒はより深みを増した。
そして灰色には、少しずつ黄金色が混ざるようになってきた。
月の光だ。
月が出ているのだ。
漆黒は悪事を包み隠してくれる。
しかし、冷たい月の光はそれを許してくれない。
「遅くなってすまん。山崎丞さんからの差し入れだ」
齊藤一は、大石隊の隊士の柄と鞘を握った手を離さず緊張感を
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第14話「不吉な予感」
御陵衛士の屯所がある高台寺月真院に戻った伊藤甲子太郎は、すぐさま残っている隊士に状況を伝えた。
土佐藩の置かれている立場、薩摩藩の考えていることなど、包み隠さず話をした。
そして、一段落したら高台寺隊を解散し、新選組本隊に戻れるように近藤勇に話をつけると約束した。
早速、毛内有之介が河原町の菊屋で監視をしている隊士に、それらを伝える役に選ばれた。毛内は伊東が江戸から新選組に加わる時に、一緒に
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第13話「踊る!土方歳三」
齊藤一は、不動堂村の新選組の屯所に着いた。
未だに木の香りが漂う大名御殿と見間違えるほどの立派な造り。齊藤はこの屯所に駐在したことはなかった。
この屯所に移る前の西本願寺に間借りしている時に、高台寺に移った。だから、馴染みはなかった。
何か余所余所しい感じがする。
隊士の中にも、新しく募集された顔を知らない者も、混じっている。
「局長は、おられるか。急用だ。すぐに会いたい」
「不在です
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第12話「無用なものは切り捨てよ」
「坂本さんが、帰ってきているのは知っていました。あの人は薩摩に来た時に、わしの屋敷に泊まってもらった。お龍さんも、一緒だった。あの人は面白い人だ。一晩中、話をしてくれた。これからの世は、刀や大砲ではなしにそろばんと船の時代になるとしきりに言っていた」
「その坂本先生に、今日近江屋で会いました」
「そうかですか、坂本さんにはそこらにいるよりも、むしろ薩摩藩邸に入るように勧めたのだが、まだそこらへ
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第11話「龍馬に尋ねよ」
「今日は、何用で?」
中村半次郎は尋ねた。
「土佐の坂本龍馬が、京に戻ってきておる。藩邸に入れてもらえなくて、近江屋という醤油屋の土蔵に潜んでおる」
「坂本先生が戻って来ておられるのか。しかし、時期が悪いのう。西郷さんが、おられれば直接尋ねられたと思うが、わしらは聞けん」
「何を尋ねるのだ?」
半次郎は少し考える様子。辺りを気にして声を低くしたが、投げ捨てるような口調で、
「幕府を倒す
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第10話「人斬り半次郎が語る西郷どんの悪だくみ」
伊東甲子太郎は、坂本龍馬の潜んでいる近江屋を出た後、真っ直ぐに御陵衛士の屯所である高台寺に向かわずに薩摩藩邸に入った。
西郷さんは、薩摩に戻ってしまっていて不在だという。代わりに、中村半次郎(桐野千秋)が応対に出た。
「いよいよですな。これで、王政復古も目前ですな」
「左様、いよいよ時が来ました。しかし、西郷さんはその後が肝心だと申されておる。それで、急きょ薩摩に帰られた」
「急に、何用か
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第9話「人斬りの横顔」
「誰を追っておる?」
「土佐浪士の中岡慎太郎」
大石鍬次郎は、前を向いたまま一瞥もくれずに答える。
「確か中岡は、最近土佐藩士の身分に戻っておるぞ、それでもやるのか」
「近藤局長の命令だ」
大石は、鋭い視線を前に向けたまま、吐き出すように言葉を出すと、頬が歪に緩んで口元が少し開いて、音にならない言葉を何ごとかつぶやいた。
大石は、「人斬り」の顔になっている。
「北白川から、折角向こう