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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第11話「龍馬に尋ねよ」

「今日は、何用で?」

中村半次郎は尋ねた。

「土佐の坂本龍馬が、京に戻ってきておる。藩邸に入れてもらえなくて、近江屋という醤油屋の土蔵に潜んでおる」

「坂本先生が戻って来ておられるのか。しかし、時期が悪いのう。西郷さんが、おられれば直接尋ねられたと思うが、わしらは聞けん」

「何を尋ねるのだ?」

半次郎は少し考える様子。辺りを気にして声を低くしたが、投げ捨てるような口調で、

「幕府を倒す方に付くか、幕府に付くかだ。土佐自体がそもそも優柔不断だ。ここに及んで、まだ腹を決めかねている。もう西郷さんは待てんと申されている」

「もし、坂本龍馬が幕府に付くと言えば、どうなる」

「斬る。それだけだ」

ここまで、薩摩がこれだけ変容しているとは驚きだ。

即刻、近藤勇にも状況を伝えなければならない。

「ちょっと、待ってもらえませんか。吉井友実さんに、報告する」

席を立とうとする甲子太郎を半次郎が制した。

このような状況では、まかり間違えれば自分も狙われる可能性がある。

新選組に通じているのが分かれば、あの人斬り半次郎に斬られる。思わず、脇差を抜けないように何重にも縛っている下紐をほどいた。そのまま下に垂らすとほどいているのがばれるので、緩く巻き直した。

今まで、何回か藩邸に入ったことがあるが、これ程までにひっそりと静まり返ったことはなかった。

中庭に鹿威しがあるとは気付かなかった。空しく、鹿威しの音が響く。

もうすぐ、日が暮れる。早く高台寺の屯所に戻らないといけない。

すっと襖があいた。

「高台寺の伊東さん、ご苦労様。話は西郷さんから色々きいています」

年頃は西郷さんと同じくらいか。顔を見てなぜか安心した。大柄な西郷さんは「剛」とすれば、小柄の吉井さん「柔」である。薩摩藩士には珍しく人懐っこい感じがする。

この人は、人を斬らない。そう感じた。

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大河内健志
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