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とりがら
2020年3月26日 22:28
思春期のころ考えていた自分らしさとか自分の存在とは、みたいなのじゃなくてそんな空虚なところから始まる問いじゃないというか、なんで今俺は生きているんだろうっていう題目自体はそんなに変わらないんだけど、今のは中までたっぷり要因が詰まっていてどれから考えを起こしていってもこの問いに帰結するっていう密度の濃さ、無駄にした4年間はここに凝縮されてたんだなって思った別にスーパーハイテンションタイムが終わっ
2020年3月21日 18:53
「確からしさ」みたいなものが無くなって、それは自身のことであったり周りの状況についてであったりするのですが、偽の穏やかさに満たされているような気がする物事の理解が遅れてしまって的確な言葉や表情を当てることができないだけ、他人の言葉に怒ることが無くなったのだって引きこもりを経験したことによる他人に対して寛容さ、みたいな格好の良いものを獲得したからとかではなくただ後遺症として今現在は感情の振れ幅がと
2020年3月14日 23:02
思い込みは必ず過去が作り出すものであって、憂鬱を運んでくる思い込みの所在地を見てみると思っていたより遠くにある事が多い時間が止まっている感覚を持ちながら生きている人はもしかしたら遠い昔の幻想に目を奪われて足もとの現実から目を背けているのかも知れない僕はそうで、幻滅したくなかったいつ迄も首の凝り固まった空想を見ていたい取り立ての呼び鈴も電話も聞きたくない忘れかけている記憶に絡め取られたい
2020年3月14日 22:36
食事の回数も量も増えてきて体重もだいぶ戻ってきているただそれと同時にあちこちの傷口や爛れが再燃してきている少ない食事で命を維持できていたのは紛れもなく引きこもっていたからであって、やはり人間が生きていくにあたり食べること止めるわけにはいかない消極的な自殺を試みた事があったからこそ生きる為に必要な事も分かっているつもりだ少し話を戻すと、だとすればアトピーは生きようとする人間が罹る病気なのかも
2020年3月11日 19:51
登山用のリュックサックにお土産の手提げは2つ、埃と雨水で汚れたビニール傘を解きながら改札を抜けた寒い地上への階段を気まぐれに一足飛びをし登り切ると湿気った年の瀬を感じるまだ冬の間を行ったり来たりしているらしい一層冷たくなった目元から、二重に掛けられた使い捨てマスクの息苦しさにようやく気が付き、息を整えながらしっかり京都に肺をなじませてゆく誰かの帰りを待っている車の群れの、ヘッドライトの光