とりがら
若さがない みんな23なのだからまだまだいけると言ってくれる 確かに数字では23で一般くらい生きるのならあと50、60年くらいある でも若くないのだ 身体的にも精神的にも 若いってなんですかとかクッソめんどくさい質問を投げてみたんやけど出てくるのは全部失くしたものたちで、半分くらいはいつも通り後悔やら自責やらで辛くなることがわかっていたからニコニコの笑顔のまま静かに潜ってやり過ごした そこらじゅう穴ぼこの自身をそろそろ受け入れなければ 相手を若さで騙せるうちはまだいいけれど
引っ越したその日にタウンワークを開いて一番上に見つけたのが今の職場だった 自分でも気がつかないうちに面接を申し込んでその日が来て社長の前で泣きながら話したら受け入れてもらって、本当に感謝しかない半年だった 新しい記憶が増えてきてそれはとても嬉しいことであって比べるまでも無く充実しているんだけど僕の中に溜まっていく思い出が空虚な音を立てていくんだからそれはとてもやるせなくてつらい こうやって文章を書いているうちは満たされていないんだろうし、その日は来ない気がする
誕生日を迎えてしまった 気分は19とか二十歳なんだけどもう23か まだ23やと言ってくれる人のが多いらしいけど生きてきた中の5分の1以上は死んでいたわけで人生を何周も遅れて歩いているような感覚だから自分の年齢を受け止めきれない 慰めで今からの人生の方が長いんだからと言ってくれる人たちがいるんだけれどいつ死ぬのかも分かんないのになーとちょっと屁理屈をこねて、でもありがたいから泣けてくる 楽しい時間が溢れていったら苦しみの記憶は居場所を失って消えるんかな ちょっとチャリを走らせた
職場で昼食をとっている時すね毛の話、もうちょっと広く体毛の話になった 隣に座っていたバイトの子はどうやら体毛が濃いことがコンプレックスだったらしい 僕もこの年でハゲるくらいだからそりゃあボーボーで、彼もそれが分かっていたらしく濃いですかー?とか意外ですね!とかの毛における社交辞的な質問もされず気まずいチームメイトとして会話を聞いていた 4人いたのだけれど僕以外みんな脱毛クリームやらブラジリアンワックスやらを使っていて、確かに気にしないこともないけど別に剃りもしないし抜きもしな
現在の不具合の原因をこの4年間に集約させて考えすぎだと言われた 僕の中では揺るぎようのない事実で、脳みそが自分で思い出さぬようにしてるくらいに多分辛くて時には過酷な、かけがえのない日々だったのだから 健康でもないけれどまぁ生きてるからいいや、なんてことを22の男が諦めでもって飲み込んで一体何が残る 見えないふりをしていただけで現実は何も変わってはいない
この1ヶ月色々あったんだけれど新しいものから ヨガサークル、スクールなるものに入ってみた 母の影響もあってスピリチュアルとか輪廻がーとかカルマが云々とかは嫌というほど聞いてきた訳で、その諸々の考え方に否定的とか受け入れているとかに関わらず吸い込まれてしまう人間になってしまったのでそこはもう諦めた さっきはじめての講義?というかセッションを終えて、まずカルマとは何ぞやというところの半分くらいを教えてもらった 母の口から出てきていないだけまだ聞けるし理解や納得するところもあった
粉物が食べたい衝動に駆られて4日連続お好み焼きを食べている 適当に作ってもうまいんだからやっぱり日本って素晴らしい 今日も今日とて日本酒片手に、そういやあ焼きそばがあっただろうから広島焼き風にしよう 冷蔵庫の上の段は酒瓶がゴロゴロしてるから早く食べ物を消費しないと腐っていってしまう だとしても明後日まではお好み焼きかなぁ 塩鯛の写真が見切れていたので再掲しときます
塩鯛 めちゃくちゃうまい 錦市場にある酒屋さんで見つけてきたんだけれど本当おいしい そこのお店と他三店でしか売ってないらしくというのも酒蔵や農家と共同で作ったものだというからそれもそうか せっかく酒を買ったのだから、これからの晩酌に備えてお猪口と徳利も見つけてきた 四条中を歩き回って陶器屋さんを探していたのだけれど全く見つからず不貞腐れていたところ出会った 徳利は大正時代のもの お猪口は明治時代のもの このほんのりとピンクに染まっているところが面白くて買った 店主のおじ
家は帰って来続ける場所であるのが健康的なんだろう 4年も引きこもりしてた僕が言ってるんだから 世間はコロナの影響で鬱々とした日々を自宅にて過ごしているらしい 収束した後に引きこもりに対するイメージが変わりそうではある こりゃあ一日中家にいたら頭おかしくなるわ!って 引きこもり擬似体験として考えてみれば違った見方ができるようになるのかもしれない 僕は心底あんな生活というか、生き存え方をしたくないから底辺労働だろうが誰の共感も呼ばない趣味だろうが家に居続けはしない みんなが出てき
5万円も入ったポチ袋をたぶん落としちゃったから来月は一ヶ月5千円生活だ というかそんなにも残らないかもしれない とりあえず払うもん払えれば良いんだけど、それだけが今の心配事だ 僕自身はなぜか昂っている ドMだからかな 何とかなるとは思ってないけどサバイバル感があって楽しい 落ちるところまで落ちてみなよって言われているのかもしれない 人生の底、人間の底と呼ばれるような状況を経験できるのはまぁそれはそれで良いのかもしれない 捨てるものも守りたいものもない でも絶望はしてない まだ
思春期のころ考えていた自分らしさとか自分の存在とは、みたいなのじゃなくてそんな空虚なところから始まる問いじゃないというか、なんで今俺は生きているんだろうっていう題目自体はそんなに変わらないんだけど、今のは中までたっぷり要因が詰まっていてどれから考えを起こしていってもこの問いに帰結するっていう 密度の濃さ、無駄にした4年間はここに凝縮されてたんだなって思った 別にスーパーハイテンションタイムが終わったから、また憂鬱な気分になっているからこんなことを書いているわけではない それも
鴨川沿いのバス停に降りると開花した桜が咲いてました とっさに撮影したのでしっかり見れていなかったのですがとても綺麗でした 今日は本当に雲ひとつない晴天だった事もあり、河川敷には家族連れやらカップルやらがお花見をしていました 家が鴨川から遠くなってしまい以前ほど気軽に行けなくなったので一足先に開花を拝めてよかったです そこでちょっと前まで近くに住んでいた写真が大好きな友達のことを思い出していました 一度も一緒に見たことがないのに、彼の知らない桜を見ているのが何故か寂しくて、
「確からしさ」みたいなものが無くなって、それは自身のことであったり周りの状況についてであったりするのですが、偽の穏やかさに満たされているような気がする 物事の理解が遅れてしまって的確な言葉や表情を当てることができないだけ、他人の言葉に怒ることが無くなったのだって引きこもりを経験したことによる他人に対して寛容さ、みたいな格好の良いものを獲得したからとかではなくただ後遺症として今現在は感情の振れ幅がとてつもなく小さくなっているから、要は何も感じなくなっているからってだけであって重
カレー生活は1週間で終わりました 今日は焼きそばの気分だったから仕方ない でもやっぱりカレーは一人暮らしの強い味方なんでめちゃくちゃ頼りにしてはいます 明日は土曜日なのでカウンセリングに行ってきます もう長いこと通っているのですがなんとなく終わりが見えてきたような気もしています 早まりすぎるのは良くないのですが何事にも終わりは来ますから 健康のこともありますから早く体を使う労働からシフトしていけるように計画していければと思っています
写真撮り忘れたので無いけど昨日のハヤシカレーの残りを食べました バイト終わって帰ってくると疲れて3時間くらいはぼーっとしている まさかバリバリの肉体労働をするとも思ってなかったので背中の怪我を治さないといけない 明日は祝日休みなので有意義な時間を過ごしたい こんなにメリハリのある生活も4年ぶりで本当に毎日疲れて楽しい でもこれからの人生を考えないと 何をするのか、何なら今の自分でもできるのか学び直すのか 何も決まってなくてどれが良いかも分かってない 大学が多いからなのかもし
ムネ肉も安かったんで今日はチキンカレー いつかパスタに使おうと思い共に引っ越してきたトマト缶を使ってみた 半分ハヤシのカレーな感じ チーズとかサワークリームを入れた時くらい辛口のルーをまろやかに、コクもめちゃくちゃ出て本当に美味しかった もっとハヤシライスっぽくするんなら豚肉のほうがいいかもしれない 材料が安い日に是非ともまた作りたい