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高校入試研究⑤ 2016年度 開成高校 国語 大問2

はじめに

このシリーズは私の授業と密かに連動しているのですが、自己研鑽にもなっています。
さて、今回扱う問題は私が最も好きな問題の一つです。控えめに言って、高校入試の小説の問題としては、最も素晴らしい問題の一つなのではないかと思います。

出典情報

出典はこちらの中から『ヴィクトリアの秘密』です。自分の性別に違和感を持つ高校生の女の子の葛藤を描いた物語です。中学生にはなかなか馴染みのないテーマで、心情把握に苦戦した人も多くいました。しかし、これでこそ開成です。

解説

問一

傍線部1「素敵な物語や素敵な色」とあるが、ヴィクトリアにとってはどのような物語や色が「素敵」と感じられたのか。説明せよ。

設問分析
内容説明。ヴィクトリアの人物像を丁寧に把握していく必要がある。

傍線部分析
傍線部を含む一文は、

だけど、素敵な物語や素敵な色が見つかることもあって、そんなときはとりわけ幸せな気持ちになった。

冒頭の「だけど」の接続を確認。直後が「素敵な物語や素敵な色が見つかる」なので、直前はヴィクトリアにとって「素敵ではない物語や色」についての描写だとわかる。
また、「見つかることもあって」という表現から、「素敵な物語や素敵な色」は滅多に見つかるものではないということもわかる。

方針
A 「素敵な物語や素敵な色」についての直接的な描写はないので、「素敵ではない」とヴィクトリアが感じている物語や色の描写の特徴をおさえ、それを反転する。

解答要素
文章前半に、「物語」や「色」の描写がある。

おもちゃ屋の女の子のコーナーに溢れるピンク色や赤色にも、男の子のコーナーに重ねられたロボットやプラモデルのごつごつとした灰色や黒色にも、馴染むことができなかった。あまりにもぱっきりと色の層が二つにわかれているので、どちらからも跳ね返されたような気持ちになったヴィクトリアは、

この直前に「ヴィクトリアは、小さな頃から男の子になりたかった。」とあるのだが、上記の引用部分から判断すると「男の子が好む」とするのは避けた方がよい。
物語については、

「シンデレラ」の映画を見たときも、シンデレラの変身後の美しいドレスよりも、変身前の灰色の簡素なワンピースのほうが好きだったので、彼女が変身するとがっかりしてしまっていた。「美女と野獣」も同じだった。ベルはごてごてしたドレスよりも、はじめの水色のエプロンを着けているときのほうが良かった。それにビーストも、変身したらあごの長い金髪男になってしまって、誰これって感じだった。ビーストのままのほうが、親しみが持てたし、キュートだったのに。

物語も色も「世間で素敵とされる物語や色」に対してはヴィクトリアは「素敵」だとは思わない。また、「男の子らしさ」や「女の子らしさ」のように、性差に基づいて区別されることにも違和感を持っている。

解答
世間で常識だとされている、性差に基づく価値観にとらわれていない物語や色。

問二

傍線部2「ヴィクトリアには秘密なんてないよ」という言葉を通して、テリッサがヴィクトリアに伝えたかったのはどのようなことだと考えられるよか。説明せよ。

設問分析
主題説明。ここに傍線を引くのが開成。最高傑作と呼ぶべき問題だと思う。

傍線部分析
この傍線部は字面通りに意味を取ることはできない。「秘密なんてない」ということは「ヴィクトリアが秘密を持っていない」という意味ではない。というのも、この場面の前にヴィクトリアはテリッサに秘密を打ち明けるシーンがあり、その前後にヴィクトリアが抱える「秘密」に対して葛藤する心中描写があるからである。だから、この「秘密なんてない」という言葉は「秘密にする必要はない」と捉える必要がある。

方針
A 「秘密なんてない」=「秘密にする必要はない」とはどういうことか
B そもそも「秘密」とはどのようなことか
C なぜ「秘密にする必要はないのか」

解答要素
A 「秘密」を打ち明けられたテリッサはこんなことをヴィクトリアに伝えている。

「なんかだるいよね、最初からいろいろ決まっててさ。まあでも、わたしはいつでもヴィッキーの味方だから、カミングアウト? とかそういうのいつでも応援するし。ていうか、自分のセクシャリティーなんて、わたしもわかんないよ」

つまり、「秘密なんてない」とは「隠す必要なんてない、堂々と公にすればよい」ということだと解釈できる。

B ヴィクトリアにとっての「秘密」とは何か。テリッサに「秘密」を打ち明けた直後、テリッサは、こう言った。

「どうして男になんかなりたいのよ、ヴィッキー。男がどんだけバカで、救いようがないか、わたしたちよく知ってるじゃない! 学校でさえあれなのに、社会に出たらもっと酷ひどいことになるんだよ。 わたし、ヴィクトリアに男になんかなって欲しくない!」

ここだけを見ると、ヴィクトリアの「秘密」は「男になりたい」ということだと読み取れてしまうが、そう単純なものではない。やりとりの後で、ヴィクトリアは、

「確かに彼はキュートだよね。あー、でも今はじめて口に出してみたら、男になりたいっていうのも違うかも。なんだろ、なんかずっと違うんだよね、何なのかよくわかんないんだけど」

と述べている。
さらに、その後の心中描写で、

カミングアウトか。ヴィクトリアは頭の中でその言葉を反芻はんすうしてみる。今の自分をカミングアウトするとしたら、どうなるんだろう。自分の性別に違和感があるけど、別に女の子が好きなわけじゃなくて、実は好きな男の子もいるし、でも将来的にはわからない。こういうのは、どれにカテゴライズされるの?

このように書かれているので、ヴィクトリアの「秘密」は「男になりたい」のではなく、「自分の性別に違和感を覚えている」ということだとわかる。

C ではなぜ「秘密なんてない」とテリッサは言ったのか。ここを書ききるのは正直いくら開成受験生だとしてもかなり厳しいのではないだろうか。というのも、はっきりとした描写がないのである。
世間では、「常識」に当てはまらない人に対しての風当たりが強く、「秘密」にしてみんなと同じふりをしていなければ傷ついてしまうこともあります。しかしそもそもヴィクトリアの趣味嗜好や性別に対する違和感は、「秘密」にしておかなければいけないようなことなのでしょうか?テリッサはヴィクトリアの友人だからこそ、「ありのままでいてほしい」と思い、「秘密なんてないよ」と言ったのではないかと私は思います。

解答
ヴィクトリアの趣味嗜好や自分の性別に対する違和感は、世間で常識とされている価値観とは異なって入るものの、悪いことではないのだから隠す必要はなく、堂々と公にすればよいということ。

おわりに

このクオリティの問題を作れるのは、さすが開成というところでしょうか。難しい問題ですが、一度解いて見る価値はあると思います。開成の問題を解いていると、指導者側も試されているような気になり、もっと精進しなければなあ、と思わされます。
最後までお読みいただきありがとうございます。

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