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素直な人が、仕事に愛される


約10年前、地元の小さな出版社に、私は当時唯一の新卒として入社した。

年の近い先輩は1人だけで、主婦の方や年配のベテラン社員が大半を占めていた職場。新卒の初々しさだけで、優しくしてもらえたし可愛がってもらえた。

ただ、業務についてはかなり激務だった。
希望したのは編集職だったが、もちろん編集経験など全くなく、まずは業界の経験を積みなさいということで、採用されたのは広告営業職。

大手企業のような新人研修もなく、簡単なロープレだけ行った後は、即実践の方針だったので、毎日激務でそれなりにプレッシャーもあった。いち早く即戦力にならなければいけないと、エンジン全開で日が変わるような時間まで毎日仕事に明け暮れた。

負けず嫌いな私は、とにかく毎日飛び込み営業やテレアポをし続けた。
実際何日か営業活動をしつづけてみると、人と話すのはもともと嫌いじゃなかったのと、新卒ブランドがウケたこともあり、割とすぐに結果がついてきた。

入社2ヶ月後には、自分で提案した企画を、全て自分の広告営業だけで成立させた。
「こんなすぐに結果を出せるなんてすごいよ!」だとか「期待のルーキー!」だとか、気持ちいい言葉をかけてくれる優しい職場のお姉さんやおじさんたちの言葉を真に受けて、調子に乗った。
もしかして、自分はちょっとすごいのかもーー。まだ社会のことを何も分かってやしないのに、地元の小さな世界の中だけで天狗になっていた。

それから、フランクに接してくる当時の上司や先輩に甘えて、自分の態度も横柄になり始めた。結果があまりついてこない人のことを心の中で下に見たこともあったし、まだ研修期間だった同級生たちと話していても、内心(まだそんなことしか出来ないのか)などと軽んじることもあった。


そんな時、職場の中で1人だけ苦手な人ができた。その職場で最年長のベテラン男性Aさんだ。
他の社員さんが今まで通り優しく接してくれている中で、仕事のことは何一つ褒めてくれなくなった。叱られることの方が圧倒的に増えた。

広告をとってきても、値引きをしたことに叱られる。企画を成立させても、ボリュームが物足りないと言われる。納期ギリギリの仕事ばかりどんどん振られる。いつの間にか、褒められることなどなくなった。

周りは「それだけ期待されてるから強く言われるんだよ」と言ってくれるけれど、私より結果が出ていない人もいる中で、なぜか私にばかり厳しい指摘をしてくるそのベテラン男性Aさんのことが、苦手だった。



1年ほど経った頃、私は広告制作で電話番号を間違えるという大きなミスをした。もちろんものすごく落ち込んだし反省したし、自分のチェックの甘さを痛感した。

謝罪対応やお詫び文の掲載など、初めての対応にあたふたしながらも、心から申し訳ないことをしたと、関係各所へ詫びの連絡を入れていた。

最後に、電話番号を間違えた先への謝罪が残っていた。
どう謝罪すれば許してもらえるのか。賠償だとかいう話になったらどうしたらいいのか。入社後最大の試練がやってきた。

とはいえ、この会社は謝罪マニュアルが確立されている訳でもなく、直属の上司が謝罪の方法を教えてくれるわけでもなかった。誰も助けてくれやしない。


ああ、余計に怒らせたらどうしよう......。不安がのしかかってきたその時、Aさんが突然「僕が対応するから一旦何もしなくて大丈夫」と、謝罪対応を引き受けてくれたのだ。

広告業界一筋、数十年営業をしてきたAさんは、驚くほど丁寧かつ腰の低い謝罪をし、相手を怒らせることなく、いとも簡単にトラブルを解決してくれた。

すぐにAさんにお礼を伝えると、

「電話番号は絶対にミスしてはいけない部分だというのに、何をやってるんや。」
かなり厳しく叱られたあと、

「ただ、ミスをするのはそれだけ仕事をしている証拠。よく頑張った。ただ、これからはもっと仕事に対して素直に向き合いなさい。素直であれば、お客さんにも仕事にも愛される。困ったら誰かが助けてくれる。だから素直な人ほど長い目で見た時に大成する。」

と、愛のある言葉をもらった。


この日まで、働いていてこんな真っ直ぐ指導をされたことは、ほぼなかった。だから咄嗟に身体がこわばった。怖かった。でも、嬉しかった。

社会を知らず、世間を知らず、周りへの感謝も忘れていた私の傲慢だった部分も、結果だけを追って素直さを失っていた部分も、それでも一人前になろうと奮闘していた部分も、全て見てくれていたのが、Aさんだった。
一番苦手だったはずのAさんは、私のことを一番大切にして接してくれていたのだと思う。



あれから約10年。

職場も変わり、30代になってある程度自分で仕事を進めていく立場になった今、素直さがいかに大切かを身をもって痛感している。

仕事は、人と人とのつながりがあって生まれる。だから、相手に対していつも素直で誠実な心をもって接していないと、いつか絶対にボロが出る。

どれだけ仕事ができたって、結果を出せていたって、素直に仕事と向き合っていなければ、その先の成長には繋がらない。反対に、ミスをしたり迷惑をかけたりすることがあっても、素直な心で仕事と向き合っていれば、必ずそのミスは次へと繋げられる。

良いことも悪いことも、全てを素直に受け取って成長に繋げられる人こそが、仕事に愛されるのだと思う。
社会人として、いや、人として大切なことを、私は苦手だったAさんから教えてもらった。


働いていると、一定数苦手な人は現れると思うし、全ての人を好きになれなんて思わない。
ただ、厳しいことを言ってくれる人のことを、単に苦手だと決めつけて距離をとらないでおきたい。その言葉の中には、成長のきっかけがあるはずだから。


Aさんの連絡先は知らないし、今仕事をされているのかどうかも分からない。お会いしても、ちょっとビクッとしてしまいそうだから、お礼も直接伝えることはないと思う。


ただ私にできることは、Aさんから学んだことを、これから先出会う後輩たちに伝えていけるようになること。
それがAさんへの恩返しだと信じて、明日からも素直に仕事を愛しながら生きていこうと思う。



#心に残る上司の言葉

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おかゆ
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