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歳時記を旅する55〔きりぎりす〕中*欄外の父の書き込み木の葉髪

佐野  聰
(平成三年四年作、『春日』)
実盛ははじめ、鎌倉の源氏の棟梁・源義朝と対立して討たれた義朝弟義賢に従っていたが、後に義朝に仕えるようになった。しかし、義賢の恩も忘れず、義賢の遺児・駒王丸をかくまい、密かに信濃の中原兼遠(妻が駒王丸の乳母)のもとに送り届けた。この駒王丸が後の木曾義仲である。
 義仲は、篠原の戦いの後、平家の武将の首を池で洗わせると、墨で塗った黒い髪がみるみる白くなり、幼い頃に命を救ってくれた実盛の首だとわかった。義仲は人目もはばからず涙したという。実盛は出陣前からここを最期の地と覚悟を決めており、老いを侮られないようにと白髪を黒く染めて出陣したのだ。
多太神社の兜は、義仲が後に、戦勝祈願のお礼と実盛の供養のために奉納したものである。
 句は、家の蔵書にふと父の筆跡を見る。自身の姿をあらためて見つめれば、その父の歳に近いことに気付いた。
  
(岡田 耕)

(俳句雑誌『風友』令和六年十月号「風の軌跡ー重次俳句の系譜ー」)

写真/岡田耕 (多太神社)


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