鑑賞*山宿のテーブルごとに草の花〔拡大版〕
磯村 光生
お客様を快くお迎えする姿勢を表す日本語「おもてなし」。
似た言葉に英語のホスピタリティがあるが、ホスピタリティは存在する相手に対するもので、おもてなしは相手が存在しないときにも心を配る点が異なる。
ある年の七月に軽井沢のペンションに泊まった。
ご夫婦の経営で開業四十年を迎えたとのこと。ここまで続けられるのは、生涯現役を続けるという頑固なオーナーと、関西弁でおしゃべり好きなご夫人のお人柄がお客様を惹きつけるからなのだろう。
何より細かな心遣いがうれしい。朝食では、手作りのミネストローネ、嬬恋高原の牛乳。添えるサラダには手作りのドレッシング。お客様が席に着いてから出される焼きたての手作りロールパン。
ホテルのビュッフェで、何十もの品目を何十人もの人に提供する食事と違って、作る人、食べる人のお互いの顔が見えるのがいい。
そしてテーブルには、小さな一輪挿しに濃い紫のホタルブクロが挿してある。
翌朝、あたりの別荘地を散歩すれば、道端にもそのホタルブクロが所々に見つかった。
句の「草の花」は、季節が進んで秋の草の花。
夏の花よりずっと地味で、野にあっても気づかないほどの花だろう。
それが活けてある宿は、どんな高級ホテルも真似できない、季節を取り入れた最高のおもてなしなのだ。
(岡田 耕)
(俳句雑誌『風友』令和六年十月号)