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歳時記を旅する17〔蜩〕前*ひぐらしやわが名を探す寄進札

土生 重次
(昭和六十年作、『扉』)
 箱根神社で毎年七月三十一日に湖水祭が行われる。
日も暮れかかる十八時、芦ノ湖の湖岸での神事の後、宮司一人が和船に乗って湖心に進み、「御供」と呼ぶお櫃に納めた赤飯を龍神に捧げる、という神事を行う。
 蜩の初鳴きは、芦ノ湖付近では、六月下旬から七月上旬である。
蜩の鳴く時刻は、朝夕の薄暗い時にだけである。薄暮の湖水祭の神事のときは、境内が蜩の声に包まれていた。

箱根神社は奈良時代の初期、万巻上人がご神託により現在の地に里宮を建て、箱根三所権現と称え奉り、中世には武家による崇敬の篤いお社として信仰された。
源頼朝は小田原と三島市の社領を、小田原の北条氏は、永楽銭の莫大な地銭を、徳川家康は三島市の社領を寄進している。

 句は神社か仏閣か、薄暗い境内で多くの寄進者の札の中から自分の名を探す。慎み深くもあり、微笑ましくもある。


(岡田 耕)

(俳句雑誌『風友』令和三年八月号「風の軌跡―重次俳句の系譜」)

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