【目印を見つけるノート】265. しあわせはどうですか
今日は図書館に行こうかな。
⚫知性と教養
この前のnoteでシモーヌ・ヴェイユとシモーヌ・ド・ボーヴォワール、ふたりの智恵ある女性の会話を出したのですけれど、その違いのことをしばらく考えていました。
ひとつのテーマについて、すぐに結論を出したり、まとめたりできなくて。しばらく考え続けるのが好きなのです。
そこで今はヴェイユを「実践」しています。
あの方はつくづく、まっすぐな方なのだと改めて感じています。
noteでも自分で考えて書かれている、行動されている方のものが好きです。
文章は仕事でもプライベートでもけっこう見てきましたので、「うわべだけキレイ」とか「どこかに書いてあったかも」というものは分かりますし、そう感じるとだんだん見なくなりますね。
おっ、自分のことは棚に上げていますね😅
ふたりのシモーヌについては折あるごとに思い出して考えますが、「知性と教養」をふたりとも持っていました。もちろん、フランスの最高学府で学んでいたのもあるのでしょう。ただ、それだけではない。
この言葉はよく併せて使われますが、頭がよいのがイコール知性的というのではないと思いますし、蘊蓄を語って周囲に敬意を抱かせるのが教養ではないということにも気づいています。
ふたりのシモーヌの方向は違っていましたが、ふたりとも、
実践して、
思索を深めて、
本質を見極めて、
望ましいかたちを追求する、
という共通点がありました。
アンガジュマン(engagement)という言葉で表せるかしら。サルトル、全部読んでいないのでこの辺りで退散😅
知性や教養は「目的」ではないのですね。
そこを大いに学びたいとずっと思っています。
哲学の学びがどうにも中途半端なので、そこも今後の課題です。はは😖
⚫あなたのしあわせはどうですか
22日で『鎌倉もののふがたり』の番外編を終えました。
次は、『16世紀のオデュッセイア』の10章を書き始めて、もうひとつ今年中に着手しようと思っています。着手、であって完成ではないですのであしからず。
楽しみです。
次のお話を書こうと思えるのはしあわせです。
見られないかもしれないと何度もあきらめかけたライブが見られたこともしあわせです。
大切な友人と確かにつながっていると感じられたことがとってもしあわせ。
足りないもの、困難なことも逆に見れば、「他の人にもある」ことだと気づけたから、しあわせなのかもしれません。
ぜんぶ、しあわせな奇跡だと思っています。
みなさまにとってのしあわせはどうですか。
たくさんのしあわせが降り注ぎますように。
note投稿も都合370を越えました。
目を通してくださるみなさまのおかげです。
ありがとうございます。
私の感謝の気持ちを込めて1曲。
SAM & DAVE『I Thank You』
それでは、メリー・クリスマス✴
尾方佐羽