【目印を見つけるノート】162. ポールとリンダのような関係は憧れです
きのうは小説の更新が1時間半ほど日付を超えてしまいました。寝落ちしそうになりましたが書いている。自動筆記に近いものがあります。
スヴェーデンボリ(17~18世紀の神秘主義的著述者)かしら。いや、怠け者なだけでしょう。
きょうでその小説も書き始めてまる3年経ちました。章と章の間で2~3週間、参考資料の確認などで中休みをいただきますが、それ以外はおおむね週2回更新するようにしています。今の第9章はあと17年分書いたら終わり、第10章に移ります。今年いっぱいかかるでしょう。
直したいところは、あります。
(明らかに本筋に関わる間違いは直します)
もっと詳しくできたなと思うところも、あります。
くどく書きすぎたなということがらも、あります。
ただ、いまは話を進めることを中心にしようと考えています。
こう書いていて、
「ああ、人生にもそんなところがあるかも」
と苦笑しました。
あ、磔磔の配信ライブのアーカイブ、3日かけて見終わりました。
やっぱりじかに見たい😢
⚫定義できない関係
この前、ついつい短編小説を書いて、投稿してしまいました。「◯◯です」と定義できない関係について書きました。
私は友達といえる人が多くないなと思います。
やや広げて、携帯のリストを見てもそうですね……ポンと連絡しても間違いなく大丈夫だと思うのは20人ぐらいではないでしょうか。実際に会う人ではその程度です。それ以上に人との交流を広げると、生活のバランスが少し傾くように思いますので、この貴重な方々がいればいいかなと思ったりします。
あ、いまは生活のバランス、平常ではないですけれど。
小説とは異なりますが、「◯◯」と定義できない関係というのが私にもあります。相手の方がどう捉えているのか分かりませんのでこれ以上書けませんが、少なくとも、私にとってはかけがえのない、大切なものです。
⚫「コメント」に思うこと
SNSなどをやっていると、そのような「つながり」が無限に広がっていくように思えることもあります。ただ、それが現実の友達に近いものなのかと言われると、ちょっと違うような気もします。
ですので、しばし観察しようと思うのです。
私は美しいものが好きで、美しいプロダクトを見るのが好きで、音楽がとても好きで、知らないことを学ぶのが好きです。noteでアンテナがピピピと立つと、バックしてくれるかどうかなどとは思わず、すぐにフォローします。
素晴らしいと思えばコメントも入れたりします。素晴らしい以外ではほとんど入れません。
こういうことがありました。
あるnoteにさりげなくコメントを入れたときのことです。続いてコメントを入れた方が、おそらく前からつながっていらっしゃる方で、同様の方がまたコメントを入れていらっしゃいました。
そうですね、転入生がクラスメートに話しかけてみたら、
「ねーねー」と後から人が複数来て、知らない話題になってしまうような。
アウェー感が半端なかったですね😃💦
なので、その方のnoteにコメントを入れるのはやめました。
現実でも見られる事象です。
幸い、そのようにはっきりした例は以降はありません。ただ、コメントについて思ったことは他にも何度かありました。
結局は人の距離の取りかたなのかなと思ったりします。
⚫あっさり濃い目が好きみたいです
歴史小説を書いて公開していることもあるのかと思いますが、どの時代の、どの国の人もフラットに捉えています。そして、書き込む人については踏み込みます。その意味で、例を出せば、マキアヴェッリやミケランジェロは友人ぐらいに思っていたりします。あ、水野勝成や宮本武蔵もそうですね。
それは、個人の事情に踏み込むということではありません。調べますけれど、ミケランジェロの嗜好などは特に評価しません。
なぜマキアヴェッリは古代ローマの歴史から語り起こして、16世紀の政治体制を描こうとしたのか。
なぜミケランジェロは自分を削るように、システィーナ礼拝堂の天井画や祭壇画やあまたの彫刻を完成したのか。あるいは完成しなかったのか。
このような、その人のうわべだけではない本質、ナマの情熱のありかを知るためには、友人のように向き合うのがいちばんなのです。もちろん、現実で何の関係もないこともよく分かっています。
そのような、あっさりで濃い距離感がいいのかなと思います。
こってり濃いのは特別限定品です😉
♪
以下は男女のことになりますけれど、
ポールとリンダ・マッカートニーのようなつながりはいいなと思います。音楽があって、挫折も幸せも人生も分け合って、それがふたりの基盤になっていった。
超特別限定品級です。
とても憧れます。
これは、ポールがリンダのことを歌った曲です。
『Maybe I'm amazed』(Paul McCartney & Wings)
この歌で、ポールは「おまえは俺のもの」なんて言いません。「どうしてそんなにぼくを愛してくれるの、ぼくは中途半端で何もわかっちゃいないのに」(意訳さわ)と相手がくれた愛の大きさに驚いているのです。そして、自分も相手なしではいられないことに驚いている。
ちょっとおそるおそるなところが、「信じられないぐらい驚いている」というように少し引いて見ているところが、逆に強い気持ちを感じさせます。
いいですね。そんな風に愛し合えたら。
⚫お籠りクラフトとばら
また、真田紐のシンプルチョーカーのサンプルをせっせと作っていました。留め具の補給が必要です。
ばらは水やりを少なめにしました。
それではまた、ごひいきに。
おがたさわ
(尾方佐羽)
追伸 雨の日でお出かけが大変です。あまり濡れませんように。よい旅になることをお祈りしています😌