有吉佐和子『恍惚の人』を読んで
最近、珍しく読書ブームが到来しており、とあるブログで見かけた『恍惚の人』(有吉佐和子さん)を読みました。
1982年に発売され、当時、流行語にもなるような社会現象を巻き起こした作品だそう。
認知症と介護が題材となっています。私は昭和時代とか自分が知らない時代が舞台となっている本を読むのに苦手意識があったのですが、これは物語にのめり込んで、一気に読み切ってしまいました。
私は両親が共働きで、学校から帰ったら祖父母の家に居ました。厳しくも優しい祖父母に育てられ、両親よりも親らしいといっても過言ではありません。そんな祖父母はまだ認知症にはなっていませんが、いつなってしまうんだろう‥と漠然と不安に思っています。
祖母は数年前に頸椎の手術をして、一時は箸も持てない状態でしたが、本人の意地というか、負けず嫌いの性格からか、リハビリを続けて今はほとんどのことが自分でできます。(瓶を開けたり、細かな作業は難しいのですが、もともと裁縫が得意だったので、力が要らない作業であれば意外とできます。)
祖父は1年ほど前に喉に腫瘍(良性のもの)ができてしまい、切除にあたり気管切開し、スピーチカニューレを使うようになりました。
孔を塞げば声は出せますが、以前よりは格段に話す回数が減り、近所の人にもなかなか会っていないようです。あまりこもらないでほしいのですが、もともとあまり趣味があるわけでもないので仕方ないのかな。
PCで麻雀をするのが好きで、以前は「まーた麻雀やって‥」とうんざりしていましたが、今となっては認知症予防に良いので、続けてくれてよかった、とさえ思っています。(最近麻雀のルールを知って、意外と頭を使う競技だなと、知りました。)
そんな祖父母の存在が頭の片隅にある中で、『恍惚の人』を読むと、他人ごとではないな、考えないようにしていたこと、後回しにして逃げていたことと向き合わないとと思えました。
認知症は、きっと、家族だから辛い。家族だから、好きだからこそ残酷なんですね。自分の好きな人が自分のことを忘れてしまう、自分の好きな人の行動に悩まされ、眠れない日々、仕事を続けられなくなってしまう、とても辛く、正直考えたくありません。
でも、現実ではそんな家族がたくさんいる。仕事の同僚も、もしかしたら知らないところで、そんな経験をしているかもしれない。
向き合わなくてはいけない、準備しないといけない。逃げたくない。
そんなことに気づかせてくれた作品でした。
この作品は、「こうすべきだ」ということを示しているものではないと思います。主人公や登場人物のそれぞれがとった行動が、正しいのか正しくないのか私には分かりませんでした。
だからこそ、それぞれが、私ならどうする、今の日本ならどうする、将来どうする。とうことを考えられるのだと思います。私はその点で素晴らしい作品だと思いました。
あと1ヶ月で祖父母にも会えます。ふとした時に会いたいなと思う存在。早く一緒に暮らしたいな。きっと、一緒に住むとイライラすることも正直あると思いますが、楽しいことだって、今しか得られない時間だってあると思います。
同じ0なら、最初から0より、プラスマイナス0がいい。