しかめっ面deレコード収集 第2回「VSシュガー・ベイブ」
給料日がやってくると、多少なりとも経済的な余裕が生まれたのをいいことに、ぼくはレコードを収集する旅へと出る。ひとつレコード屋に入ってみるとだいたい10枚ほどのめぼしいレコードに出会うわけだから、5つのレコード屋に入ればめぼしいレコードの数は、複雑な計算を経た結果、500枚ほどになってしまう。そんな膨大な数のレコードを余すところなく連れて帰ることができれば、そりゃいいのだけれど、いかんせんお金もないし、相変わらず部屋も狭い。なので、膨大なレコードのなかから欲しいものを厳選して手に入れる必要があるというわけだ。だからぼくは、お店に入る前に、「この店ではこのジャンル(たとえば「日本人」とか「ジャズ」とか「ソウル」とか)に焦点をあててレコードを探す」と決め、基本的にはそのジャンルの棚のみを覗くようにしている。これは貧乏なりの工夫である。
もし仮に、4月をまるまる使った「24時間×31日テレビ」なんてものが存在すれば、みんながサライを歌い始めるであろう4月下旬、ぼくは入ったばかりの給料を手に、京都市内のレコード屋を巡った。ちょうどその日の夜は、毎月ぼくがS.O.U.という出町柳のカフェ・バーの営業の隅っこでDJをさせていただいている「第4火曜日のレコードDJ」の予定だったので、「最後の追い込みだ」と意気込み、レコードを収集するため、雨のなかバスに乗って河原町三条へ向かった。
まずは、初めて訪れる“ブーツィーズ・レコード・ショップ”というお店に向かう。ひと昔前の、薄暗くて空気もあまりよくなさそうな、だけどどこか懐かしい感じのレコード屋だけれど、まぁレコードの数は十分である。ジャズや洋モノが強いという印象を受ける一方で、日本のものはほんとうに僅かなスペースしかあてがわれていないのは少し残念だけれど。ぼくはこの日はシティポップを中心に探すことに決めていたので、今日この店には用がないと判断し、隅の方にあった映画『ジンジャーとフレッド』(フェデリコ・フェリーニ監督作)のレーザー・ディスクを200円で買って外へ出た。
そしてたまたま通りかかったギャラリーの透明なガラス戸からモノクロ犬と目が合い、Kyoto Graphyの一環で行われていた森山大道の写真展にふらっと立ち寄ってみるなどして、黄色がイメージカラーの“トラドラレコード”へと向かう。ここは以前からときどき立ち寄るレコード屋で、幅広いジャンルを満遍なく、適当な値段(決して安くはないが、べらぼう高いわけでもない)で販売しているレコード屋である。トラドラの「日本人」のコーナーには、レコードが4箱あるいは5箱並び、しかもそれが2段もあるので、すなわち合計8~10箱分もある。そんな日本人コーナーから、帯の有無、ジャケットの状態などで値段が異なる伊藤銀次「BABY BLUE」を3枚ほど見つけ、そのなかでいちばん値段の安いもの(たしか790円だった)を手に入れた。
そのあと、同じく黄色い看板で有名な“龍鳳”という中華屋で腹をこしらえ、レコード収集を再開する。ちなみに、ここまでレコードに使ったお金は990円となかなかに抑えられているので、まだしかめっ面になることなく新京極商店街を歩けているが、新京極商店街にあるはずのスーパーミルクというレコード屋が見当たらない。定休なのか、あるいは閉店してしまったのかと少々不安になりながら(後日訪れるとちゃんと存在していたのでひと安心)、“poco a poco”という寺町商店街内のレコード屋に入るために地下へ降りてゆく。1年前、『逆光』という映画の宣伝活動をしているときに、監督・主演の須藤蓮くんとこの店にポスターを持ってきたなぁなんて感慨にふけりながら階段を降りていると、いまだに『逆光』のポスターが壁にかけられていたのでなんだかうれしくなったが、今日はめぼしいものが見当たらなかったのでそそくさと店を出てきた。
寺町通りを北上して京都市役所の方へ行けば“100,000tアローントコ”、“ワークショップ・レコード”、“ハード・バップ”などの中古レコード屋が集中しているので、そちらへ向かう道すがら、“かに道楽”の向かいにある“ハッピージャック”へ立ち寄る。ここは昨年の冬に訪れて以来のお店だ。暖房の暑さに耐えられず、冬にも関わらず汗をかいて出てきてしまった。そして今回、まだ暖房をつけているのか、ただ熱がこもりやすいのか、以前よりも店内の暑さは増しており、レコードなんて落ち着いて探す余裕もなく、相も変わらず汗をかきながら店を出る。なので、ここまでレコードに使った金額はまだ990円。表情に余裕はある。
傘をさして100000tアローントコにたどり着き、日本人コーナーを漁ってみるがなかなか出会いたいモノに出会えない。京都市内レコード収集旅も後半にさしかかり、そろそろ収穫量に不安を覚え始めたぼくは、とりあえずフランク・シナトラのレコード(フランク・シナトラのレコードは何枚あってもよい)を1,000円で購入し、上の階のワークショップ・レコードへの階段を登った。
ワークショップ・レコードの日本人コーナーに加藤和彦のレコードを見つけた。だがしかし、ぼくがいま欲しい加藤和彦は「ガーディニア」というアルバムであるので今回は見送ることとして、他も漁り終わって店を出ようとした。そしてそのとき、壁にかかったシュガー・ベイブ「SONGS」のジャケットが目に入ってきた。かの山下達郎と大貫妙子が所属していた(村松邦夫や、一時期は伊藤銀次がギターで、映画の翻訳で有名な寺尾次郎もベースで参加していたらしい)という伝説のバンドだ。
そんなバンドの唯一のアルバム「SONGS」がぼくの目の前にある。価格は12,000円。体中の血液の温度が一気に上昇した。これはぼくとシュガー・ベイブ、お互いの威信をかけた意地の勝負だ。シュガー・ベイブのレコードなんてなかなかお目にかかれるものでもない。しかも価格は12,000円。無理をすれば手に入れられる。しかし、ぼくは貧乏な学生だ。いくらシュガー・ベイブとはいえ、たった1枚のレコードに12,000円もの大金を支払うことが許されようか。いや、許されないような大袈裟なことではないけれど、きっとここは我慢をしておいた方がいいのではないか。12,000円もあれば3週間分くらいの食費にはなる。現実を見るために頭を冷やそう。そう思い、シュガー・ベイブに別れを告げて店を出た。そこからの記憶は曖昧で断片的なもので、ぼくは気がつけばシュガー・ベイブのレコードを手に、しかめっ面で街を歩いていた。たしか、店を出てから、近くにある便所で用を足した。そしてふと気がついてみれば銀行で12,000円をおろし、次の瞬間にはシュガー・ベイブのレコードを壁から外していた。そのようにしてぼくはシュガー・ベイブとの闘いに勝利し、シュガー・ベイブをうちに連れて帰ったのである。
よく考えてみれば、12,000円のレコードを買うとする。たとえば、1回しか再生しなければ1再生あたり12,000円だけれど、2回再生すれば6000円。10回再生すれば1,200円。100回再生すれば120円というわけなのである。レコードというのは回せば回すほど、お得になっていくものなので、溝が溝でなくなるまで回転させればよいだけの、至極単純な話なのである。
そんなことを考えながら、追い討ちをかけるように“アートロック・No.1”というレコード屋に入り、以前目星をつけていたEPOの「うわさになりたい」(最終曲はシュガー・ベイブ「Down Town」のカバー)を購入し、帰路についた。そんなわけで、当日の「レコードDJ」では、シュガー・ベイブや伊藤銀次のレコードが常連のおじさんたちにウケて、ぼくも終始上機嫌であったというわけなのである。
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