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【短編/全3回】箕形原物語(2) 〔1100文字〕
犬猿
鳥居と成瀬は年も近く屋敷も隣同士、そして徳川家中きっての「不仲」である。
寒風吹き晒すある日、鳥居が庭に出ると隣の成瀬が植木の手入れをしていた。鳥居は「しめしめ」と思い、屋敷の下男に「今すぐ庭にタライを出して湯を溜めよ。」と命じた。
「このような寒い日に風邪を引かれますよ。」下男の心配を他所に鳥居は悠々と行水を始めた。
「こうやって毎日行水をするのが武士の嗜みじゃあ。首に垢が溜まっておったら、戦で首を刎ねられたときに末代までの恥さらしじゃからな。どこぞの田舎侍はこんな嗜みはせんじゃろうなぁ。」鳥居はカラカラと言い放った。
鳥居の声が否が応でも耳に入り、成瀬は立腹した。自らも庭にタライを出し、水を溜めて行水を始め、高らかにこう言った。
「このような暖かい日に湯水を使って行水するとは、さすが臆病侍。いや、ぬるま湯侍か。」
鳥居はカッとなり、負けじと下男に持ってこさせた氷でもって、ゴシゴシと首まわりを洗い出す。
それを見た成瀬は綱に砂袋をつけジャリジャリと首に擦りつける。
怒髪天に達した両人は、ついに刀を持ち出す。偶然通り掛かった家老の酒井左衛門忠次は驚いた。なにせ白昼堂々と裸の男らが斬り合いをしているのだから。
酒井は丁度そこにあったタライの水を打ちかけた。酒井が止めに入らなければどちらかは死んでいたであろう。
「近く甲州勢がこの遠江に攻め寄せてくるやも知れんと言うのに何をやっておる!今、徳川は一将たりとも欠けてはならんのに、真昼間から私闘とは。何とたわけたことよ!」と拳骨による制裁を両人に加えた。
「お主らの遺恨は三河一揆以来のことじゃろうが、今は同じ主君のもとではないか。ここは儂の顔に免じて仲ようせい!」酒井は両人の腕をぐいっと掴んで引き寄せた。
酒井の言葉は家康の言葉と同じ。文字通り水を差された両人。頭も冷えてきた。
「くっ、ならば四郎(鳥居)よ。次の戦でどちらが多く敵を討ち取れるか、勝負は持ち越しじゃ。」成瀬は搾り出すように鳥居に言った。
「ふんっ!勝負にもならんが、負けた側は勝った側の言うことを一生聴くならば応じようではないか。どうじゃ」鳥居は腕に自信があるのか、斜に構えて成瀬の申し出を鼻で笑った。
「まあ何でも良いではないか。争うならば武功を比べ合え。それが武士じゃろう。次の戦働き、楽しみにしておるぞ。これを二人で分けい。」酒井も納得してばっと手を離し、鳥居に小銭袋を渡して立ち去った。
往来に残されたのは裸の二人。何とも情け無い姿である。
◇
【短編/全3回】箕形原物語(3) 〔1000文字〕へ続く