資格と経験
第4章 小売業としての本屋(2)
本屋をはじめるのには、何かの資格や免許はいらないのですか、とよく聞かれる。
少なくとも日本においては、税金を支払うために、個人事業主として登録するか、法人をつくって登記する必要はある。古本の売買を行う場合は、古物商の許可を取る必要もある。けれども、あとは仕入先さえ確保し、本を揃えられれば、特別な資格はいらない。
資格はいらないが、経験はあればあるに越したことはない。
特に、まとまった量の新品の本を、取次から仕入れて扱うような店は、特殊な部分の多い仕事でもある。一日の業務はどのような順番で流れていくのか、日々の入荷をどのように陳列して販売するのか、どのようなものをどのようなタイミングで返品するのか、どのような方法で発注するのか。そもそもこれは返品できるのか、これは発注できるのか。業務が滞ってきたときに何を優先すべきか、他のスタッフにはどのように接すべきか。などなど、日々の細々としたことは、やはり経験があればあるほどよい。本書冒頭で述べたような、書店後継者二世を育てるための研修があるのも頷ける。
また、古本の買取を行い、古書組合に入り交換会に参加するような店も、経験があるほうがよさそうだ。何より難しいのは、値段の付け方と、それの伝え方だろう。個人の蔵書に値段をつけることは、まるでその人の頭の中身の価値を決めるようにも捉えられてしまう。経験を重ねることで、自分なりのやり方がつかめるはずだ。自分の店では、どのようなものに価値を認めるのか。どのような商品を棚に並べ、どのような商品をワゴンに出し、あるいは交換会に出すのか。未経験ではじめる人も多いようだが、やっていくうちに失敗を重ねながら学んでいくのだろう。
もし経験がなければ、まずはアルバイトからでもよいので一度、勤めてみるのもよい。福岡の新刊書店「ブックスキューブリック」の大井実社長もそうしている。
37歳の時、ほぼ20年ぶりに、ほとんど身ひとつの状態で、生まれた場所である福岡に戻ってきた。本屋を開くことだけは決めていたが、もちろん、いきなり始められるわけもない。実地修業として、まずは書店でアルバイトすることを考えた。
(……)書店業界の特殊な仕組みや日々の業務などを現場で学ぶことができたのは本当に貴重でありがたかった。
大井実『ローカルブックストアである 福岡ブックスキューブリック』(晶文社、二〇一七)二六~二七頁
大井氏は「社員が全員私より年下」という環境で、「書店でのアルバイトを朝8時から午後3時まで続け、それが終わった後は、物件を探すために自転車に乗って福岡中をひたすら走り回るという生活」を一年ほど続け、運命的に出会った物件でブックスキューブリックを開業した。
もちろん本書には、ぼくが経験を通じて得たものを、出来る限り詰め込んでいるつもりではある。けれど「習うより慣れろ」ということばの通り、実際の経験を通じて学べることはとても大きい。本を読んでいきなり開店するよりも、まずこのような経験を積むことが結果的に、近道であることも多いはずだ。
※『これからの本屋読本』(NHK出版)P163-P165より転載
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