これからの街の本屋
第9章 ぼくはこうして本屋になった(7)
二〇一二年七月、東京・下北沢に「本屋B&B」という、三〇坪の新刊書店をオープンした。二〇一七年一二月、近所に移転して四五坪になった。コンセプトは「これからの街の本屋」。博報堂ケトル代表取締役社長の嶋浩一郎氏と共同で経営している。
嶋氏とは知り合ってすぐに意気投合して、飲みに行ったり仕事をもらったりするようになった。本屋をつくるきっかけになったのは、二〇一一年五月に発売された雑誌『BRUTUS』の「本屋好き。」という特集号の制作にあたって編集部から声をかけてもらい、一緒に参加したことが大きい。東日本大震災が起こり、その直後の時期に、全国の本屋を取材に回ることになった。二〇一一年は、今年こそ電子書籍元年だと言われていた年でもあった。取材しながら、あらためて街の本屋の重要性を互いに感じ、「紙か電子かではなく、すべてを楽しめるのが一番豊かな本の未来に決まっているのだから、そういう時代でも続けられる、小さな本屋の新しいビジネスモデルをつくるべきだ」と、ビールを飲みながら何度も話し合った。
じつは「本屋B&B」は当初、浅草に出店しようとしていた。東京下町の文化が残り、観光客もたくさん訪れる地に、これぞという本屋がないのが狙い目ではないかと考えていた。ところが、共通の知人であり、独立系の新刊書店の先輩であったSPBS代表の福井盛太氏に報告に行ったところ、「二人とも忙しいのだから、頻繁に行ける場所につくるべきだ」というアドバイスをもらったことで方針を変える。互いのオフィスの周辺である渋谷区、世田谷区、港区あたりで物件を探し、見つけたのが下北沢の物件だった。
ビールが飲める、家具を販売する、毎日イベントを開催するというような特徴は、並行して話し合ってはいたが、最終的に決定したのは物件を決めてからだ。ここでならできると思った。下北沢は、東京でも有数の歩いて楽しい街であり、新刊書店は「三省堂書店」と「ヴィレッジ・ヴァンガード」の下北沢店が、古本屋は「古書ビビビ」や「ほん吉」をはじめたくさんの名店が揃っている。特に同じ新品の本を扱う三省堂やヴィレッジとは、違う役割を果たすべきだと考えて選書をしていった。小さな本屋をやるのだから、街全体をひとつの本屋に見立て、巡って楽しいような品揃えにすべきだと考えた。
取次はトーハンが引き受けてくれた。それまでは、案件ごとに仕事を一緒にやる人はいたものの、基本的にはずっと一人で、何をやっても出版業界の外側をぐるぐると回っているような気分だった。けれど「本屋B&B」をオープンして、気がつけばスタッフを抱え、出版流通に乗っている商品を扱う、新刊書店の経営者になっていた。少しずつ、実感をもって業界の内側のことがわかるようになる。それがなければ本書は成立していないだろう。本書が出版されるころには六周年を迎えるが、長いようでまだまだスタート地点にいるような気持ちだ。この地で何十年も続けていけるように、いまも毎日試行錯誤を続けている。
※『これからの本屋読本』P305-306より転載