korekarano_note画像

客数と客単価

第4章 小売業としての本屋(4)

 もっと売上を上げたい。そのときに大切な基本原則は、〈客数×客単価=売上〉という計算式だ。売上を上げるには、来てくれるお客さんの数を増やすか、ひとりのお客さんが買う金額を増やすかの、二択しかない。

 たとえば飲食店であれば、客単価も業態のアイデアのひとつとして、自由に考えることができる。ものすごく高単価で一日数席しか予約を取らない高級フレンチもあれば、ものすごく低単価で時間帯を区切り何回転もさせる低価格フレンチもある。どのようなお店にしたいかを考えるときに客単価から決めて、そこから必要な客数を逆算していくことで、いろいろ大胆なアイデアを生み出すことも可能だ。

 しかし本を主に売っていくとき、こちらが客単価を決めるのは難しい。少なくとも新品の本は、商品一点あたりの単価はほぼ決まってしまう。日本の文庫本であれば数百円~千数百円、単行本であれば千数百円~数千円と、価格帯も狭い範囲に限定されている。そもそも複製品なので、同じ本はどこで買っても同じで、商品の質も変えられない。飲食店のように、意図的に客単価を上げたり下げたり、それに伴って客数を絞ったり増やしたりといった仕掛けをアピールして、売上を上げていくのは難しい。

 そのため、本屋の客単価を上げるのは、どちらかといえば地道な、店の内側をつくりこむアプローチになる。独自の品揃えや陳列にこだわり、少しでも高い一冊を、あるいは一冊目に加えて二冊目三冊目を、いかに買いたい気分にさせるか。たとえば、かつて「丸善丸の内本店」の四階に三年間、松岡正剛氏プロデュースの「松丸本舗」というショップインショップがあった。

 あたらしい書棚のデザインは、本の景色を一変させた。背表紙を一直線に並べるのではなく、前後左右に本を立体配置できるようになったのだ。(……)
 この陳列方法に関して、当初は丸善側から「本を横に置くと棚が雑然とした感じになるし、奥の本は売れなくなるのではないか」という反対意見も出ていた。しかし、松岡は押し切った。
 結果、棚から本をさがしだすように複数冊をまとめて購入する来店者がふえ、客単価平均三千五百円という実績にもつながった。
松岡正剛『松丸本舗主義』(青幻舎、二〇一二)二〇七~二〇九頁

 新刊書店の客単価の全国平均は一三〇〇円程度で(*)、その三倍近い三五〇〇円というのは驚異的な、例外的な数字である。もちろん書棚のデザインを真似ることはできるかもしれないが、松岡氏の膨大な知識に基づくセレクトや、店自体の話題性などいくつかの要因があるはずだ。あくまで結果であって、狙ってできるような数字ではない。

 本屋の場合、どちらかといえば、売上を大きく左右するのは客数である。出版業界全体の売上はこの二〇年で約半分になっているが、前述の新刊書店の客単価の平均はほとんど変わっていない。先にも述べたように、ある時代までは日常生活に必要な場所だったが、いまは一生本屋に行かなくても暮らしていけるようになったからだ。

 客数を上げるアプローチは、大きく二つに分けられる。はじめて来てくれる新規の人を増やすか、再度来てくれるリピーターの人を増やすかだ。

 はじめての人へのアプローチは、自然と店の外に向かうことになる。本屋は、うるさい接客もされず、何も買わなくても情報が得られるので、はじめての人でも気軽に入ってくる。いつも目の前を通り過ぎている人、たまたま通りがかった人に対しては、店の外観から、何か面白いものがここにあると思わせるような工夫をする。一方、遠くから人に来てもらうためには、いつか行ってみたいと思わせるような努力をする。もちろんマスメディアに取材されるに越したことはないが、最近ではSNSをはじめとするインターネット上で、自らどのくらい発信できるかがより重要だといえる。本屋は毎日変化があるので、発信の元ネタとなる要素は山ほどある。興味をもってくれそうな人を想像しながら、ひたすらボールを投げ続ければよい。

 一方、一度来た客に再度来てもらうアプローチは、主に店の内側に向かう。客単価を上げる方法と似て、地味ではあるがやるべきことを、ひとつずつ丁寧にやっていくしかない。また覗いてみたくなるような品揃えや、気持ちのよい接客を心がける。もちろん、ポイントカードや会員制度などを用意するのもありかもしれない。本を値引きすることはできないが、本以外の商品を値引きしたり、メールでの情報発信やコミュニティづくりなど、何らかのサービスの提供をすることはできる。

-----
*『書店経営の実態』(トーハン)

※『これからの本屋読本』(NHK出版)P168-P171より転載


いただいたサポートは「本屋B&B」や「日記屋月日」の運営にあてさせていただきます。