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(第10回)日展2024~前編~
春までnoteはお休みと言いつつ、「いや、これはnoteに書きたい」と思う行事(自分の中では、毎年これを見るのを楽しみにしている)があり、思わず書いてしまった。
それは、日展である。開催場所は、京都の岡崎、京都市京セラ美術館。
例年素晴らしい作品が多いが、今年は例年と同じく素晴らしいが、何か淋しい印象を受けた。日曜日の午後である。人の入りに影響された訳ではあるまい。確実に私の内面であろう。
年始早々から、能登の地震、航空機事故、小倉駅周辺の大火災など、日本に災難が続いていたのが影響したのかもしれない。妙に各作品が暗く感じた。
そんな中でも、この作品は周囲を飛び抜けて暗く、淋しく、悲しく、何かを私に訴えかけて来た…
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私はこの作品に身震いがした。
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少年は「ひとりぼっち」なのだ。
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絶望的な孤独を感じる…
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覗き込まないと見ることが出来ない。
しかし、見た者は息を失うだろう。
これはただの「ひとりぼっち」ではない!
「この子の声を聴かなければならない」!
この子には、今、助けがいるのだ!
あなたが社会福祉のお仕事をもしされている(または、これからする)なら、この作品を是非見てもらいたいと思う。
そして、少し離れて、この子(像)を見て欲しい…
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気にもされていないように映る。
もちろん、これは歪な解釈だ。しかし、この子(像)が、今の社会を明らかに反映させていることは事実だ!
何故なら、これは、もはや今までの他の日展作品とは違う、別世界を表現しているからだ。
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だが、その世界感の違いは明らかだ。
ただ、社会福祉を職業や学業にされていない方は、あるいは「現代版、二宮金次郎でしょう?」とそのポーズだけで、サラリと流されるかもしれない。
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確かに二人は似ている。
かつてと現在を見比べるように見ると…
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光が見えるのに対して、あの子の先には、このままでは闇しかない。いや、先さえ無いかもしれない…
そんな違いがあなた(私にも)にわかれば、あなたも(私も)社会福祉の活動や仕事が、向いている可能性がある。
私たちの社会に、二宮金次郎像が減り、淋しげなあの子が増えるなら、私たちはもう一度、何かを考え直す必要があるのではないか?私は社会福祉を志す者として、作品の訴え(メッセージ)をそう受け取った。
~前編・終わり~
※画像の二宮金次郎像は、日展の作品ではありません。