マガジンのカバー画像

#小説 記事まとめ

522
note内に投稿された小説をまとめていきます。
運営しているクリエイター

#眠れない夜に

【ショートショート】とどのつまり (1,995文字)

 いつものバーで、いつものように飲んでいたら、隣に若い男女がやってきた。二人はハイボールを頼み、最初はどうでもいい談笑をしていた。  ところが、突然、男の表情が変わり、事前に準備してきた様子で長々と演説をかまし始めた。盗み聞きは趣味じゃないけれど、その語り口があまりに熱を帯びていたので、つい、私は耳を傾けてしまった。 「思うに、スキって気持ちは幻想に違いないんです。もちろん、便宜上、スキという言葉で表現していることはあるけれど、本当はそうじゃない気がするんです。特に、スキ

【ショートショート】そういう人 (2,388文字)

 高校二年生の優斗くんは昼休み、教室で音楽を聴こうとワイヤレスイヤホンを耳にはめた。いつも通りSpotifyのプレイリストを再生しようとしたところ、突然、女の声が流れた。 「あなたにお願いがあるの!」  内容はともかく、意図せぬ呼びかけにビクッとなって、優斗くんはイスから転がり落ちてしまった。まわりは驚き、大丈夫? と心配してくれた。  変に注目が集まってしまった。照れた様子で手を振って、何事もないとアピールした。それから、できるだけクールに立ち上がり、平然とした顔で座

【ショートショート】空に落ちちゃった (1,472文字)

 三歳の甥っ子を上野動物園に連れて行った。毎年、妹夫婦は結婚記念日に二人きりで過ごすため、わたしに子守りを頼んでくる。まあ、甥っ子は可愛いし、別にいいんだけど、こっちは彼氏もいないというのに、平日の昼間からなにやってんだろうって思わなくはなかった。  パンダを見た。ぐったりと横たわり、気怠そうに笹を食べていた。甥っ子はガラスに鼻をこすりつけながら、 「お休みなのかな?」  と、つぶやいた。  いやいや、パンダはちゃんと働いているよ。バイトしていた居酒屋がつぶれてからと

【短編】『僕が入る墓』(前編)

僕が入る墓(前編)  目の前に広がる田園風景を真っ二つに分けるように一本のアスファルトでできた道がどこまでも続いていた。僕は先を行く明美の黒くしなやかな後ろ髪から溢れた残り香をたどりながら、これ以上距離を離すまいと歩数を増やして後を追った。明美の腰のあたりにはまるで大気にひびが入ったかのように陽炎が揺らめき、明美の体にまとわりついていた。 「早くー」 「待ってくれよ」 「もうバテちゃったの?」 「いいや。まだまだいけるよ」 「早くしないと置いてっちゃうわよ」 明

短編小説 「喫茶店」

梅雨のある午後、仕事帰りの私は、傘を持ってくるのを忘れたことを後悔していた。突然の雨に降られ、駅から自宅までの道のりがまるで冒険のように感じられた。空からは大粒の雨が降り注ぎ、道端の花壇はしっとりと濡れていた。 「こんな日に限って……」私はため息をつきながら、少しでも雨宿りできる場所を探して歩いていた。ふと視線の先に、小さな喫茶店が目に入った。「喫茶ブランコ」という古びた看板が、雨に濡れてもなお、懐かしさを感じさせた。 「ここにしよう……」私はその看板に引き寄せられるよう

【ショートショート】ちょっと未来 (2,998文字)

 道玄坂を歩いていたら、Y2Kファッションに身を包んだ男の子が挙動不審にキョロキョロしていた。赤いプーマのジャケットに迷彩柄の極太カーゴパンツを合わせ、靴はモノトーンのコンバース、首にはヘッドフォンをかけていた。  懐かしいなぁと眺めていたら、うっかり目と目が合ってしまって、 「すみません。ちょっといいですか」  と、声をかけられた。 「え。なんですか」 「いまって西暦何年ですか?」  思わず、立ち止まり、目をパチパチさせてしまった。それはあまりに過去からやってき

短編小説 「昼下がりの君へ」

コトッ、昼食のタンパクサンドを食べ終え、庭でくつろいでいると、芝生に金属製の球体カプセルが降ってきた。見上げるといつもの赤い空が見え、飽きもせず太陽が輝いていた。僕が産まれる前は空は青かったらしい、とはいえ、金属が落ちてくるのは珍しいことだった。 こういう時は、ダンの出番だ。ダンは僕の友達、そして、僕の家族。ダンは家の二階全フロアを自分の部屋として使っていた。僕の部屋は一階のこの庭に出入りしやすいダイニングだった。狭くはない、絵を描ける32インチのテーブルが置けているから。

【短編】『春の訪れ』

春の訪れ  森の奥深くの洞穴に眠るヒグマはツバメの鳴き声を聴くなり寝返りを打つ。誰もいないはずの湖のほとりにつがいのシマリスが現れ、風で飛ばされた木の実を求めて草をかき分ける。それを遠くの水面からじっと見つめるカバは水中へと潜って再び水面に顔を出すと、鼻から水を勢いよく吹き出す。シマリスは突然のことに身を震わせて森の方へと去っていく。再びツバメが鳴くとヒグマが寝返りを打つ。どこからか怪物が唸り声をあげながら近づいてくる音がする。白いボートだ。船上には二人の人間が立っている。

短編小説 「未発掘の本」

ある日、僕はいつものように図書館に足を運んだ。図書館は僕にとって、静かで落ち着ける場所だ。ここでは、誰もが読書に没頭している。その静けさが、僕の日常に平和をもたらしてくれる。 目的は少し変わっている、もちろんそれは本を借りることである。普段は人気のある新刊や話題の作品を手に取ることが多いが、今日は違う。誰も借りたことのない本、つまり「未発掘の本」を読んでみたいと思った。それが最近の僕の小さな趣味になっている。友達には時間の無駄だと言われたがそれでも構わない、それは人気の本も

短編小説:招き招かれる時のマナーと嘘

(1)祥子の場合   その一か月前、私は都内のワンルームのアパートに引っ越したばかりだった。 七畳のワンルームは冷暖房も付いており、南向きで日当たりが良い所が気に入っていた。 久し振りの一人暮らしということもあり、金曜に仕事が終わると、私は食料品の買い物をし、翌日の土曜日に食器や家具の買い出しに行くことが日課になっていた。 東京で一人暮らしをするのは十年ぶりだった。新卒で会社に勤めていた頃、給料が百万円たまった所ですぐに実家を出て、やはり小さなアパートで独り暮らしを開始

連載小説「オボステルラ」【幕章】番外編2「ゴナン、髪を切る」(1)

<<番外編1(4)  || 話一覧 ||  番外編2(2)>> 第一章 1話から読む 第三章の登場人物 番外編2 「ゴナン、髪を切る」(1)  「ゴナン、髪が伸びたね。前髪が目にかかってきてるよ」 二人での野営から帰ってきた翌日、ツマルタにある拠点で、リカルドはゴナンにそう声を掛けた。いつも前髪を短く切り込んでいるゴナン。しかし、鉱山に閉じ込められたり療養があったりで、1ヵ月以上髪を切れずにいた。 「あ、そういえばそうだね。これで切るから、大丈夫」 そう言って、

【短編】『読書するぼく』

読書するぼく  美容院で髪を切り終わった後、たまたま次の予定まで微妙な時間が空いてしまったため、僕は喫茶店で本を読みながら時間を潰そうと思った。お店に入ると、そこら中に人がごった返しており、席が空くまで待機する必要があった。いくら待っても皆席を離れようとはせず、まるでここが喫茶店ではなく、会社のオフィスにいるかのようにそれぞれが自分の決まった席を持っているようだった。僕はなぜここまで長時間席を独り占めしては新たに注文をするわけでもなく、ただ自分の時間に没頭している者たちを店

【ショートショート】平均アンバサダー (1,400文字)

「もしもし、島田弘樹様のお電話で間違いないでしょうか?」 「え、はい、そうですけど」 「おめでとうございます。このたび、島田弘樹様は今年度の平均アンバサダーに選ばれました。つきましては、今後の予定をお伝え致しますね」  知らない番号から電話がかかってきたと思ったら、知らない女性に、知らない内容で褒められた。当然、俺は困惑しつつ、ただ、祝福の声は素直に嬉しくて、 「あ、ありがとうございます」  と、思わず、感謝を口にしていた。 「本日より島田弘樹様には平均アンバサダ

【創作大賞2024応募作 オールカテゴリ部門】【短編小説】アガパンサス

あらすじ  明日の日記に綴ったことが現実になるのを知って、信吉は中学の入学式でトキメイタ麗子ちゃんと知り合うことを画策する。  明日の日記どおり、信吉は麗子ちゃんと知り合うことが出来たのだが……       アガパンサス  中学生になった初めての夏休みのこと。未だ友達も出来ず、遠野信吉はクーラーをつけっ放しにした二階の自室に閉じこもった。小学生の頃から両親は共働きで、どうやら一人家に取り残されている時間の多い子供を「鍵っこ」というらしい。  だからといって別に退屈はしな