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【ショートショート】平均アンバサダー (1,400文字)

「もしもし、島田弘樹様のお電話で間違いないでしょうか?」

「え、はい、そうですけど」

「おめでとうございます。このたび、島田弘樹様は今年度の平均アンバサダーに選ばれました。つきましては、今後の予定をお伝え致しますね」

 知らない番号から電話がかかってきたと思ったら、知らない女性に、知らない内容で褒められた。当然、俺は困惑しつつ、ただ、祝福の声は素直に嬉しくて、

「あ、ありがとうございます」

 と、思わず、感謝を口にしていた。

「本日より島田弘樹様には平均アンバサダーとして活動をして頂きます。なにをするのも国民を代表し、政策決定に大きな影響を与えるんだと自覚し、ちゃんと身を引き締めてくださいね。とは言え、力が入り過ぎると平均らしくなくなってしまうので、適宜、リラックスしなくてはいけません。一応、専属は平均トレーナーが付きますので、詳しくは専門スタッフにご相談ください。ここまで大丈夫ですか?」

 もちろん、少しも大丈夫なはずはなかった。

「すみません。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」

「はい。なんでしょうか」

「平均アンバサダーっていうのはいったい?」

「説明もなく、大変失礼致しました。例年、各省庁で様々な調査が行われるでいることはご存知かと思います。そして、それには莫大な費用がかかることも想像がつくかと。労働者人口の減少に伴い、我が国の財政は悪化の一途を辿っているため、近々、四十七都道府県を網羅した調査は行えなくなる予想が立っております。そこで考え出された制度こそ、毎年、全国民の中で最も平均的な生活をしていると考えられる方を一人、代表として選出し、その方のみを調査するという平均アンバサダー制度なのです」

 わかるようで、わからない説明だった。

「その平均アンバサダーを選出するための調査はどうしているんですか?」

「個人情報保護法の改正により、民間企業のビッグデータに国がアクセスできるようになったので、そちらをAIで分析し、最も平均的な人物を見つけ出すことが可能になりました」

「なるほど。そして、今年度、それに選ばれたのが」

「島田弘樹様なのです。おめでとうございます」

 嬉しいのか、嬉しくないのか、判然としなくなってきた。

「で、平均アンバサダーはなにをすればいいんですか」

「いつも通りお過ごしください。一週間ほど、担当の調査官がその様子を観察します。適宜、質問もさせて頂きます。なお、謝礼につきましては一日あたり規定の金額をお支払いします。また、お勤め先に事情はこちらからお伝えします」

「……これは義務なのですか?」

「と言いますと」

「お引き受けしなければ罰せられるのですか?」

「いえ、そんなことはありませんが、せっかく平均アンバサダーに選出されたわけですし」

「じゃあ、申し訳ないけど、お断りします」

 受話器の向こうで女性は必死に説明をしているようだったけれど、俺の意志は固く、そのまま通話を強制的に終わらせてしまった。

……。

……。

……。

「はあ。部長、また、電話切られてしまいました。これで三百人連続ですよ。だから、言ってるじゃないですか。みんな、普通を望んでいるようで、人から普通と思われることには嫌で嫌で仕方ないんですよ。平均的な人たちは特にそうなんです。このまま平均アンバサダー候補に連絡を取り続けても意味ないですって。仮に、引き受けてくれる人がいたとして、もはや、それは変わった人ですもん」

(了)




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