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#小説 記事まとめ

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短編小説:シンデレラ・お母ちゃん 〜捨てられない妻の遺品〜

 いやぁ、まさかねぇ、自分より先にお母ちゃんが死んじゃうなんて、思ってなかったんですよ。  うちは姉さん女房で、お母ちゃんの方が二つ歳上でしたけど。ほら、女の人の方が長生きでしょ。お母ちゃんもまさか自分が先に死ぬなんて、思ってなかったんじゃないかなぁ。私、酒飲みだし。  あ、上がって行ってください。狭いですけど。一周忌も終わって、この間ようやく家の中を少し片付けたんですよ。  いやぁ、暑いですね。まだ梅雨だっていうのに。  猫、大丈夫ですか、アレルギーとかあります?うち

【ショートショート】「心のウイルス世界大戦」

コロナウイルスのパンデミックが終息し、世界はようやく平穏を取り戻したかに見えた。しかし、新たな脅威が人々の生活を再び一変させるとは、誰も予想していなかった。 日本で最初に変化に気付いたのは、東京の小さなカフェで働く青年、信吾だった。ある日、信吾は店に来た客の注文を取ろうとして、彼女が何も言わないうちに「カプチーノを1つですね」と口走ってしまった。 「えっ?」と驚いた顔をする彼女。彼女の心の中では、「どうして私がカプチーノを頼むって分かったの?」という疑問が渦巻いていた。

【ショートショート】とどのつまり (1,995文字)

 いつものバーで、いつものように飲んでいたら、隣に若い男女がやってきた。二人はハイボールを頼み、最初はどうでもいい談笑をしていた。  ところが、突然、男の表情が変わり、事前に準備してきた様子で長々と演説をかまし始めた。盗み聞きは趣味じゃないけれど、その語り口があまりに熱を帯びていたので、つい、私は耳を傾けてしまった。 「思うに、スキって気持ちは幻想に違いないんです。もちろん、便宜上、スキという言葉で表現していることはあるけれど、本当はそうじゃない気がするんです。特に、スキ

マザー・グースの夜

 静かな夜。僕はいつものようにお気に入りのバイオリンを手に、街はずれにある小高い丘へと向かう。ピン、と張りつめた冷気が辺りに充ち、僕は、からだを大きくぶるっと震わせる。一つとして明かりのついた家はなく、それらはただその場にうずくまって、再び朝がやってくるのをじっと待ち続けている。見上げれば、煌めく満天の星。その一つ一つのかけらが次から次へと落っこちてきては、僕の額や頬にぶつかる。僕はそれをやわらかく払い除けながら、夜道を急ぐ。  月が出ている。真夜中の月。その上を、雌牛が、音

【ショートショート】そういう人 (2,388文字)

 高校二年生の優斗くんは昼休み、教室で音楽を聴こうとワイヤレスイヤホンを耳にはめた。いつも通りSpotifyのプレイリストを再生しようとしたところ、突然、女の声が流れた。 「あなたにお願いがあるの!」  内容はともかく、意図せぬ呼びかけにビクッとなって、優斗くんはイスから転がり落ちてしまった。まわりは驚き、大丈夫? と心配してくれた。  変に注目が集まってしまった。照れた様子で手を振って、何事もないとアピールした。それから、できるだけクールに立ち上がり、平然とした顔で座

死神を面接

「じゃぁさぁ、もう他にウソはない?言ってないこととか。全部、今なら考慮するから」 「いや、まだ少し…」 「まだ、あるの?」 「いや、他にないって聞いたじゃないですか」 「ウソがありすぎなんだよ!」  鷲見修二はドンと事務所の机を叩いた。その拍子で湯呑がひっくり返った。 「あぁああぁ、ったくもう、ティッシュ、ティッシュ」 「あ、はい」 「これ、ハンカチ、いいの?」 「どうぞ、使ってください」  阿久津正一は鷲見にハンカチを渡した。鷲見は遠慮なく、机にこぼれたお茶を拭いた。アツ

「ルビーのなみだ」

ロンドンの中心にある 小さなアパートメント。 ローズは携帯を見て 大きなため息をついた。 妹ルビーからのメールで スザナが、久しぶりに日本から 帰ってくるという。 スザナは、日本に渡って20年。 パパが倒れた時にも ロンドンに帰ってこなかった。 大好きなパパが倒れたのは 17年前。 10年介護して、他界した。 その間、次女のスザナは 二度ほど帰国しただけ。 ローズとルビーが必死になって ママを助けて、パパの介護に 奔走しているとき、スザナは 日本の大学の試験を受けて

ショートショート『窓際のパンケーキ』

『窓際のパンケーキ』  それは、ゆうきの大好きな小説。 いつの日か、 その舞台となった場所へ行ってみたい ゆうきは、そんな風に思っていた。 物語の世界だから、地名やお店の名前は まったく分からないし、もしかすると すべてが架空の話かもしれない。 だけど、それでいいと思った。 だって、その方が面白そうだから。 ゆうきは、 これから始まる想像の旅に  心おどらせた。 小説の舞台となっているのは、 山と海があり、緑が多い場所。 地図や旅行誌を読んで それっぽい場所をいく

【ショートショート】空に落ちちゃった (1,472文字)

 三歳の甥っ子を上野動物園に連れて行った。毎年、妹夫婦は結婚記念日に二人きりで過ごすため、わたしに子守りを頼んでくる。まあ、甥っ子は可愛いし、別にいいんだけど、こっちは彼氏もいないというのに、平日の昼間からなにやってんだろうって思わなくはなかった。  パンダを見た。ぐったりと横たわり、気怠そうに笹を食べていた。甥っ子はガラスに鼻をこすりつけながら、 「お休みなのかな?」  と、つぶやいた。  いやいや、パンダはちゃんと働いているよ。バイトしていた居酒屋がつぶれてからと

【短編小説】春もどき

「相談したいことがある」  友人から呼ばれ私は喫茶店を訪れていた。この喫茶店は私と友人が学生時代よく通い他愛もない話 に耽った場所である。  彼とわたしは大学生の頃に知り合った。入学直後の4月ではなく、正月もとっくに過ぎてしまった2月のころであった。彼は地面に這いつくばって何かをスケッチしていた。私は草を描いているのかと思ったが手元を覗くとソレ はサナギだった、蝶の蛹だった。私が不思議そうに見下していると、彼は 視線を蛹に向けたまま「何が出てくるか楽しみですね」と勝手に同意

【ショートショート】ちょっと未来 (2,998文字)

 道玄坂を歩いていたら、Y2Kファッションに身を包んだ男の子が挙動不審にキョロキョロしていた。赤いプーマのジャケットに迷彩柄の極太カーゴパンツを合わせ、靴はモノトーンのコンバース、首にはヘッドフォンをかけていた。  懐かしいなぁと眺めていたら、うっかり目と目が合ってしまって、 「すみません。ちょっといいですか」  と、声をかけられた。 「え。なんですか」 「いまって西暦何年ですか?」  思わず、立ち止まり、目をパチパチさせてしまった。それはあまりに過去からやってき

【連作短編】探偵物語日記④〜山男は歩かない〜

生ぬるい雨がフロントガラスにぶつかって落ちる。壊れたカーエアコンは溜息のような風しか吐かない。 俺は雇われの身だ。職業は探偵、個人営業主ではない。所謂、サラリーマンだ。会社には申請していないが、俺には霊が視え、時には会話する、所謂、霊能探偵ってやつだ。 春とも冬とも言えない湿気に満ちながら、若干の肌寒さを残した中途半端な季節の夜10時、俺は車を運転していた。黒いデカい車を。こんな居心地の悪い夜くらいは仕事を忘れてドライブをしたかった。 「ラジオを消してくれませんか」 助手

パンケーキに塩を振る(小説)

「山ちゃんは甘党だね」  大学の食堂でショコラパンを食べていた俺に、同じ文学部の宮田エミがニヤケながら言った。 「まあ、甘いのは必須だな。なんというか、アイデンティティなんだろうな 」 「甘いものが?」 「そう。男にしては珍しいだろうけど」    俺の陣地にはショコラパンだけではなく、加糖の缶コーヒーも置かれている。『甘い』を掛け算しているようで、客観的には病気にならないか心配されるレベルだが、山ちゃんは甘党だから仕方がない。 「でも、私のラーメン好きも珍しいよ」 「た

【小説】ひとつではない世界で(後)

「みんな捨てて、逃げっちまえばいいんだよ。そこから」 「逃げる?」 「そう、逃げるんだ。自分を守るために。大体、アンタ、今勤めている美容室って、どうやって入ったんだい?」 「専門学校の募集案内を見てよ。」 「それまでに、その店は知ってた?」 「知らないわ。」 「ほら見た事か。じゃあ、元々その店には縁がなかったんだよ。別に何でもよかったんだ。」 「何でもよくはないわ。だって、私の夢を叶えるために…」 「そんなの、どこの店でもよかったんだろう?その店じゃなくても。」 「確かに、そ