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「……ほんと、間が悪い……」 時刻は深夜2時をまわった頃。 親友のユミから、“ナギサ~!告白してめでたく彼氏できたよ~”っていうLINEと、 わたしの彼氏のリョウ君から、“ナギサごめん。疲れた別れよう”っていうLINEが、 同時にきた。 間が悪い。 脳の処理能力が追いつかない。 別にユミは悪くない。ずっと相談にものってたし。めでたい。 リョウ君は……少し悪いかな。LINEで言ってくるなよ。会って言え。気持ちは分かるけどさ。せめて電話してこい。 何にしても“間が
僕が幸せなラブソングを聴かなくなったのは、いつからだっけか。 確か、中3の12月。英語の授業で洋楽を紹介された頃のことだ。そこで教師が取り上げたのは、三つの曲だった。ワムの『Last Christmas』とカーペンターズの『I need to be in love』、それからもう一つ──。 飛び跳ねんばかりに陽気で、ポップな曲調。そのくせ、配られたプリントの和訳歌詞には「傷心」だの「別れ」だのと物哀しい単語が散りばめられている。若い女性と思しき声は、教室の古びたカセ
何だってこうも頭ん中でがらんがらんと音が鳴るのか。私のは空洞が、隙間が、 とにかく大きいから頭蓋骨と脳が擦れて鳴っているに違いない。 いや、脳ががらんがらんと鳴るのだろうか。固くないのに。柔らかいのに。 「どう思う、先生」 「その音は僕には聞こえないし、それはきっと理科や科学だろう。理系の範疇だ」 こういう返事をする人なのだ先生は。とにかく難しい顔をして、暑かろうが寒 かろうが捲った長袖のシャツは皺が入って今日も情けない。もっと情けないのは こうやって保健室でし
花のなかでもいっとう好きな梅を、今年も時季を逃さず見ることができた。 冷たい風に春の気配が少しずつ混ざってきた二月下旬、君嶋遥は祖母の靖江と一緒に、石川県小松市の芦城公園で咲きほころんだ梅の花を見ていた。薄青い空に向かって伸びた枝に、紅梅や白梅が、可愛らしく花をつけている。 スマホで写真を撮りながら遥は、この写真を静岡に住む両親にも送ってあげようと思った。むろん、静岡のほうが暖かいから、梅は向こうのほうが早いだろうけど、家族全員が小松に住んでいたとき、一緒に梅を見に行った
連載は6周年に突入、コミックスの累計発行部数は1100万部を超え、映画化も決定した『ブラッククローバー』。今回は、映画化発表を記念して、漫画では描かれていないエピソードを多数収録した『ブラッククローバー 暴牛の書』『ブラッククローバー 騎士団の書』『ブラッククローバー ユノの書』の各話あらすじを大公開。あらすじを読んで中身が気になった人はぜひご一読ください! 『ブラッククローバー 暴牛の書』 一章 少年の挑戦アスタが魔導書を授かってから二か月後。ハージ村から少し離れた山に
私が庭で一生懸命にチュバキュローシスの卵を洗っていると、近所の子供がきて言った。 「それ、チュバキュローシスの卵だろ」 「よく知ってるね」と私は返した。「危ないから向こうへ行き」 「お父さんが、チュバキュローシスの卵なんか洗ってる人には近寄るなって言ってた」と子供は言った。 「だから向こうへ行きってば」 「言いふらしてやる、この家はチュバキュローシスの卵なんか洗ってるぞって」 私がどう言い返そうか考えていると、その子の父親らしき男が慌てた様子で走ってきた。「何してるんだ!
グドュグドュという得たいの知れないものがいる。 おおむね人の形をしていて、身長は二メートルから三メートルくらいである。真っ黒で服は着ておらず、その黒色を見ると、数字がオーバーフローしているような印象を受ける。 彼らは、ほんの三年前に突如として現れ、いつも五体か六体で目撃される。どうして五体のときと六体のときがあるのか、五体のとき一体は何をしているのかはわからない。 ある日ブラジルで目撃され、次の日には地球の裏側に当たる日本にいたこともあり、移動手段も判然としない。また
八月のかんかん照りの太陽がアスファルトを焦がしていて、僕はほくそ笑んだ。こんな真夏の日は売り上げに期待できる。ここは長野県のとある山の中腹にある道の駅で、僕はここで休憩するお客さんのためにソフトクリーム販売をしているのだ。 「牧場直送の、しぼりたてミルクでつくったソフトクリーム、美味しいから買っていってー、ねー、そこのお姉さんたち、ぜひぜひ」 僕は声を張り上げて、駐車場から道の駅の建物に歩いてきた若い女性二人組に声をかけた。 「ミルクと、抹茶と、イチゴと、チョコ。どれで
本命友達というのが、常にいた。 より一層深い関係としてのさいしょは14歳のとき。Iちゃんが一人目だった。 中2で同じクラスになって、半年はほとんど話したこともなかった。秋にお互い生徒会役員になって、距離が縮まった。そうだIちゃんと仲良くなるまで私は、同じ小学校出身のYさんと一緒にいた。だけど9月の運動会の日、Iちゃんに乗り換えたんだ。あの日、Yさんは私とふたりでお弁当を食べるつもりだったろうに。ぽんっと突き抜けた青空のまんなか、仲良し同士で木椅子を移動させる生徒達の中で彼女
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