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わたしが正義について語るなら (やなせ たかし)

(注:本稿は、2014年に初投稿したものの再録です)

 昨年(注:2013年)お亡くなりになったやなせたかし氏の著作です。

 やなせ氏といえば、漫画家としてかなり以前にテレビで何度も拝見していた以外では、小学校の音楽の教科書に載っていた「手のひらを太陽に」の作詞をされていたのかと思うぐらいです。
 もちろん、アニメ「それいけ!アンパンマン」の作者としては有名ですが、実は私、アンパンマンのアニメは一度も見たことはありません。

 本書を案内しているコメントには、「絶対的なヒーロー『アンパンマン』の作者が作中に込めた正義への熱い思い」と書かれていますが、私のように「アンパンマン」に関する基礎知識がなくても、やなせ氏の思いは十分に伝わってきます。

 まず最初に語られているのは、やなせ氏の「正義」についての様々な考えの原点についてです。
 それは、自らが当事者であった「戦争体験」であり、それに伴う「飢え」の記憶でした。21歳で従軍したときの“正義”であった「軍国主義」は一夜にして「民主主義」に取って代わられました。

(p21より引用) 正義はある日突然逆転する。
 逆転しない正義は献身と愛です。
・・・
 正義が何かというのは難しい。後になってから気がつくことはあるけれど、その時には何が正しいのか分かりません。昨日まで正しいと思っていたことが、明日には悪に変わるかもしれない。

 やなせ氏は、正義の相対性を指摘するとともに、「人」についても「絶対的な悪人」はいないと考えています。そして同時に「絶対的な正義のヒーロー」も否定するのです。

 やなせ氏の思う「正義の人」は弱い人です。

(p122より引用) 正義を行う人は非常に強い人かというと、そうではないんですね。我々と同じ弱い人なんです。でも、もし今、すぐそこで人が死のうとしているのを見かけたら、助けるためについ飛び込んでしまう。ちっとも強くはない普通の人であっても、その時にはやむにやまれぬという気持ちになる。そういうものだと思います。

 そして、「正義の人」には「覚悟」があります。

(p123より引用) 戦う時は友達をまきこんじゃいけない、戦う時は自分一人だと思わなくちゃいけないんだということなんです。お前も一緒に行けと道連れをつくるのは良くないんですね。

 「愛」と「勇気」ですね。
 この気持ちは、「アンパンマンのマーチ」の歌詞にある “そうだ おそれないで みんなのために 愛と 勇気だけが ともだちさ” というフレーズにこめられているのです。

 「歌詞」といえば、やなせ氏の作詞した「手のひらを太陽に」にまつわる話も興味深いものでした。
 この歌は、やなせ氏がマンガの仕事がなくなって途方に暮れていたときに作った歌とのことです。

(p76より引用) それでもそういう時に限って、徹夜で仕事をしているんですね。・・・たいして仕事はないのに、何かやってるんだよね。そうすると寂しいから手のひらを見たりして、手のひらに懐中電灯を当てて、子どもの時のレントゲンごっこを思い出して遊んでいたら、血の色がびっくりするほど赤いんですね。本当に桜色というかきれいで見惚れてしまいました。自分は元気がなくても血は元気だな、と。だから手のひらを懐中電灯にすかしてみればというのがもともとなんだけれど、懐中電灯じゃ歌にならないから「手のひらを太陽に」になりました。あれは自分を励ます歌なんです。

 とても興味深いエピソードですね。
 でも、ご自身では「自分を励ます歌」とお話しされていますが、そのあとの歌詞「ミミズだって オケラだってアメンボだってみんな みんな生きているんだ友だちなんだ」には、やなせ氏の優しさが溢れています。決して「自分のための歌」ではありません。

 さて、本書、やなせ氏のお人柄が滲み出た素晴らしい内容だと思いますが、最後に本書の中で特に印象に残ったフレーズを書き留めておきます。

 ひとつめは、

(p125より引用) 愛には、いさましさが含まれていて、勇気には、やさしさが含まれている。

 そして、もうひとつ、

(p149より引用) 人生なんて夢だけど、夢の中にも夢はある。

 「アンパンマンのマーチ」の最後の歌詞は、“いけ! みんなの夢 まもるため” でした。



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