コンセプトワーク
妹尾堅一郎氏の著作は久しぶりです。
十数年前、会社のセミナーで数ヶ月間薫陶を受けて以来、非常に気になっている先生です。プロジェクト・プロデュース、コンセプトワーク、ソフトシステムズ方法論等、多くのことを学ばせていただきました。
妹尾氏は、本書にて、技術力を事業競争力に活かす方策としての「三位一体」型経営戦略というコンセプトを提示しています。
このように「研究開発戦略」「知財戦略」「事業戦略」が三位一体の要素であり、これらを適切なバランスで発展させ推進していくことが、今後の科学技術立国として進んでいくための要諦だと説いています。
本書での妹尾氏の説明は非常に丁寧です。言葉の定義を分りやすい言い回しでクリアにした後、論を進めます。
たとえば、よく使う「モデル」という言葉についてはこう説明されています。
余談ですが、妹尾氏は重要なコンセプトを説明する際に、こういう語呂も工夫した3点セットのスキームを効果的に駆使されます。
たとえば、「物事の捉え方の基本は、『視点・視座・視野』だ」といった具合です。
問題対処の方法の分類。これも妹尾氏流の3点セットスキームです。
また、「反省」に代わる「省察」というコンセプトについてもこう示唆しています。
さて、本書ではいたるところに「インテル・インサイド」「アップル・アウトサイド」というフレーズが出てきます。
妹尾氏の専門のひとつであるソフトシステムズ方法論では、こういった「一つのフレームワークを通じて対象を見て探索的学習をする手法」を説いています。とても参考になる思考方法です。
イノベーションとインプルーブメント
イノベーションとインプルーブメント。本書が試みている立論にとっての重要なコンセプトです。
この2つのコンセプトの関係を整理した妹尾氏流の「イノベーション7原則」です。
昨今、「イノベーション」の重要性は声高に叫ばれていますが、過去との比較において、その意義が十分に理解されているかといえば大いに疑問です。
ここでも「インプルーブメント」との対比でその点が説明されています。
「イノベーションで勝つ」モデルの代表的な例として、妹尾氏はインテルの戦略を紹介しています。「インテル・インサイド」というキャッチフレーズに顕れた「基幹部品主導で完成品を従属させる」という仕掛けです。
さて、「既存モデルの練磨」では太刀打ちできなくなった日本は、新たなイノベーションモデルでのビジネスに乗り出さなくてはなりません。
この新たな競争力モデルの世界で生き抜いていくためには、知財マネジメントの要素を加えたイノベーションシナリオを描く必要があります。妹尾氏のいう「三位一体」型経営戦略の策定です。そして、その際活用するのがイノベーションロードマップです。
ここでのポイントは、「技術」「事業」「知財」の3つのドメインについて、インベンションのためだけでなく、その後のディフュージョンも見通したマップを描くことです。
さて、最後に、妹尾氏が紹介している日本的進化論(棲み分け)を提唱した今西錦司氏のことばを引用しておきます。
この共生的棲み分けの考え方は、事業環境変化への対応を説く際によく引き合いに出されるダーウィンの「生き残るのは変わり続ける種だ」という考えを、さらに一歩進めたものだと言えるでしょう。
知財マネジメント
妹尾氏が提唱している「三位一体」型経営戦略ですが、その中で特徴的なコンセプトが「知財マネジメント」です。
本書では、「知財マネジメント」の実例がいくつも具体的に紹介されています。
そのうちの一つ、「防護柵」としての特許の活かし方です。
「知財マネジメント」において、「オープン」という言葉の使い方には注意が必要です。単なる「無条件公開」ではありません。むしろ「囲い込む」ための「オープン」です。
(p168より引用) 囲い込むとなるとすべてを囲い込みたくなりやすいのですが、それは「労多くして功少なし」かもしれません。基幹部分をしっかり押さえれば、周辺隣接関連他社を囲い込むことになります。また、普及を他社に任せれば、全体としてはエンドユーザーを効率的に囲い込むことにつながるかもしれません。このパラドクス(逆説)をしっかり理解しないと、かえってクローズで囲い込みに失敗することになるのです。
すなわち、こういう「開発から普及までを見通した高等戦略」なのです。
この戦略は、インテル(インテル・インサイド)やアップル(アップル・アウトサイド)が優れて活用しています。
「準完成品」を提供して、そのまわりに関連製品・サービスをビルトインすることにより様々な「完成品」をつくりあげ、ひろくユーザを獲得していくというやり方です。
ビルトインパーツを提供する企業がユーザを拡大してくれ、その収益は、最終的には「核」を提供しているインテルやアップルに還元されるというモデルです。
このような「ディフュージョンのフェーズでの戦略的オープン化」が今後の知財マネジメントの要諦となるのです。