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ミライの源氏物語 (山崎ナオコーラ)

(注:本稿は、2023年に初投稿したものの再録です。)

 いつも聴いている大竹まことさんのpodcast番組に著者の山崎ナオコーラさんがゲスト出演していて、本書についてお話ししていました。

 山崎さんは大学時代の卒論で「『源氏物語』浮舟論」をテーマにしたとのこと。それから20年以上を経て、今度は「源氏物語」を材料に、そこに描かれた登場人物たちの言葉や思考を現代の社会規範からの視点(問題意識)で感じるところを記していきます。

 数々の興味深い指摘がありましたが、まずは、山崎さんが語る「源氏物語」の形式的な特徴です。

(p178より引用) 『源氏物語』の登場人物は、読者によって付けられたあだ名で現在の多くの人に認識されていますが、作中には名前がほとんど出てきません。

 そうなのですね、本文中に名前がなくても、文脈と敬語の使い方で特定できたということのようですし、今に伝わる登場人物の「名前」は後の読者や研究者たちによって言い固められていったというのです。面白いですね。

 もう一点、こちらは「物語の展開方法」についてです。

(p179より引用) 桐壺更衣本人がどう思ってどう行動するか、ということより、桐壺更衣が周りからどう思われてどう扱われていくか、ということが物語を進めます。

 主人公をはじめとして “登場人物の主体性ある行動や言葉” で作り上げていくのが、普通目にしている小説だと思っていたのですが、この点、山崎さんの理解はこうでした。

(p179より引用) 誰だって人間は、主体性を持って考え、能動的に自分の人生を進めたいものです。・・・
 でも、実際の人生ではそうはいかない場合がほとんどです。人間は、自分が思っている通りには、自分の形を作れないのです。なぜなら、社会的動物だからです。

  “周りの目” を基点にした描き方の方が、むしろ実生活を捉えた描き方になるということですか・・・、なるほど・・・。

 さて、こういった解説もはさみながら、山崎さんは、源氏物語のさまざまなシーンを取り上げては、現代の社会規範や倫理観についての自身の捉え方や主張を顕かにしていきます。

 その方法はとてもユニークで印象に残るものでしたが、思うに、そもそも “源氏物語” 自体、当時の社会規範をベースに描きながらも、現代の倫理観にも通じる普遍性を内包しているのでしょうね。
 本書を読んでそんな感じを抱きました。



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