中谷宇吉郎氏は、低温科学の草分け的な物理学者です。
雪の研究で有名で、そのままズバリのタイトルを冠した岩波新書の「雪」は、ファラデーの「ロウソクの科学」にも比肩する素晴らしい著作だと思います。
本書は、その中谷氏の随筆集です。寺田寅彦門下でもある中谷氏は、やはり随筆の名手でもありました。
たとえば、「雪雑記」。
雪の結晶の観察のために十勝岳のヒュッテに滞在したときのくだりです。
続いて「『西遊記』の夢」の一節。
これは昭和17年の随筆ですが、当時の子供はよく本を読んでいたようです。その姿を見て中谷氏はこう語ります。
西遊記を読んでいる子供の目の輝きは、“好奇心” という探求の根源となる動機の誕生でもあるのでしょう。
このあたりの問題意識については、続く「簪を挿した蛇」というタイトルの随筆にも見られます。
思い切った「非科学的な教育」がむしろ自然に対する驚異の念を深める効果があるのではというのが中谷氏の考えです。
興味を拡大する想像力に富んだタイプの人間が、その好奇心をエンジンにしてフロンティアを切り開いていくのです。
さて、本書に採録されている随筆のひとつの柱となっているのが、恩師寺田寅彦氏にまつわる思い出です。
寺田氏の学者・教育者としての素晴らしさ、また師に対する中谷氏の私淑の情は、本書の随所で披瀝されています。
それらのうちから、ひとつ。科学に対する寺田氏の俯瞰的視野を紹介したくだりです。
欧米で主流となっている従来型の画一的・分析的科学手法への拘泥は全くありません。
素直な構えで対象に正対し、そこから得られる発見・驚きという「着眼」を重視しています。そして、その「着眼」を起点に、新たな科学の発展を創造・活性化するというハイレベルの姿勢だといえるでしょう。