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競争と公平感―市場経済の本当のメリット (大竹 文雄)

 大竹文雄氏の本は、「経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには」に続いてこれで2冊目です。

 労働経済学が専門で「自由競争」「市場経済」を基本とする立場の著者が、日本人の公平感・格差感覚等をいくつもの切り口から解き明かしていきます。

 まずは、「市場経済と国の役割」に関する日本人の特徴的思考スタイルを指摘します。

(p8より引用) 日本人は自由な市場経済のもとで豊かになったとしても格差がつくことを嫌い、そもそも市場で格差がつかないようにすることが大事だと考えているようだ。たしかに、市場によって格差が発生しなければ、国が貧困者を助ける必要もない。
 多くの国では、市場経済を信頼して、貧困対策は国に期待するという経済学者の標準的考え方と一致した考え方を人々がもっている。・・・日本は市場経済への期待も国の役割への期待も小さいという意味でとても変わった国である。

 日本人がこういった思考に傾く理由について、著者は、そのひとつに「日本の学校教育」の影響を挙げています。市場経済のメカニズムを教育の場においてもキチンと教えていないというのです。

 市場経済の競争メカニズムにはもちろんメリット・デメリットの両面があります。

(p68より引用) 市場競争のメリットとはなんだろう。経済学者は、市場競争に任せると、最も効率的にさまざまな商品やサービスが人々の間に配分されることを明らかにしてきた。・・・ただし、市場競争は、人々の間に発生する所得格差の問題を解決してはくれない。・・・簡単にいえば、市場経済のメリットとは「市場で厳しく競争して、国全体が豊かになって、その豊かさを再配分政策で全員に分け与えることができる」ということだ。・・・
 市場競争のデメリットは、厳しい競争にさらされることのつらさと格差の発生である。メリットは豊かさである。ところが、日本人の多くは、市場経済のメリットとデメリットでは、デメリットのほうが大きいと考えている人の割合が極めて高い。

 このデメリットのうち、日本人が特に敏感に感じている要素が「格差」です。著者によると「所得格差」のかなりの部分は「人口構成の高齢化」で説明できるといいます。

 さて、この所得格差ですが、近年のアメリカでは、高所得者・高学歴者の所得の急激な高まりによって拡大傾向にあります。しかしながら、同様に格差が拡大しつつある日本ほどは政治問題化していません。著者は、「日本では、高齢化以外の要因での格差拡大は小さいにもかかわらず、所得格差が政治問題化されているのだ」と指摘しています。

(p134より引用) 日本人は「選択や努力」以外の生まれつきの才能や学歴、運などの要因で所得格差が発生することを嫌うため、そのような理由で格差が発生したと感じると、実際のデータで格差が発生している以上に「格差感」を感じると考えられる。・・・一方、学歴格差や才能による格差を容認し、機会均等を信じている人が多いアメリカでは、実際に所得格差が拡大していても「格差感」を抱かない。・・・つまり、所得格差の決定要因のあるべき姿に関する価値観と実際の格差の決定要因とに乖離が生じた時に、人々は格差感をもつのだろう。

 本書を通しての著者の立ち位置は「市場万能主義」ではありません。市場メカニズムを基本に、それがうまく機能するような仕掛けづくりが重要との考えです。

(p231より引用) 市場が常に競争的な状況に保たれるようさまざまなルールを作っていく必要が政府にはあり、また私たち消費者は、競争的な市場を形成するために政府が努力するよう監視する必要がある。

 この考え方については私も同意するところです。ただ、本書で示されている現実社会の把握やそれに対する具体的な提案内容については、少々フラストレーションを感じるところがありました。
 種々のフィールドワーク的な実証データにもとづく分析も数多く示されているだけに、かえって要所要所で見られるマクロ経済学的なステレオタイプモデルによる立論が際立ってしまうのです。



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