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ドラッカー 時代を超える言葉 洞察力を鍛える160の英知 (上田 惇生)

基本的な姿勢

 「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」を読んで、久しぶりにドラッカー関係の本を手に取りました。

 ドラッカー氏の著作の翻訳で有名な上田惇生氏が、「週刊ダイヤモンド」に「経営学の巨人の名言・至言-3分間ドラッカー」とのタイトルで連載しているものの編纂・再録です。
 構成は、「Ⅰ 成果をあげる」「Ⅱ 強みを引き出す」「Ⅲ 組織を動かす」「Ⅳ 人を動かす」「Ⅴ 変化を捉える」との5章から成っています。

 前半部分から私が関心をもったフレーズを覚えに書き記しておきます。

 まずは、仕事を進めていくうえでの基本動作である「優先順位」についてのドラッカーの考えです。

(p47より引用) 優先順位の分析については多くのことが言える。しかしドラッカーは、重要なものは分析ではなく勇気だという。彼は優先順位の決定について、いくつかの原則を挙げる。・・・
 第一に、過去でなく未来を選ぶ。第二に、問題ではなく機会に焦点を合わせる。第三に、横並びでなく独自性を持つ。そして第四が、無難なものではなく変革をもたらすものに焦点を合わせる、である。

 優先順位付けのメルクマールが「将来の可能性へのチャレンジ」であることが、正にドラッカー的です。

 さて、将来へのチャレンジにはリスクが付き物です。この「リスク」に関して、ドラッカーはこう語っています。

(p104より引用) 「リスクには基本的に、四つの種類がある。第一に負うべきリスク、第二に負えるリスク、第三に負えないリスク、第四に負わないことによるリスクである」

 この指摘ですが、理論的(MECE的)には、第四は「負うべきでないリスク」となります。が、ここでは、「リスクを負わない」という消極的態度に対する重要な気づきとして、敢えて「第四のリスク」を強調して指摘しているのでしょう。

(p104より引用) 「もちろん何かを起こすにはリスクが伴う。しかしそれは合理的な行動である。何も変わらないという居心地のよい仮定に安住したり、ほぼ間違いなく起こることについての予測に従うよりも、リスクは小さい」

 「変化」している経営環境下においては、「リスクをとらないことが大きなリスクになる」ということを改めて伝えているのです。

 さて、これらのほかに基本的な姿勢として、本書の中で何度も登場するのが「貢献」というコンセプトです。

(p48より引用) 貢献に焦点を合わせることによって、コミュニケーション、チームワーク、自己啓発、人材育成という、成果をあげるうえで必要な四つの基本条件を満たすことができる。

 「貢献」について深く考えることは、目標に向かう高い視線とそれを実現するための基礎的な営みへの目配りとを求めます。成果は、個人プレーで成し遂げうるものではないという考え方です。

 もうひとつは「正しい問いの立て方」

(p157より引用) 「戦略的な意思決定では、範囲、複雑さ、重要さがどうであっても、初めから答えを得ようとしてはならない。重要なことは、正しい答えを見つけることではない。正しい問いを見つけることである

 いきなり答えを求めるのではなく、何を求めているのか、解決したいのかを改めて考え直すことの必要性を説いています。
 まずは「問い」から始まる。物事の本質に立ち戻ること、そこからすべてが出発するということです。

組織の目的

 ドラッカーは「組織社会」の到来を指摘し、その組織の運営方法として「マネジメント」を提唱しました。

 「組織」についてのドラッカーの名言・至言は数多くありますが、今回本書を読んで、改めて再認識させられたのが、「組織の目的」に関する以下のフレーズです。

(p217より引用) 組織の目的は組織の外にしかない。顧客と市場である。

 「組織の存在」自体を自己目的化させないために、折に触れて思い出さなくてはならない言葉だと思います。

 さて、以下、組織やマネジメントの周辺的な事項に目を向けたドラッカーの指摘を記してみます。

 まずは、逆説的な言い方でマネジメントの本質を語ったくだりです。

(p61より引用) 少なくとも、すでに起きたことのある問題で同じ混乱を三たび起こしてはならない。混乱に対処できるようになることは進歩とは言えない。対処以前の問題として、予防するか、日常の仕事にルーティン化してしまわなければならない。
「よくマネジメントされた組織は、日常はむしろ退屈な組織である」

 「退屈」とはいえ、その中では、マネジメントサイクルが自律的に動き続けているわけです。いわゆる「水面を進む水鳥」の図なのでしょう。

 もうひとつ、興味深い逆説的な指摘をご紹介しておきます。理想的な「マーケティング」について語った言葉です。

(p83より引用) 「販売とマーケティングは逆である。同じ意味でないことはもちろん、補い合う部分さえない。マーケティングの理想は、販売を不要にすることである

 顧客に寄り添う行動が実践されていれば、こちらから顧客に働き掛ける「販売行動」は不要のはずとの考えなのでしょう。

 さて、そのほか、本書で紹介されているドラッカーらしさが感じられるくだりです。

 ひとつめは、ドラッカーが採る「会社」の位置づけについてです。
 ドラッカーは、株主のために働く会社は否定します。会社組織は「多様な当事者間における均衡ある利益の実現」を図るものだと考えています。

(p126より引用) 長期的な成果は短期的な成果の累積ではない

 近年声高に唱えられている株主重視の「シェアホルダー説」ではなく、ひろく利害関係者のバランスを考慮した会社経営を目指す「ステークホルダー説」を支持しているのです。

 ふたつめは、「変化を当然のこととする」考え方をイノベーションに敷衍させた指摘です。

(p134より引用) 企業家に天才的なひらめきがあるというのは神話にすぎない。・・・
 イノベーションは、変化を利用することによって成功するのであって、変化を起こそうとすることによって成功するのではない。ということは、変化は当然のこととして受け止めなければならないということである。

 この「変化」は、まさに社会の潮流の変化です。

 ドラッカーは独立した経済を否定します。それは社会の制約要因のひとつに過ぎないとの考え方です。この点を象徴的に示すのが、1934年、ケインズのセミナーを聴講していた際のドラッカーのエピソードです。

(p221より引用) そのとき突然、ケインズおよび出席していた優れた学徒の全員が、「財と経済の動き」に関心を持っており、彼自身は「人と社会の動き」に関心を持っていることを悟った。

 自らを「社会生態学者」として位置づけるドラッカーの原点でもありますし、近年、脚光を浴びている「行動経済学」の考え方に通じる瞬間でもあります。

すでに起こった未来

 優れた企業も、その成長が永続するとは限りません。業績悪化に転ずることはむしろ珍しいことではありません。
 好調だった企業が低迷期に入る原因として、ドラッカーは「五つの大罪」を示しています。

(p169より引用) 第一の大罪は、利益幅信奉である。・・・
第二の大罪は、高価格信奉である。これもまた、競争相手を招き入れるだけの結果となる。・・・
第三の大罪は、コスト中心主義である。・・・
 価格設定の唯一の健全な方法は、市場が快く支払ってくれる価格からスタートすることである。・・・
 第四の大罪は、昨日崇拝である。昨日を重視し、明日を軽んじる。・・・
 第五の大罪は、問題至上主義である。機会を放って問題にかかりきりになる。

 第一から第三までの大罪は「価格(値付け)」についてのものですが、第四と第五は、「明日」や「機会」すなわち「未来」にポイントをおいた指摘です。

 ドラッカーは、1993年、「すでに起こった未来」という論文集を世に出していますが、「未来」についてのドラッカーの思想や提言はそれ以前にも数多く発表されています。
 たとえば、既に1964年の「創造する経営者」という著作では、ドラッカー流の「未来を知る二つの方法」が語られています。

(p112より引用) 一つは、自分で創ることである。成功してきた者は、すべて自らの未来を自ら創ってきた。・・・もう一つは、すでに起こったことの帰結を見ることである。そして行動に結びつけることである。これを彼は、「すでに起こった未来」と名づける。

 誰でも等しく見ることができる「社会」の観察からドラッカー氏は未来を予見します。変化の兆しを鋭く掬い取るのです。

(p201より引用) 「重要なことは、すでに起こった未来を確認することである。すでに起こり、もとに戻ることのない変化、しかも重大な影響を持つことになる変化でありながら、いまだ認識されていないものを知覚し、かつ分析することである」

 まさに、そういう社会変化を自らの学問対象に据えるドラッカー氏は、自らを社会生態学者と位置づけています。

(p200より引用) 「社会生態学は、通念に反することのうちで、すでに起こっている変化は何か、パラダイム・シフトは何かを問いつつ、社会を観察する。変化が一時的なものでなく、本物であることを示す証拠はあるかを問う。そして、その変化がどのような機会をもたらすかを問う

 社会の変化の兆しを捉えるためには、何に着目すればいいのか、どういう視点で、どういう視座から社会を見ればいいのか・・・。いくつかのヒントをドラッカー氏は示していますが、その具体的なひとつが「ノンカスタマー」という存在です。

(p86より引用) ドラッカーは、顧客であっておかしくないにもかかわらず、顧客になっていない人たちを「ノンカスタマー(非顧客)」と呼ぶ。・・・
「あらゆる組織にとって、最も重要な情報は、顧客ではなくノンカスタマーについてのものである。変化が起こるのはノンカスタマーの世界においてである

 以前紹介したドラッカー氏の至言に、「組織の目的は組織の外にしかない。顧客と市場である。」というフレーズがありますが、ドラッカー氏は「外からの視点」を非常に大事にしています。
 「なぜ『ノンカスタマー』なのか?」、この問いを突き詰めて考え抜くことで、未来に対応した次なるアクションのヒントが導き出されるのでしょう。それは、既存製品・サービスの改善レベルのものもあれば、既存市場の限界・転換を示唆するものもあるはずです。
 「ノンカスタマー」を追究することは、ドラッカーの言う「事業の目的」である「顧客の創造」に繋がっていくのです。

 1999年の「明日を支配するもの」では、ドラッカー氏はこう指摘しています。

(p205より引用) 「自ら未来をつくることにはリスクが伴う。しかし、自ら未来をつくろうとしないほうがリスクは大きい

 蓋し至言です。



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