売る力 心をつかむ仕事術 (鈴木 敏文)
(注:本稿は、2014年に初投稿したものの再録です)
お客様の立場で
セブン&アイ・ホールディングスの総帥鈴木敏文氏の本は、以前「朝令暮改の発想」を読んだことがありますが、こちらは自らの経営理念を紹介した比較的新しい著作です。
内容としては、「『お客様のために』ではなく『お客様の立場で』」といったあまりにも有名な鈴木氏の基本的な経営姿勢をはじめとして、長年にわたるトップ経営者としての経験に裏打ちされた数多くの示唆が開陳されています。まさに鈴木本の手軽なベスト版といった趣きです。
それらの中から、旧知のものも含め、記憶に刻んでおきたい教えを書きとめておきます。
まずは、タイトルにもなっている「売る力」についてです。
まさに、この考え方が「お客様の立場で」という鈴木氏の基本姿勢と同値のものです。
そういったお客様側の視座にたつと、営業・販売プロセスの中で起こる「事象」の意味づけも変わってきます。
セブン-イレブンでは、「完売」は「欠品」であり、改善すべき課題と位置づけられるのです。
さて、著者のいう「売る力」ですが、もう少し踏み込むと具体的はどんな要素に分解されるのでしょうか。
そのひとつは「差別化」ですが、著者の差別化には、その頭に「自己」という二文字が追加されているのが肝です。
「自らが変わる」「自らの製品・サービスを変えていく」という能動的なプロアクティブな動きです。
そして、その「自己差別化」を発揮し参入する土俵の定め方にも著者ならではの発想が表れています。
みんなが経験的に「いい」と思うことは、それこそみんながやりますから、それこそ厳しい競合状態になります。結果、みんなが賛成することはたいてい失敗し、むしろ「そんなのだめだろう」と反対されることの方が成功する確率が高くなるのです。
この考え方は、本書の中では何度も強調されています。
みんなが「いい」ということは、過去の成功体験に基づいた判断です。過去の成功は、その時点での未来志向の判断の結果だったはずです。過去と未来、どちらに目を向けるかというと、その答えは自明ですね。
素人の目線
鈴木氏は、みずから新商品・新サービスを発想し、それを強いリーダーシップで実現していきました。
新たなものを生み出すということは、「未来」に目を向けるということです。そして、その場合、注目する対象は、当然、「未来の顧客のニーズ」ということになります。「今の競合会社の動向」がどうこうというのは二の次です。
しかしながら、どうやれば「明日の顧客ニーズ」が掴めるのか?
よく言われているように、顧客にアンケートをとったところで、現時点で存在しないものニーズなど分かるものではありません。
著者は「お客様の心理を読む」ことだと説いていますが、さて、どうやれば心理を読むことができるのか・・・、これは難問です。
これについて、著者が自らの経験から提示しているのひとつのヒントは「素人の目線」です。
たしかに、一般消費者を対象としたサービスの場合には、「自分」も“顧客”の一人ですから、自身の主観的感覚を客観化して仮説を立てるというのは有効なアプローチ方法ですね。
そしてこの「素人の目線」で見る場合、著者は、消費者は必ずしも「経済合理性」に基づいた行動をとるとは限らないという前提に立って考えます。
数年前から一種の流行になっている“行動経済学”的思考スタイルですが、著者の場合、以前から自らの経験にもとづきこういった事象の捉え方を実践していたようです。
顧客の心理を読んで「仮説」を立てた次は「実践(行動)」です。
この“仮説-実践”を軸としたPDCAサイクルを素早くまわし、顧客ニーズの変化に敏感に対応し続けることが“鈴木流経営スタイル”の肝になるのですが、この「実践」において、著者は、幻冬舎の見城社長からの興味深いアドバイスを紹介しています。
小売業の場合の「実践」とは、“商品の提供”です。
ただ、今日のように数多くの商品・サービスが目の前に並び消費が飽和状態にあるときには、提供商品の絞り込みが有効になります。
“レコメンド”ですが、その絞り込みの際のキーワードも「お客様の立場で」です。
さて、本書では、鈴木氏がここ数年で仕事上関わった方からの気づきも随所で紹介されていますが、その中から、セブンイレブンのブランディング戦略に取り組んだデザイナー佐藤可士和さんの言葉を最後に書き留めておきます。
この言葉の意味付けのポイントは、誰にとっての「当たり前」かという点です。
自分の都合の範囲内での「当たり前」ではなく、相手にとっての「当たり前」を愚直に実現していく。これが、まさに著者にとっての「相手の立場で」という基本姿勢につながるのです。
だからこそ、「当たり前」は、「ものすごくレベルの高いこと」であり、目指すべき「理想形」なのです。
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