(注:本稿は、2013年に初投稿したものの再録です)
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世界史 下 ・18世紀まで
下巻がカバーするのは、西暦1500年ごろから現代までです。
まず最初の一区切りは、1500年から1648年まで。
1648年は、三十年戦争が終結した年です。講和条約として締結されたヴェストファーレン(ウェストファリア)条約により、神聖ローマ帝国の影響力が薄れ、世俗的な領邦国家がそれぞれの領域に主権を及ぼし統治するという新たなヨーロッパの勢力均衡秩序が確立されました。
この政治活動の活性化が、王権が強力になった国々を帝国主義的営みに向かわせたのです。
そして、この時代は、中世において志向されたある種の完全性を否定する大きな潮流を生み出したのです。
本書において著者は、こういった大きな流れを的確に掴み、歴史における本質的なトピックとして提示していきます。
そのコンセプト抽出に至るプロセスの特徴は分析と綜合にあるように思います。
さて、世界史といえば、「山川の教科書」をいの一番に思い浮かべてしまう私ですが、本書を読むにあたって最も興味があったのは、カナダ生まれの著者の視点で「日本」がどうとらえられているかという点でした。
その観点からいえば、著者の日本分析は、たとえば江戸末期の評価にみられるとおり、私にとってはすっと腹に落ちるものでした。
江戸後期の洋学・国学等の流れとその意味づけを語りつつ、著者の解説はさらにこう続きます。
的確な指摘だと思います。
大学生を中心に話題になっている本だとのことですが、確かに良書ですね。
世界史 下 ・19世紀以降
下巻の後半は、19世紀から現代に至る期間の解説です。
その幕開けは、18世紀のイギリスに始まった産業革命とフランス革命を代表とする民主革命でした。
18世紀までの西欧における「社会」の認識は、「神の意志」に基づく「正統・不変」な構造があることを前提としていました。しかしながら新しい「自由な精神」の広がりは、急速な「社会の産業化」と相俟って、社会は変わり得るものだとの認識を生じせしめたのです。
さて、本書を読む楽しみのひとつは、欧米人の歴史家が欧米以外の地域の歴史をどう解釈してどう意味づけているかという点にあります。
そういった観点から、まずは、明治期以降の日本の工業勃興期を解説しているくだりをご紹介しましょう。
この封建時代の精神性は、初期の労使関係にも敷衍されていました。主従の関係に慣れ親しんでいる日本人は、経営者と従業員、元請と下請といった階層関係に違和感を感じなかったのです。
特に近現代において、欧米以外の地域の歴史を語るとき、そこには「帝国主義」の潮流との関わりといった切り口は不可避です。
西欧列強の帝国主義的拡大政策は、初期の新大陸(アメリカ)を始めとしてアジア・アフリカ・オセアニアと全世界に及びました。
その中で、「アフリカ」への進出についての解説部分から。
西欧列強にとって、未開地域への経済的進出とキリスト教布教活動とは密接に連携したものでした。
西欧諸国は、商人や宣教師の活動を支援するためには軍隊の派遣も厭わなかったのです。これが、帝国主義的侵略のシナリオでした。
本書を読んでいくと、こういった視点以外でもなかなか面白い着眼の解説がいくつもありました。
その代表として、「写真」が与えた20世紀芸術に対する影響についての考察をご紹介します。
確かに、写真により今まで見ることができなかった美術作品が、その場に行かなくても疑似体験できるようになったのは、関係者に対し強烈なインパクトがあったと想像に難くありません。
また、こういう視点が歴史の著作で著されていることに新鮮さを感じましたね。
「世界史」といえば無機質な「山川の教科書」がまずは頭に浮かんでしまう世代の私にとっては、その呪縛からのささやかな抵抗という意味でも面白い内容でした。
本書が大学生に人気がある理由も、そのあたりにあるのかもしれません。