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池波正太郎の東京・下町を歩く (常盤 新平)

(注:本稿は、2013年に初投稿したものの再録です)

 いつもの図書館の返却棚を眺めていて目についた本です。

 池波正太郎さんの著作は、エッセイなら何冊か読んだことがあるのですが、小説は一冊も読んでいません。
 本書は、池波作品にちなんだ東京下町ガイドなので、小説未読の私にとっては有難味半減ではありますが手に取ってみました。

 池波作品の舞台の中心のひとつは浅草界隈だったそうです。
 以前、私の伯父・伯母が本所吾妻橋に住んでいたので、学生時代までは浅草・吾妻橋あたりに時折行っていました。
 浅草から吾妻橋を渡ってすぐの角には佃煮の海老屋總本舗があって、ときどき買物をしたのを覚えています。当時はまだ独特のデザインをしているアサヒビール吾妻橋ビルが建つ前でしたね。

 池波さんの小説「鬼平犯科帳」「剣客商売」などでは、当時の江戸の街割りをかなり正確に踏まえているとのこと。それゆえに、小説を頼りに町案内が書けるほどらしいのですが、その中で紹介されている江戸四橋のひとつ「永代橋」について、「江戸名所図会」からの引用部分を書き留めておきます。

(p165より引用) 「東南は蒼き海に面し、房総の緑の山並ななめに開けたり。富士の白峰は御城の西にひときわ高く、筑波の遠峯は大川の水のかなたに朦朧と見ゆ。上野の山、金峰山浅草寺は緑樹のかげに見え隠れし、朱色の柱青き屋根の色合まことによろしく、橋上の眺めはさながら夢の絵巻なり」

 こういった伸びやかで色彩鮮やかな風景が、当時の江戸の街中では見られていたのですね。想像するだけでもわくわくします。

 池波ファンの方々にとってのもうひとつの楽しみは、本書で紹介されているお店でしょう。食通としても有名な池波さんですから、さすがにどれもちょっと気になります。機会を見つけて少しずつでも訪れてみたいですね。

 さて、名所案内とは別に、本書で紹介されている池波さんを語ったくだりの中で、興味を惹いたものをひとつ書きとめておきます。

(p73より引用) 池波さんは原稿用紙にはこだわっていました。紙の色を変えたり、マス目の大きさを変えたり。
〈『夜明けの星』のように主人公が女のときは赤い線のを使うとか。(略)『真田太平記』を書くときは、ちょっと灰色のものでやる、と〉『男の作法』
 この習慣は、同時に複数の小説を書き進める際の気分転換だったようです。

 いかにも小説家然とした池波さんらしい粋な姿です。



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